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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第10章 砂塵の黎明
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1.砂に墜ちる

これは不運か、それとも。

 飛空艇「天翔けるビリー号」に乗り、空を飛んで次の目的地ヴュステ王国を目指すマルス達。

 コライユからヴュステまでは、飛空艇で約半日ほどかかる。

 着くのは夜中頃になるため、到着したら三人はヴュステで一泊して、翌朝エスタジオ火山の入山許可証を貰いに女王を訪ねるといった予定でいた。


 天翔けるビリー号は順調に空を進んで行く。順調な飛行に、ビリーは満足そうな表情を浮かべながら舵を握った。

 一方で、マルス達は客室にいた。

 三人掛けの座席で、窓側からマルス、パル、アイクの順に座っている。

 客室の座席は船の物よりもクッション性が高く、座っているだけだというのに布団に包まれていると勘違いしそうになる。そんな座り心地の良い座席に体を預けながら、三人は自由に過ごしている。

 マルスは飽き性なところのある彼にしては珍しく、暇さえあればずっと窓に張り付いて外の景色を楽しんでいた。

 アイクは景色や乗組員の仕事の様子を眺めながら時間を潰す。

 そしてパルは、外の景色を見ているうちにいつの間にかうたた寝をしていた。

 飛空艇内は穏やかな空気に包まれていた。


 進んで行くほどに空は青から夕陽が染め出す橙色へ変わる。

 そして夕陽が海の彼方へと沈み始めると、今度は徐々に菫色が重なっていく。

 気がつけば時刻は夜を迎え、空は濃紺に染まり、月と星達がその中で光を放っていた。

 これだけ空に近づいても星には触れない事を不思議に思いながら、マルスは夜空を眺める。

 夕食をとってから少し経ったせいか徐々に眠気が押し寄せて来て、瞼が重力に逆らうのを諦め始めていた。


 ――その時だ。

 不意に飛空艇に衝撃が走り、大きく揺れた。

 直後に耳を劈くような甲高い警報音が船内に響き、穏やかな空気は一瞬にして掻き消される。


「な、何!?」


 慌ててマルスは周囲を見回す。

 窓に張り付いていた彼は揺れた弾みで硝子にぶつかったらしく、前髪の隙間から覗く額が赤くなっていた。

 現状を把握するのに気を取られて痛みは感じていないようだ。


「みんな無事!?」


 勢いよく開け放たれた客室の扉から顔を覗かせたのはユーリだ。

 開いた扉の向こうから慌ただしい足音や指示を飛ばすビリーの大声が聞こえてきて、事態の緊急性が伝わってくる。


「大丈夫だけど、何があったの?」


「魔物が飛空艇にぶつかってきたみたいなんだ。後ろの方みたいなんだけど……運悪く動力室が一番衝撃大きかったみたいで」


 三人に駆け寄りながらユーリは説明する。


「魔力を送る装置が上手く動かなくなったから、これから緊急着陸する事になった。衝撃はなるべく抑えられるようこっちで最善は尽すけど……万が一もあるからね。座席にベルトが備え付けてあるから、それを付けてじっとしていて」


 ユーリはベルトの装着方法を三人に伝える。

 説明を聞きながら三人は自身の体をベルトで柔らかな座席に固定させた。

 座席のクッション性の高さは、快適さよりもこうした緊急事態に備えてなのだろう。


「じゃあ、俺も着陸の手伝いに行くね。かなり揺れと衝撃が来ると思うけど、とにかく座ってじっとしていて」


 そう言い残して、ユーリは足早に客室を出て行った。


「オレ達って乗り物の運ないのかな……」


「あまり認めたくはないが、そうかもしれないな……」


 アストルムに向かう船での事を思い出したマルスの呟きにアイクは小さく頷いた。


「アイク……飛空艇が、不時着する時……どうするのか、分かる……?」


 ふとパルが飛空艇の緊急着陸の方法をアイクに問い掛けてきた。


「普通の飛空艇と違って、魔石の魔力が動力源だからな……。あくまで俺の推測になるが、浮遊魔法か風魔法で機体を支えて着陸の衝撃を抑えようとすると思う。とはいえ、浮遊魔法は高度な魔法だから、風魔法を使うのが主だろうな」


