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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第9章 砂漠の国を目指して
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10.十年越しの本音

あの時気づいていたなら、言えていたなら。

 エドを黒魔法から解放し、一時間が経った。

 夕暮れはとうに過ぎ、窓から見えるコライユの街並みは穏やかな宵闇に包まれている。


「う……うう……」


 小さく唸り声をこぼしながら、エドが目を覚ます。

 彼は所長室のソファに寝かされていた。

 先程まで防壁にされていたそのソファには、傷や焦げ跡など先刻の戦いの痕跡が確かに残っている。


「エド! 目ェ覚めたか!」


「っ……寝起きに、お前の声は頭が痛くなるね……」


 やや嗄れていながらもよく響くビリーの声が、目覚めた彼の名を呼ぶ。

 室内灯の光に目を細めながら、エドは左手で頭を押さえる。


「ハッ、皮肉が言えんなら上等なモンだぜ」


 起き上がろうとするエドを支えてやりながら、ビリーは笑ってそう返す。

 エドは微笑んでいるようにも、どこか泣き出しそうにも見える表情を浮かべながら、彼の言葉に小さく頷いていた。


「エドさん、元に戻ったんだね。本当に、良かった……」


 二人のやりとりを見つめながら、ユーリは心から安堵していた。彼の横でマルス達も胸を撫で下ろした。

 やや不安定な動きでエドは立ち上がり、少しだけビリーと距離を取る。

 そして、その長身を小さく折り畳むようにして土下座をした。


「ビリー、本当に、すまなかった……! 私は造船業者として、経営者として、最低な事をした。それどころか、お前の大事なユーリ君や部下すらも危険な目に遭わせてしまった。到底、謝って許される事ではない……」


 額が床板にめり込んでしまいそうなほどに、エドは深く深く土下座を続ける。

 その突然の行動に皆驚いていた。

 同時に、エドは部下をも巻き込んで、ビリーと彼の造船所にしてきた仕打ちを酷く悔いているのだと誰もが感じ取った。


「……エド、顔を上げろ」


 ようやく口を開いたビリーがそう声を掛けるが、エドは額を床につけて土下座したままだ。


「顔を上げろッ!」


「っ!」


 心臓を直接揺さぶられるような怒鳴り声に、エドは反射的に体を跳ねさせ顔を上げた。

 傍らのマルスやユーリ達も、思わず肩を跳ねさせる。


「確かに、オレは滅茶苦茶怒ってる。部下達を危険な目に遭わせたり、ウチの商売の邪魔してくれたり、そりゃあ迷惑を(こうむ)ったからな。だけどなァ……」


 自身を見上げるエドに詰め寄りながらビリーは言う。

 彼の強面が迫って来る様子は随分と迫力があった。


「こうなったのは、クソみてぇな黒魔法のせいだ! どこのどいつがお前にそんなモンかけたか知らねぇが、その事に無性に腹が立つ! だがそれ以上に……お前の苦しみに、抱えているモンに気づいてやれなかったオレ自身が、オレは許せねェ!」


 自分を怒鳴りつけるようにビリーは言った。

 ――不要だからと私を置いて行ったお前が! どれだけ追いかけようといつも一人先を行ってしまうお前が!

 自分への憎しみを叫ぶエドの姿が思い出される。

 黒魔法によって狂わされた、否、理性の箍が外れた彼の口から溢れ出したのは、彼がずっと抱え込んできた本心に他ならない。ビリーはそう信じていた。


「どこまで……お人好しなんだ、お前は……」


 戸惑いを隠せないエドの声がこぼれる。


「……なあ、エド。もう今さらだとは思うが……お前がずっと抱えてきたモンを、オレに教えてくれねぇか。何も知らないままでいたら、オレはまたお前を傷つけるかもしれねぇ。またこんな風に、お前を狂わせるかもしれねぇ。だから、頼む」


 ビリーは頭を下げる。

 マルス達も、ユーリも二人の様子を黙って見守っていた。


「……私はね……ずっと、お前が羨ましかった。凡人には出来ない発想、その発想を実現する力、皆に親しまれ慕われる人柄……私はそのどれもにずっと憧れ、羨望を抱き……そして、妬んでいた。私にはないもの、どう足掻いても手に入らないものだったからね」


 まだ上手く体に力の入らない様子でエドはゆっくり立ち上がる。

 ビリーもまたゆっくりと顔を上げた。


「けれど、私にない才能を持つお前と切磋琢磨する日々は、楽しかった。大変な事も辛い事もあったが、それでもとにかく楽しかった。お前と肩を並べてこの造船所を大きくしていけると思っていた。……だから、師匠が引退するとなった時、お前がここを出て独立する事が受け入れられなかった」


