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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第10章 砂塵の黎明
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6.女王と従者

貴女は決して、独りではない。

「あの……」


 重い空気が流れる中、声を発したのは意外にもパルだった。

 皆の視線が彼女に向けられる。


「陛下は……女王としての覚悟、出来てないわけじゃ、ないと思います……」


「え……?」


 サリュは彼女の言葉に戸惑った表情を浮かべる。


「陛下が、こんなにも悩むのは……きっと、この国が、大切だから……。この国が、国民が大切じゃなきゃ……そんな風に、悩まない……。逃げずに、無理にでも、強い自分を演じる事なんて、出来ないと思います……。それはきっと、覚悟と同じ事」


 先代女王であった母を亡くした深い悲しみの中、わずか十二歳での即位。駄々をこねる事も出来ただろう。全てを家臣達に押し付けて、名前だけの女王でいる事も出来ただろう。

 だが、サリュはそうではなかった。

 嫌々女王の務めをこなしているのではなく、未熟ながらもどうにか女王としての責務を全う出来るよう懸命に励んできたのだと、パルも、マルスとアイクも、彼女の話を聞いて十分に感じ取っていた。


 弱音を吐いてはいけない。弱さを見せてはいけない。

 女王だから。女王なのだから。

 どれほど彼女は自分にそう言い聞かせてきたのだろう。


「陛下は、女王としての覚悟……もう十分に出来ていると、私は思います……。本当に必要なのは……陛下が、自分自身を信じる事。陛下を支えている周りの人を、信じる事。自分の弱さを、曝け出してもいいんだって……」


「……でも……」


 サリュはひどく躊躇うように膝の上に乗せた拳を握る。


「私の勘、ですけど……少なくとも、ラティオさんは……陛下の事、もう十分に認めていると思います」


 パルの声には確信が滲んでいた。


「陛下が言う『弱くて情けない自分』を、私達が見てしまった時……正直に、話してみてもいいと、陛下に言っていました……。もし……ラティオさんが、陛下の本当の姿を、恥だと思っていたり……認めていなかったりするのなら……あんな風に、言わないと思います……。きっと、どうにかして、隠そうとするはずです……」


 本当の女王サリュの姿を見てしまった二人に、ラティオが取り繕おうとする様子は一切なかった。

 見られてしまったのだからもうどうにもしようがない、というわけではなく、虚勢を張らない本当の姿を曝け出してもいいのではないか、そう思っての言葉だとパルは感じていた。

 本来のサリュを恥ずかしい存在、女王にふさわしくない存在だと認識しているのならば、懸命に隠そうとしたり、二人に忘れてくれと迫っていたりしただろう。


「この国の人達だって、陛下の事ちゃんと認めてると思います」


 今度はマルスが言った。


「オレ達が城内探検してた時に会った人達、みーんな『陛下は頑張りすぎなくらい努力されている方だ』って言ってました。幼いのに頑張りすぎなんじゃないかって心配もしてたけど、陛下の話をしてる時、みんななんだか誇らしそうでした。『オレ達の女王様は、ものすごい努力家なんだぞ』って言ってるみたいに」


 マルス達が城内で出会った多くはこの城に仕える者だったが、沐浴場を利用しに来ている平民と話す機会も少なくはなかった。

 臣下達は、公務を終えてから夜遅くまでサリュの私室に灯りがついていたり、城内の図書館に入り浸って勉学に励んだりしているのをよく目にしていた。

 初めこそ最年少の女王の即位に不安や不満を抱いていた平民達も、母を亡くしたばかりだというのに、幼いながらも女王として堂々と民衆の前に立つ姿や、王都の視察で真剣に民の声に耳を傾け質問をし、より良い国作りを目指そうとしている姿を見て、不安や不満を徐々に期待や信頼に変えていた。

