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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第10章 砂塵の黎明
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4.女王との謁見

静かに伝う冷や汗。

 マルス達は、兵士達と共にヴュステ王国へと辿り着いた。

 到着するまでマルスは、砂漠の国であるヴュステは砂だらけで殺風景な国なのだろうか、と安易に考えていた。

 だが実際の王国は、水と緑に恵まれた美しい国であった。

 国全体に張り巡らされた水路には、近くを流れる河から引いた水が絶えず流れ続けている。そして王都の中心には、飛空艇が不時着した場所の三倍はあろうオアシスが存在していた。

 豊富な水源がある事により、王国の周辺には草木が生き生きと茂っている。

 砂の大地と日干し煉瓦で造られた建築物達の枯れ色に、水と空の青、草木の緑が美しく映えるその風景は、思わず足を止めてじっくりと見入ってしまうほどだった。


 王国に到着した一行は兵長ガーディ・クラァトに連れられて、ヴュステの王城、その玉座の間へと通される。

 他の建築物同様、王城も砂と煉瓦によって造られているが、比べ物にならないほどの規模と細部まで施された彫刻によって荘厳な雰囲気を漂わせていた。

 王城の中は強烈な日光が遮られているが、ほどよく光が入るようになっている。

 それだけでなく、壁に沿って城内を囲うように造られた水路を流れる水と、風が良く通るよう計算された構造のおかげで、砂漠にいる事を忘れさせてしまうほどに涼しかった。

 とはいえ、マルス達は玉座の間に通される緊張感で、涼しさを通り越して肌寒さを感じているところだ。


 貴族であり、グラドフォス騎士団長の息子であるアイクでも、王城に入った経験はあれど、玉座の間に入って王と直接謁見した事などまだ一度もない。

 マルスとパルは年に数回の祭日を除いては、そもそも王城に近づく事すらなかった。そして離島に暮らすユーリに至っては、王都を訪れる事自体が初めてであった。


 ガーディの指示に従って、マルス達は玉座の手前で跪き頭を下げる。

 彼らを王国まで送り、物資の調達するために来ただけの自分がここに同席していて良いのかと思いながら、ユーリも三人と同じ体勢をとった。


「陛下、ご命令通り、先程の旅人達を連れて参りました」


「ガーディ、ご苦労であった」


 傍らに控えたガーディが、女王と言葉を交わす。

 マルスは頭を下げたまま、ちらと視線だけを玉座の方に向けた。

 数段の短い階段の先に天蓋に囲われた小さな空間がある。そこに玉座があり、女王がいるようだ。外から中の様子は窺えない。


「旅の者達、顔を上げよ」


 女王の声がマルス達に向けられる。

 四人は緊張した面持ちで、ゆっくりと顔を上げた。

 いつの間にか天蓋は開かれており、玉座に座る神秘的な雰囲気を纏った美しい少女の姿が四人の目に映った。

 漆黒の長髪は低い位置で二つに結われ、金で出来た髪飾りに留められている。

 瞳はどことなく光を帯びて見える神秘的な黄金色で、これはヴュステの王族だけが持つ色だ。

 年齢はマルス達と同じか、少し幼いくらいだろう。

 金と宝石によって作られた王冠は、王としては幼い彼女の頭にはまだ大きいように見えた。

 そして、女王の傍らには、先刻の戦いにもいたラティオと呼ばれていた短髪の女性兵が控えている。


「妾はヴュステ王国の女王サリュ=レーヌ・ヴュステ。改めて、先の戦いでのそなた達の助力に感謝する」


「もったいないお言葉にございます、女王陛下」


 女王サリュからの感謝の言葉に、アイクがそう返して胸に手を当て頭を下げる。

 マルス達も彼を真似て頭を下げた。

 下げながらも、やはり女王の様子が気になって仕方がなく、視線だけをそっと上げる。

 戦いの中で見た怯えた弱々しい姿は見間違いだったのだろうかと思うほどに、女王の言葉も表情も強く凜々しい。

 彼女の年齢を考えれば、むしろ戦闘中に見た姿の方が年相応のような気がしていた。


「早速だが、本題に入らせてもらおう。そなた達の右手の紋章……それは、神に選ばれし者の証。そして使役していた聖霊達は、その紋章を持つ者を守護する使命を与えられた聖霊。それに間違いはないか?」


「左様にございます」


「そうなの、だな……。まさか、わた――妾の代でその時が来るとは……」


 アイクの答えを聞いた女王は、顎に指を添えて下を向きながら小さく呟く。


「陛下、僭越ながら質問の許可をいただけますか」


「申してみよ」


 視線を落とす女王にアイクが声を掛ける。

 彼の言葉に返事をし、女王は彼の顔を見た。


「陛下は、神とこの紋章の関係について、どこまでご存じなのでしょうか」


「全てだ。いずれ邪神が復活する事も、復活した邪神を屠るために神が地上界の者を選び、その者に紋章を与え、守護聖霊を遣わせた事も」


 女王サリュはそう語る。


「我々ヴュステの王族は、地上界で最初に創られた人類――『原初の民』の子孫。今ではすっかり薄れてしまったが、祖先は神との繋がりも深かった。それ故に、神話として語られる創世の伝承も、公に語られていないところまで熟知しているつもりだ」