 動力が上手く作動しなくなった場合の緊急着陸には主に二つの方法がある。

 一つは風魔法による着陸。地面と機体の間に発生させた風を緩衝材のようにして、着陸の衝撃を抑える方法だ。

 もう一つは浮遊魔法による着陸。魔法によって機体そのものを浮かせ、可能な限りゆっくりと慎重に着陸させる方法だ。

 安全性は浮遊魔法の方が圧倒的に高い。

 それを聞いたパルは、今こそ修得した浮遊魔法を使う時だと思った。

 決心した彼女は、ベルトを外して座席から立ち上がる。


「ちょ、パル、何してるの?」


「浮遊魔法……私が、使う」


 突然の行動に戸惑うマルスに、パルはしっかりとした口調で答える。


「でも危ないよ」


「私の力で、少しでも、みんなを守れるなら……私、やる」


 パルの意志は固かった。

 いつもよりはっきりとした口調からそれを感じ取り、マルスは止めても無駄なのだと思う。


「じゃあ、オレ達も手伝うよ。ね、アイク」


「ああ、パル一人を危険な目には遭わせられないからな」


「……ありがとう……」


 二人の言葉にパルは深く感謝してから、その場に両膝をつき、床に両手を当てた。

 二人もベルトを外して座席を立つと、マルスは右腕を、アイクは左腕を、自身の座席の肘掛けにベルトで巻き付けて固定し、さらに肘掛けの握れそうな部分を強く掴む。

 そしてもう片方の腕を彼女の腰に回した。

 腰辺りで二人の腕が交差して重なり合う形になり、揺れによる彼女への影響がかなり軽減される。

 今以上の揺れや衝撃が襲っても、二人の踏ん張りさえ効けば彼女が大怪我をする可能性はいくらか低くなるだろう。


「アテナ、お願い……」


 アテナに呼び掛けると、右手の紋章が光り出す。

 秘められた魔力が解放されるのを感じる。

 すると、床にシアン色の魔法陣が描かれ、彼女が魔力を込めるほどにそれは大きく広がっていく。


「……っ、もっと……!」


 パルがさらに魔力をこめる。

 相当な負荷が体にかかっているようで、苦しげに呼吸する彼女の額には汗が浮かんでいた。

 魔法陣は広がり続け、客室の床を覆い尽くしてもまだ広がっていく。

 背筋が粟立つ嫌な浮遊感が三人を襲い、飛空艇が地面に向かっている事を感じる。

 墜落への恐怖を必死に押さえ込みながら、パルは魔力を送り続け、マルスとアイクは彼女を放すまいと腕に力を込めた。


「掴まれ! 不時着すんぞ!」


 ビリーの大声が前方から響いた。

 その瞬間、パルは魔法陣に込めていた魔力を一気に解き放った。

 ガクンッ、と飛空艇が大きく縦に揺れる。


「う、ぐぅ……ッ」


 その揺れと衝撃が体に襲いかかるが、マルスはどうにか耐える。

 腕は痛んだが、パルは無事だ。

 直後、一瞬だけ浮遊感が再び襲って来たがそれはすぐに収まった。


「みんな大丈夫!? って、何してんの!」


 数秒してから慌ただしい足音と共にユーリが駆け込んできた。

 ユーリは三人が座席に座らず妙な体勢をとっている事に喫驚していた。


「パルが浮遊魔法で飛空艇を支えようとしたから、それを手伝ってて……」


 じっとしていろと言われた手前、それに反する行動をしていた事に少々ばつが悪そうな口調になりながら、マルスが事情を説明する。


「あっ、じゃあ今のパルちゃんのおかげだったんだ! 急に安定して浮くようになったから何があったのかと思ってたんだけど、そういう事だったんだね」


 ユーリの言葉でパルの魔法が上手く作用したのだと分かり三人は安堵した。

 とはいえ、まだ油断は出来ない状況にあるため、パルは変わらず魔力を送り続けている。


「なら、親方に報告して指示を仰いでくる! パルちゃん、もうちょっとだけ頑張って!」


 口早にユーリは言うと大急ぎで操縦室の方へ走って行った。