 そんな話を聞いて、マルスは国民がサリュに向けている女王としての期待の眼差しを感じ取っていた。


 パルとマルスの言葉を聞いて、サリュは俯いて目を瞑る。

 二人の言葉を受け入れたい。けれど心がそれを拒否する。そんな様子だった。


「失礼致します」


 そう一声掛けて、茶を乗せたトレイを持ったラティオが部屋に戻って来た。

 透き通った紅色の冷茶が淹れられた硝子製の涼しげな茶器が順に配られる。爽やかな酸味のあるこのスカレア茶は、ヴュステの特産品の一つだ。

 だが、この場にいる誰もが今はなんとなく茶に手を伸ばす気にはなれなかった。

 その空気を感じつつ、ラティオはトレイを片してからサリュのそばへと歩み寄る。

 そして跪いて、椅子に座る彼女と目線を合わせた。


「姫さ――陛下、ひとつよろしいでしょうか」


 ラティオの声掛けにサリュは小さく首を傾げながら、彼女と視線を合わせる。


「私が、命に代えてでもお守りし、我が生涯をかけて仕えたいと思う王は他の誰でもない、サリュ=レーヌ・ヴュステ女王陛下、貴女一人です」


 右手を左胸に当ててラティオは言った。

 彼女の発言の意図が読み取れず、サリュは戸惑った声をこぼす。


「申し訳ありません。先程までの話が聞こえてしまいまして」


 軽く頭を下げて非礼を詫びてからラティオは続ける。


「陛下は、お母上を亡くされて間もない中での即位でありながら、年齢や権力者という立場に甘える事なく、国のため民のために、日々弛まぬ努力をなさっている。陛下、私は貴女のような王にお仕え出来る事を心から光栄に思っております」


 そう言いながら真っ直ぐに見つめてくるラティオの青い瞳には、一点の曇りもない。一切の嘘偽りない言葉だった。

 サリュの瞳がじわじわと充血して潤み始め、こぼれ落ちそうになるものを堪えるように彼女はきつく眉根を寄せる。


「女王としての責務を果たすために、陛下が懸命に努力なさっている事は私も、他の臣下達も、そして民もよく存じております。確かに、先代女王ディリシェ様は偉大な女王でした。史上最年少で即位された陛下をお母上と比べて『砂塵の女王』などと揶揄する者も少数ながらいる。けれど、それがなんだと言うのです。多くの者は、陛下の努力を理解している。陛下がこのヴュステを導く立派な女王になると信じている」


 先代女王であるサリュの母ディリシェは、四代ほど前の女王の時代から弱まりを見せていたヴュステの国力を回復に導いてみせた。

 その事もあって国民からの信頼と期待も厚く、歴代屈指の賢王だと誉めそやす声は今も多い。

 娘のサリュから見ても、母は常に堂々としており、女王としての手腕も申し分ない人だった。

 「弱さ」という言葉とは無縁のような存在だった。

 

 サリュは少々臆病ではあるが、心優しく温和な性格の父に似た。

 母の生前は親しみやすく、心優しい姫だと皆に愛され、可愛がられていた。当時はそんな自身の性格にさほど葛藤を抱く事もなかった。

 だが、女王に即位するとなった時、先代女王の娘として、新たなヴュステの女王として、今の自分では駄目なのだと思うようになった。

 彼女にとっての理想の女王像が、他ならぬ母だったから。


 だから、サリュは必死に努力をした。

 母の死後から、寝る間も惜しんで勉学に励み、本来の引っ込み思案な性格を母の真似という仮面で隠して、精一杯に強く立派な女王であろうとする日々が今日まで続いている。

 努力は気づかぬところで花を咲かせているものだ。

 サリュはまだその事を知らない。


「陛下、どうかご自身を認めて差し上げてください。それがまだ難しいのならば、陛下の努力を理解し、期待を寄せる我々の声に少しだけでも耳を傾けてください」


「ラティオ……」


 きつく寄せられていたサリュの眉根が、徐々に緩んでいく。


「国は王一人で成り立つものではないと、私は思っております。王が不得手なもの、一人で為すのは困難な事、それらを補い、お支えするために我ら臣下は存在している。だからこそ、陛下がご自身の不得手な物事を我々に開示したり、不安や迷いを打ち明けてくださる事は、決して恥などではありません。そして我ら臣下を頼る事も、決して弱さではありません。むしろ必要な事なのです」