 女王の言葉通り、ヴュステの王族は神が地上界で最初に創った人類――原初の民と呼ばれる――の子孫であった。

 原初の民は神託を受け、神の創世の伝説を後世に残したとされている。

 そうした歴史があり、ヴュステの王族は神話や神に関連する物事を熟知していた。


「そなた達は、エスタジオ火山への入山許可が欲しいのだろう? そこに眠ると言われる守護聖霊と契約を結ぶために」


「はい、そのためにヴュステ王国を目指していました」


 女王が神話関連に明るい事を考えれば何ら不思議はないのだが、マルスは女王に目的をピタリと言い当てられて少し驚いていた。

 その些細な動揺を表には出さず、マルスは女王の問い掛けに頷いて答える。


「そなた達に、エスタジオ火山への入山を許そう。だがその前に、今一度守護聖霊をここに呼び出し、そなた達が本当に神に選ばれし者である事を証明してほしい」


 女王の言葉に返事をし、アイクとパルは各々の守護聖霊に呼び掛ける。

 すると、二人の右手の紋章が輝き、そこから小さな光球が飛び出した。

 空中で光球が弾けて目映い光を放つ。

 数秒の(のち)、光が収まるとそこには二人の聖霊が姿を現していた。

 その光景に女王も、傍らに控えている女性兵とガーディも、思わず目を見開く。


「ご機嫌よう、女王陛下。アタシはアテナ。水と風を司る聖霊で、パルちゃんの守護聖霊よ。よろしくねっ」


「我が名はクライス。氷を司る聖霊だ。アイクの守護を神より命じられている」


 アテナとクライスは女王に向けてそれぞれ名乗る。


「神にも近しいあなた方にこうしてお目にかかれた事、光栄に思う。そして、先の戦闘での助力に深く感謝する」


「あらあら光栄だなんて、ふふ」


 少し照れたようにアテナが笑う。


「そなた達が正真正銘、神に選ばれた者であると認めよう」


「ありがとうございます、女王陛下!」


 少し安堵して気の抜けたマルスは、うっかり溌剌とした声で感謝を口にしていた。

 王の間に声が響き、咎めるようにアイクから肘で小突かれてしまう。

 一瞬焦りを感じたマルスだったが、女王は気にせぬ様子で話を続ける。


「入山許可証の用意が出来るまで、しばし休息をとるといい。先刻助けてもらった礼に、我が城での宿泊と滞在を許可しよう」


「い、いんですか?」

 

 女王からの思いも寄らぬ申し出に、マルスは遠慮がちに聞き返す。

 勿論だ、と女王は頷いてみせた。


「あ、あのぉ……」


 ふと、マルス達の傍らにいたユーリがおずおずと手を上げる。

 皆の視線が一斉に彼に向けられた。


「俺、三人の付き添いで来ただけで、その、紋章だとか守護聖霊だとかとは全くの無関係でして……。乗って来た飛空艇の修理も手伝わなきゃいけないんで、俺はここで失礼させてもらってもいいでしょうか……」


 幾らかの気まずさを感じながら、ユーリは自身の事情を女王に伝える。

 一国の、それも地上界三大国に数えられるヴュステの女王と言葉を交わすこの状況に、声が緊張で上擦っていた。


「そうだったのか。無関係だというのに付き合わせてしまったな。しかし、そなたにも随分助けられた。その飛空艇の場所までの移動手段と修理に必要な物はこちらで用意させてもらおう」