 若かりし頃のエドは、最高の好敵手であり親友であるビリーとこの先もずっと師の造船所で共に肩を並べて歩んでいけると思っていた。

 だが、ビリーが選んだのは独立の道だった。


「オレは、ジジイの――師匠の技術とこの造船所の伝統を誰よりも熱心に学んでたお前こそが、ここを引き継ぐべきだと思った。それに、オレの発想はここじゃ異端扱いだ。生憎、忍耐は昔っから得意じゃねぇ。それに、オレがここで自由にやる事でお前に迷惑を掛けると思った。ジジイに師事してた頃は、お前はいつもオレの尻ぬぐいをしてくれてたが、所長になったらそうはいかねぇからな」


 現在エドが所長を務める、二人が修行を積んだこの造船所は、コライユで最も歴史が長い。

 そのため、ここの従業員は先代所長の頃から長年勤めている者、一家で代々勤めている者がほとんどだ。

 そして、使う素材、設計の仕方など造船におけるあらゆる面で、昔からの伝統を重んじていた。

 伝統の造船技術は確かな説得力を持っており、それによってこの造船所はコライユで最も優れた造船所としての地位を築き上げてきた。


 そんな造船所においてどれだけビリーが周囲の者から親しまれていようとも、彼の生み出す新たな発想や技術のほとんどは、伝統を無視した異端なものとして扱われていた。

 だからといって自分を押し殺せるほど、彼は我慢のきく人物ではない。

 良くも悪くも枠に収まろうとしないビリーは、自由に己の発想を、技術を発揮出来る場所を求めて独立の道を選んだ。


 最初はエドも必死に引き止めたり、所長の継承権を捨てて彼と共に歩もうとしたりもした。

 だが、ビリーは拒んだ。

 それはひとえにエドの努力と才能、そして彼の今後を想っていたからこそだった。


「この造船所をさらにデカくし、造船業界を牽引していけんのはお前しかいないと思っていた。お前は人一倍クソ真面目で頭もきれるし、造船も経営も何でもそつなくこなす。お前ほど優秀な人材を引き抜いてったら、あーっという間にジジイの造船所は衰退すると思った。オレは経営能力なんてからっきしだし、船の事以外なーんも出来ねぇからよ。飛空艇でちっとは目立つようになったとは言え、独立して十年経つのにまだ弱小造船所なのが良い証拠だぜ」


 最後は自嘲するようにビリーは笑ってみせる。


「……お前は、ずっと私の事を想っていてくれたんだね」


 そう口にするエドの表情は、泣き出しそうだった。


「それに気づかず私は、お前の才能に嫉妬し、お前に見限られたと自己嫌悪に陥り……あろう事か、お前に憎しみを抱くようになってしまった。私の心が弱かったから……お前を、お前の大事な人達や造船所を傷つけてしまった。たとえ黒魔法で狂っていたとしても、こうなったのは私の弱い心のせいだ」


「お前の心は弱くなんかねぇよ。常に向上心があって、自分を省みる事が出来る。それはお前の良いトコだかんな。それを悪い方向に行かせたのはオレだ。独立を選んだあの時、余計な意地張って照れ隠しみてぇな事せずに、ちゃんとお前にオレの意志を、想いを伝えておきゃあ良かったんだ」


 二人は互いに、かつて己がした行動を深く後悔していた。


「……昔から、お前は肝心な時ほど言葉が足りないし、私は後ろ向きな思い込みが激しかったね。それがここまで事を大きくする原因になるなんて、思いもしなかったよ」


 エドはそう言いながら昔を思い出す。

 若かりし頃の二人は、仲が良かったからこそ喧嘩も絶えなかった。

 その大体の根底にあるのは、ビリーの言葉の足りなさとエドの負の方向への思い込みの激しさだった。

 ビリーもその事を思い出して微笑を浮かべる。


「本当にすまなかった」


 二人の声が重なる。

 息の合った自分達の声に二人は思わず吹き出すように笑みをこぼした。

 そして互いを見合うと、右手を打ち合わせ、そのまま握手を交わす。


「あとな、言っとくが、オレはお人好しなんかじゃねェ」


 笑みを浮かべて握り合った手を離し、少し前にエドに言われた言葉をビリーは否定する。


「これまでの迷惑料、きっちり計算して請求してやっからな。あと、半年くらいは資材も優先的にウチが仕入れさせてもらうぞ。本当は二、三年くらいじゃなけりゃ割に合わねぇが、まあ大目に見てやらァ。競争相手が弱っちまったらつまんねぇかんな」