 それから数秒して、客室に備え付けられている拡声魔法具からビリーの声が響いてくる。


「嬢ちゃん、話は聞いたぜ! 礼は後だ! これから着陸すっから、オレの合図に合わせて魔力を弱めろ!」


「はい……!」


 聞こえてくるビリーの声にパルは返事をする。


「数を数えるから、それに合わせてまずは半分に弱めてくれ!」


 言下、ぐらりと飛空艇が揺れて動き出した事を感じる。

 拡声魔法具からは「緊急着陸地点、到達しました!」という部下の声が小さく聞こえた。


「よし、いくぞ。三、二、一!」


 ビリーの合図に合わせ、パルが送っていた魔力をゆっくりと半分ほどに弱める。

 僅かな浮遊感と縦揺れが襲って来るが、先程のものに比べれば随分軽いものだ。

 それでもマルスとアイクは万が一に備えて、彼女を支え続ける。


「おし、上手くいったぞ! 次はさらに半分だ! いくぞ、三、二、一!」


 さらに魔力を半分に弱める。

 またしても多少の浮遊感と縦揺れが襲ったものの、飛空艇は順調に地面に近づいていた。


「これで最後だ! 気ィ抜くなよ! 着陸の衝撃にも備えとけ!」


 ビリーの声が響き、皆が気を引き締める。

 無防備になっている彼女を守るため、マルスとアイクは両腕の力を一層強めた。


「嬢ちゃん、オレに合わせて魔法を解除してくれ! いくぞ、三、二、一ッ!」


 合図に合わせパルは浮遊魔法を解除した。魔法陣が消え去り、彼女の紋章が放つ光も消える。

 直後、下から突き上げるような衝撃が飛空艇を襲った。

 その衝撃でパルは体勢を崩してしまう。


「パルッ!」


 マルスとアイクは咄嗟に彼女を支える腕に力を込め、踏ん張り、彼女が倒れ込むのを阻止した。

 パルは顔に疲労を滲ませていたが無事なようだ。

 彼女の無事に二人は安堵する。


「着陸成功だ! よくやった、嬢ちゃん! ユーリをそっちに向かわせっから、指示に従って一旦降りてくれ」


 安堵しているとビリーの声が拡声魔法具を通して聞こえた。彼の声には達成感と安堵が滲んでいた。

 無事に着陸出来たと分かり、三人は胸を撫で下ろす。

 マルスとアイクは、パルから手を離し、ベルトで肘掛けに括り付けていた片腕を解放した。

 強くベルトで締め付けていたせいで血流が滞っていたらしく、二人の片腕は異様に冷たくなっていた。

 だが、少し経てば徐々に温もりを取り戻していく。その温もりが自分達の無事を鮮明に伝えているようだった。


 ビリーの言葉通り、少ししてからユーリが客室にやって来る。

 彼も大きな怪我をしている様子はないようだ。


「パルちゃん、本ッ当にありがとう! 二人も、よく支えてくれたね」


 三人の無事を確かめながら、ユーリは感謝を伝える。

 

「万が一って事もあるから、念のため一旦外に出て。立てそう?」


 彼の言葉に頷きながらマルスとアイクは立ち上がる。

 パルは魔力を消耗した疲労が強いようで、座り込んだままだ。


「パル、すまないが、少しだけ辛抱してくれるか?」


「え……う、うん……」


 見かねたアイクに声を掛けられ、パルは意味が分からず戸惑いながらも頷く。

 すると突然、体が浮いた。

 否、アイクによって抱き上げられていた。


「ア、アイク……?」


 困惑してパルは自分の体とアイクの顔を交互に何度も見る。

 思わず頬が紅潮してしまうのを感じた。


「ユーリ、案内を頼む」


「了解。足下、気を付けて」


 困惑するパルとは対照的にアイクは落ち着いた様子だ。

 ユーリに先導されながら三人は出口へと向かう。

 アイクの青がかった黒髪の隙間から覗く耳は、赤らんでいるようだった。

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