 そう言われたサリュの顔には、まだ躊躇いが強く滲んでいた。


「……陛下は私達が、私が、信じられませんか? 不安や迷いを打ち明けたり、頼ったり出来ないほどに……それほど私は頼りない存在でしょうか」


「っ、そんな事ない! 決して!」


 サリュは彼女の言葉を強く否定した。


「頼りないのは、わたし……。信じられないのは、わたし自身……」


 泣きそうになりながらラティオを、彼女の右頬に刻まれた古い傷痕を見つめる。


「……無礼を承知で申し上げます。民が信頼と期待を寄せている陛下を、陛下ご自身が信じて差し上げないのは、民に対してのある種の裏切りではないでしょうか。努力を重ねてこられたこれまでのご自身に対しても」


 その言葉にサリュはかすかに目を見開いた。


「陛下にヴュステの未来を託したいと思っている民は大勢いる。今は未熟だとしても、必ず女王としてこのヴュステを導いてくれると信じ、期待している者も」


 ラティオは膝の上できつく握り締められたサリュの手に触れる。

 やや冷たくなった拳が、あたたかなぬくもりに包まれた。


「陛下、どうかご自身を、そして我ら臣下と民を信じてください。貴女は決して独りではない」


「っ、ラティオ……」


 力んでいた拳が緩む。

 サリュの神秘的な黄金色の瞳から、透き通った涙が一筋流れ落ちた。

 抱え込んでいた不安や苦悩が、ようやく外に出て来られた。そんな涙だった。

 ラティオは優しく微笑む。


「完璧な者などこの世にはおりません。ディリシェ様にも、不得手な事はあったのですよ。元来、正々堂々、真っ直ぐな気質のお方でしたから……様々ある国の、様々な思想や相手の思惑を汲み取らねばならない外交が思うように出来ない、自信がないと、時々嘆いておられました」


 先程よりも少し軽い口調でラティオから語られた母の意外な一面に、サリュは泣き顔のまま驚いた表情を浮かべる。


「他国との会合が近くなると、連日ディリシェ様と外交官達が顔を突き合わせて、話す内容を考えたり、会合に出席なさる御仁の人柄や話し方の癖を頭に叩き込んだりしていたものです。ふふ、臣下を他国の王族や外交官に見立てて話し合いをする練習なども時折なさっていましたね」


「お母さまにも、そんな一面が……」


 自信のない物事にはとことん準備や練習を重ねる。

 完璧な女王であった母ディリシェの自分と似た姿を知って、サリュはどこか安堵するとともに嬉しさを抱いた。

 ラティオから差し出されたハンカチーフを受け取り、涙をそっと拭く。


「君達には感謝しなくてはな。姫さ――陛下にこうして私の想いを伝える事が出来たのは、偶然とはいえ君達がきっかけを作ってくれたからだ。これまでも何度も陛下に伝えようと試みたが……なかなか良い機会に恵まれなかった」


 視線を三人に向けてラティオは言う。

 偶然にもマルスとパルがサリュの本当の姿を目にしてしまった事が、それが彼女にばれてしまった事が、今こうして二人が互いの抱えていた想いを打ち明けるきっかけとなったのだ。

 ラティオが三人に感謝を伝えるのを見て、サリュもおずおずと口を開く。


「わ、わたしも……こんなわたしの姿を笑いも、否定もせず、話を聞いてくれて……皆さんには本当に感謝しています。パルさんは力強い言葉も掛けてくれましたね。まだ上手く受け止めきれていないけれど……嬉しかったです」


 サリュは真剣に話を聞いてくれた三人に、女王として自信の持てない自分に力強い言葉を掛けてくれたパルに感謝の言葉を伝えた。

 その顔にはもう涙の気配はなく、まだあどけなさの残る可憐な笑みが浮かんでいた。

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