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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第10章 砂塵の黎明
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8.風前の砂塵

わたしに、出来ることなんて――。

「ヴュステの女王よ! 貴様の国も民の命も、我が手中にある! 民を生かすも殺すも貴様の対応次第! さあ、出てくるがいい!」


 レオガルドの怒号と思うほどの大声が城内まで響いてきた。

 ラティオに連れられ地下へと駆けていたサリュの足が止まる。


「……だめ、やっぱりだめ。わたし、今立ち向かわなければ」


「っ、ひめ――陛下!」


 突如、ラティオの腕を振り解いてサリュは反対方向へと駆け出した。

 一瞬虚を突かれたラティオだったが、喫驚した声を上げてすぐさま彼女の後を追い掛ける。

 マルス達も、共にいた護衛の兵士達も戸惑いながら二人を追い掛けた。


「……?」


 二人を追い掛ける最中(さなか)、ふとパルは立ち止まって背後を振り返る。

 ほんの一瞬だけ、異質な何かの気配を感じた気がした。


「パルー!」


 少し先でマルスの呼ぶ声がした。

 気にはなるが、気のせいとも言える程度のごく微弱なものだ。今はそれよりも、レオガルドの方をどうにかしなくては。

 そう思い、彼女は再び前を向いて駆け出した。




 *   *   *




 脇目も振らずサリュが駆けつけたのは、玉座の間と同じ階層にあるバルコニーだった。

 扉を押し開けた先に広がる光景にサリュは目を見開く。

 王国の真上に広がる青空は紫の光を帯びた巨大な魔法陣に覆い尽くされ、王都と王城に落ちる魔法陣の影によって王国全体が薄暗くなっていた。

 魔力の高いサリュは、上空の魔法陣がどれほどの魔力を内包しているのかも、それが魔法となって解き放たれた時の威力の凄まじさも、すぐに感じ取った。

 彼女の体に悪寒が走る。手足の震えが止まらない。

 少し遅れてバルコニーに辿り着いたラティオもマルス達も、その光景に圧倒され目を見開いていた。

 そして、翼をはためかせて王城よりも上空に浮かぶ巨躯の獅子に皆の視線が行く。


「グハハハハッ! 待っておったぞ、ヴュステの女王! 否、女王などと呼ぶのも馬鹿らしい臆病で無力な小娘よ! この場に姿を見せただけでも褒めてやろうぞ!」


 (やかま)しいほどのがなり声が上空から響く。


「貴様どこまで陛下を愚弄するつもりだッ!」


 サリュを侮辱するような言葉にラティオがハルベルトを構えながら強い口調で言い返す。


「事実であろう! その小娘に女王としての力がないからこそ、今こうして王国が窮地に立たされているのではないか!」


「クソが……ッ」


 怒りに満ちた顔でラティオが吐き捨てる。


「そんな哀れで未熟な女王に吾輩が選択肢を与えてやろう! 貴様とそこにいる勇者共の命を吾輩に差し出して王国を救うか! ヴュステの全国民の命を犠牲に貴様だけ生き長らえるか! さあ、選ぶがいい!」