「そっ、そんな申し訳ないです!」


 ユーリは咄嗟に断ろうとした。

 だが、女王の傍らで控えている女性兵から、陛下の申し出を断るつもりかと言わんばかりの視線を向けられている事に気づいてしまう。


「……いえ、陛下の申し出を断るのも失礼ですし……お言葉に甘えさせてもらいます」


 慣れない敬語をどうにか絞り出して、ユーリはそう答え直した。


「では、すぐに手配をしよう。ガーディ、任せるぞ」


「はっ。少年、私について来なさい」


 女王から命じられ、ガーディはユーリに向けて声を掛ける。


「は、はい。失礼します、女王陛下。三人も、また後で」


 ユーリは女王に頭を下げてから立ち上がり、三人にも声を掛けてからガーディと共に王の間を出て行った。

 扉が閉まり、ユーリ達の足音が完全に聞こえなくなる。


「そなた達には城内の一室を手配しておく。好きに使うといい。城内も散策して構わない。ただし、妾の私室近辺と地下だけは立ち入りを禁ずる」


「承知致しました」


 私室近辺と地下への立ち入りを禁ずるという女王の言葉に、アイクはそう答える。

 彼の言葉に続くようにマルスとパルも大きく頷いてみせた。


「入山許可証が用意でき次第、再びここにそなた達を呼ぼう。では、それまでしばしの休息を」




 *   *   *




 客室に通され、三人だけになったマルス達。

 ようやく人心地つく事が出来た三人は同時に大きく息を吐いていた。

 ただ対話をしていただけとはいえ、相手は一国の王だ。

 一戦闘終えた後のような疲労を感じていた三人は、少しの間ベッドに寝転んだり、椅子に腰掛けたりして体を休める。

 数分寝転んで調子が戻ったのか、マルスが伸びをしながら起き上がった。


「ねえ、城内の散策してこようよ。女王様もいいって言ってたし、王城に入れる機会なんてそうそうないしさ」


 マルスが提案すると、ベッドに腰掛けていたパルがすぐに賛同を示す。


「俺はもう少し休ませてもらいたい。後で合流するから、先に行っててくれ」


 アイクはそう言って、二人に先に行くよう促す。


「分かった。じゃあ、先行ってるね」


 まだ少し休むと言う彼に手を振って、マルスとパルは部屋を出て城内散策へと繰り出した。




 *   *   *




 砂漠の国特有の建物の構造に目を引かれながら、マルスとパルは城内の散策を楽しんでいた。

 城内に張り巡らされた水路が大抵の場所で視界に入るため、砂漠にありながらグラドフォスよりも水源は豊富なのではないかと思いながら二人は歩く。

 ヴュステは日中常に暑い気候のため、かいた汗を流して涼めるよう王城内には庶民にも開放されている大規模な沐浴施設もあった。興味をそそられはしたが、いつ女王から再度呼び出しが掛かるか分からない今は、入るのを断念せざるを得なかった。


「なんだか……お城の地下に、すごく強い魔力、感じる……」


 歩きながら、ふとパルが呟く。


「地下には行くなって女王様も言ってたし、何かあるのかな? まあでも、城ってきっと国で一番重要な場所だと思うから、あんまり他に言っちゃいけない秘密の一つや二つあるんだろうね」


 地下への立ち入りを禁じていた女王の言葉を思い出しながらマルスは言う。

 彼の言う事に納得した様子のパルは頷いて、あまり気にしない事にした。


 それから二人は階段を登って三階までやって来た。

 階段を登ると、左右には王の間へと続く廊下が伸びており、中庭からの吹き抜けをぐるりと囲むように続いている。王の間は左右の廊下が再び交わる所――階段からは中庭の空間を挟んだ向こうにあり、女王の私室は王の間の奥にある。

 階段の背後には大きな扉があり、その先は王国を一望出来るバルコニーがあると二人は道中で教えてもらっていた。

 王の間や女王の私室がある三階だが、階段からバルコニーまでは兵士から立ち入りの許可を得ている。


 バルコニーへと繋がる扉をマルスは押した。

 だが、数センチ開けてからそこに先客の姿を捉えて、押し開けようとしていた手を止める。

 どうしたのかとパルが開いた扉の隙間を覗き込む。

 視線の先にいた先客は、女王サリュ=レーヌ・ヴュステその人だった。


「はああ……」


 女王がひどく大きな溜め息をつく。

 その後ろ姿は年相応に小さく、幼く見えた。

 王の間で謁見した時とは全く雰囲気の異なる女王に、マルスとパルは目が離せなくなっていた。

 やや前のめりな姿勢で二人は女王の様子を覗き見る。


「わたしってどうしてこうもダメなの……。聖霊さまへのご挨拶も、なんだか変な感じになっていた気がするし……粗相をしていないといいのだけれど……。襲われた時も、怖くなってみんなの前で情けない姿を晒してしまったし……」


 王の間で聞いた荘厳で凜とした声や口調ではなく、弱々しく小さな声で女王は独り言を呟く。


「ああもう、本っ当に情けないッ!」


 女王が両手を頬に押し当て、自身を叱咤するように声を上げた。

 直後に、前のめりになりすぎていたマルスがよろける。

 その弾みで扉が動き、大きな音を立てた。


「……あ」


 慌てて体勢を戻したマルスと、彼らの存在に気づいた女王の視線が交わる。

 数秒の沈黙が流れる。


「あ、えっと、女王陛下、あの……」


 何か言わねばと思ったマルスがたどたどしく口を開く。


「いっ……いやあアアアアア!」


 突如、女王の甲高い叫び声が響き渡った。

 マルス達の背後から、兵士達が駆けて来る足音が聞こえる。

 ぎこちなくマルスとパルは互いの顔を見合わせた。冷や汗が背筋を伝っていった。

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