 あまりにも残酷な選択肢だった。

 心優しく未熟なサリュが選ぶのがどちらかなど、レオガルドにとっては火を見るよりも明らかだった。

 もっとも、彼女がどちらを選ぼうと、ヴュステ王国を救う気などレオガルドには毛頭ない。

 サリュもどこかで彼の思惑は感じ取っていた。

 そして、自分だけでなくマルス達の命をも差し出せという言葉もあり、彼女はすぐに決断が下せない。


「そう熟考している暇などないぞ! この魔法陣は時が来れば魔力を解き放ち王国に墜ちる! そして――」


 言下、レオガルドの咆哮が響き渡った。

 すると上空に無数の小さな影が生まれ、それは徐々に何かの形を成していく。


「まっ、魔物だッ!」


 王城前の広場に避難してきていた国民の恐怖に引き攣った声が上がった。

 上空に生み出されたのは、無数の魔物だったのだ。

 大小様々に、鳥や獣の姿をした魔物達が王都に降ってくる。

 すぐさま国民の避難誘導にあたっていた兵士達が武器を構え、魔物達を迎撃する。

 民の悲鳴と魔物達の叫声、魔法の爆発音や武器が魔物達とぶつかる音が響いた。

 そして、サリュの思考を邪魔するかのようにバルコニーにも魔物は襲来し、ラティオやマルス達がそれらを迎撃する。

 その最中(さなか)、不意にバルコニーの入口の方から勢いよく飛んできた矢が、迫る魔物の一匹を貫いた。


「俺も加勢するよ!」


「ユーリ!」


 矢を放ったのは、客間で待機していたユーリだった。

 愛用のクロスボウを構えながら、彼はマルス達と合流する。


「なんかかなりの大事みたいだね。親方達も、こっちに加勢しに来てくれると思う」


 そう言いつつユーリはクロスボウで矢を放ち、皆と共に空から襲来する魔物を屠っていく。


「助かるよ、ユーリ!」


 魔物を剣で切り払いながらマルスは礼を言う。

 彼の加勢は心強い。

 だが、迫り来る魔物の数が多く、味方が一人増えたところで状況は大して変わらない。

 王城前の広場では、懸命に兵士達が戦う術を持たない民を王城の中へ退避させつつ、魔物を迎撃している。

 民の中には農具や工具を振り回したり、魔法を使ったりして魔物に必死の抵抗をする者もいた。

 魔物の咆哮と、兵士や民の己を鼓舞するような雄叫び、逃げ惑う悲鳴、そして魔物に攻撃を受けた者の悲痛な叫び声が広場から響いてくる。


 魔法発動までの制限時間、魔物の襲来による被害拡大。

 提示されたどちらの選択肢を選ぼうとも待ち受けているであろう王国滅亡の未来。

 サリュの呼吸はひどく乱れ、震えが止まらない。

 見開かれた黄金色の瞳には、恐怖と絶望に涙すら滲んでいた。


「陛下っ、陛下! どうかお助けください!」


「やはり、砂塵の女王では……」


 王城前の広場で兵に混じって戦う民から、救いを求める声と諦念の声が聞こえてくる。


「実に無力で臆病な事よ! 救いを求める民の声にも応えられぬとは!」


 レオガルドの見下した声が降り注いでくる。


「……っ」


 サリュは震える両手を胸の前で組んだ。

 きつく目を瞑り、指の血流が止まってしまいかねないほどに強く強く握り締める。

 彼女の持つ神聖な魔力が溢れ始める。


「女王、サリュ……レーヌ・ヴュステの、名の下に……っ、我が国に、堅牢なる守護を……っ! 光もたらす祝福を……っ!」


 弱々しく震える声で守護結界を創り出す祈りの言葉を唱える。

 ――しかし。

 彼女の体から溢れ出る神聖な魔力はその祈りに反応する事なく、ただ虚しく彼女の周囲を漂うばかり。

 何度か繰り返してみるも、結果が変わる事はなかった。


「グハハハハッ! なんと滑稽な!」


 実に愉快そうにレオガルドが嗤う。


「姫様ッ!」


 不意にラティオの声が響く。

 いつの間にか狼型の魔物がサリュに肉迫していた。

 咄嗟にラティオの振るったハルベルトの斧部が、魔物の体を真っ二つに斬り裂いた。


「く……ッ!」


 ハルベルトを振るった時、魔物の鉤爪が彼女の右肩を引っ掻いた。

 血が溢れ、ラティオは思わず顔を歪める。背後でサリュの息を飲む声が聞こえる。

 斬られた魔物は霧散して消滅した。

 ラティオの右腕を伝って地面に赤い血がこぼれ落ちる。


「あ、ラ、ラティオ……ラティオ……っ!」


 サリュはひどく狼狽えた。

 幼い頃、魔物から自身を庇って傷を負ったラティオの姿が脳裏に蘇る。

 当時についた傷は、今も彼女の顔に痕となって残っている。


「私は大丈夫です!」


 サリュの不安や恐怖を吹き飛ばすような勢いある声でラティオはそう返す。


「ラティオさん……!」


 少し離れた所にいたパルが彼女に治癒魔法をかけた。

 柔らかな水色の光に包まれ、たちどころに出血が治まり、傷口もいくらか塞がっていく。


「すまない、恩に着る!」


 痛みと出血が治まると、ラティオはハルベルトを構え直して絶え間なく迫り来る魔物を再び迎撃していく。

 彼女が再びハルベルトを振るい敵を倒していく後ろ姿を見つめるサリュの顔には、僅かな安堵の色と共に悲痛そうな表情が浮かんでいた。

 そうしている間にも、魔物達の雄叫びと断末魔、武器を振るう音、民の悲鳴が一層激しくなっていく。

 サリュはもう一度、きつく両手を組み、息を吸い込んだ。


「我が名の下に……っ、堅牢なる守護を! 光もたらす祝福を……っ!」


 どうにか、どうにかしなければ。

 その一心でサリュは何度も何度も守護結界を発動させる祈りの言葉を唱える。

 だが、結界が祈りに応える様子はない。

 とうとうサリュはその場にへたり込んでしまう。


「っ、なんで……! なんで、応えてくれないの……ッ!」


 行き場のない悔しさと悲しさが込められた拳が、床に叩きつけられる。

 黄金色の瞳から涙が溢れ、乾いた床を塗らした。


「未熟で実に哀れな女王――否、小娘よ! 貴様に民を救う力などない! さあ、貴様と勇者共の命を差し出すのだ!」


 嘲笑の混じったレオガルドの蛮声が降ってくる。


(あの魔族の言う通り……わたしには、みんなを救う力なんて……)


 叩きつけた拳からは力が抜け、ぽたり、ぽたり、と涙の雫がその上に落ちる。

 結界魔法が発動出来ない。襲来する魔物によって兵も民も窮地に立たされている。

 サリュは絶望の中で、ひとつの決断をしようとした。


(せめて、わたしの命で守れる命があるのなら――)


 それは、自分の命を犠牲にすることだった。

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