「喜んでそうさせてもらうよ」


 これまでの迷惑料を払う事、半年は資材の仕入れを優先させる事をビリーは謝罪の条件として提示する。

 エドはそれを快諾した。


「ついでに、お前のその長ぇ髪を筆にして、反省の言葉をデカデカと書いて寄越してくれてもいいぞ」


「生憎、私は大道芸人じゃないんでね」


 ビリーの言葉にからかいが混じり始める。

 眼鏡のズレを直しながら、エドは彼のからかいを軽く受け流す。


「あ、それと、お前の秘蔵の酒で一番良いヤツも付けてくれ」


「調子に乗るな」


 今度は少しエドの語気が強まった。

 ビリーは笑いながら「冗談だっての」と返す。


「……まあでも、久し振りにお前と酒を酌み交わすのも悪くないね」


「よっしゃ、決まりだな! おいユーリ、お前酒のつまみ作れ」


 久し振りに――約十年ぶりに酒を酌み交わす約束をした二人。

 そんな二人にマルス達が笑みをこぼしていると、突然ユーリに親方命令が飛んできた。


「えっ、なんで俺が――」


「おや、ユーリ君の手料理が食べられるのかい? それは楽しみだね」


 文句を言おうとしたが、それより早くエドから期待の言葉が掛けられ、何も言えなくなってしまう。


「まあ……エドおじちゃんがそう言ってくれるなら」


 少々はにかみながらユーリは頷く。

 先程文句を言おうとしたものの、本心では二人がかつてのような仲に戻るのならば、自分に出来る事は何だってしようと思っていた。


「ありがとう、ユーリ君。それから、先程は本当にすまなかったね……。君を誘拐するどころか、殴ってしまって……」


 悲痛そうな表情になって、エドはユーリに歩み寄る。

 ビリーが突入してくる直前に、黒魔法で気狂いしたエドは彼を殴ってしまった。

 彼の右頬には確かに殴られた痕が残っている。

 エドはそこに優しく左手を添え、治癒魔法をかけた。

 あたたかな淡い光に包まれると、残っていた痛みも傷跡も、口内の傷もたちどころに癒えていく。


「本当に、すまなかった」


「大丈夫だよ、エドおじちゃん。治してくれてありがとね」


 頬から手を離して再び謝罪の言葉を口にするエドに、ユーリは優しく笑ってみせた。

 彼の心根の優しさを深く感じながら、エドは今度は感謝の言葉を返した。


「ねえ、そういえば、エドおじちゃんは一体誰に黒魔法なんてかけられたの?」


「それ、オレ達も気になります」


 ふと思い出したようにユーリが疑問を口にする。

 マルスも何度も頷きながらエドを見た。


「……あまりよく覚えてはいないが……」


 当時の事を思い出そうと、エドは顎に指を添えて床の方に視線を向ける。


「三年前……あれは確か、夜遅くまでこの所長室で仕事をしていた時。見知らぬ男がここに来たんだ。従業員でもなければ、客といった様子でもない。かといって強盗にも見えない男だ。綺麗な身なりをしていたからね」


 三年前、夜中に突然やって来た謎の来訪者。

 その男は面識のある相手でもなければ、強盗でもなさそうな様子の人物だった。


「何と言うか……異様な雰囲気の男だった。魔物に似たような、邪悪な雰囲気の……。一つだけはっきりと覚えているのは、眼鏡を掛けていた事と、その奥に見えた不気味な赤い目……」


「赤い、目……」


 マルス達は顔を見合わせた。

 邪悪な雰囲気、そして赤い目。

 そう言われて三人の頭に思い浮かぶのは、ただ一つ。


「魔族……」


「その可能性が高いだろうな……」


 マルスが口にした言葉に、アイクはそう返し、パルも頷く。

 エドに黒魔法をかけたのは、魔族だと三人は確信した。


「その赤い目ン玉の眼鏡野郎が、黒魔法なんてモンをお前にかけたクソ野郎ってわけか」


 苛立ちを隠せずビリーは大きく舌打ちする。


「この街で私以外に被害は出ていないようだから良かったが……とりあえずは後で警備隊に報告して、指名手配と注意喚起を頼んでくるよ」


 現在まで謎の人物による黒魔法の被害はエド一人で済んでいるが、次がないとは言い切れない。まだこの街に潜伏している可能性もある。

 自分のような被害者を出さないためにも、エドは警備隊にこの事を報告するつもりでいた。


「でも、その前に。まずはビリー、お前の大事な部下達に謝罪しなくてはね。私の部下達にも事情を説明しなくては」


「おうよ。オレも付き合うぜ」


 双方の部下達は、まだ造船所前で睨み合っているはずだ。

 争いに発展する前に彼らを止め、これまでの事を説明し謝罪する義務がエドにはあった。

 精神と共に命を蝕む黒魔法が解けたばかりの体はまだ上手く力が入らず、足取りは覚束ない上に少し歩くだけでも呼吸が乱れる。

 ビリーはそんな彼に肩を貸してやりながら、共に部屋の出入り口へと向かって行く。

 部屋を出る直前、出入り口のそばにいたマルス達の所でエドは足を止めた。


「君達にも感謝しなくては。本当にありがとう。君達の助力がなかったら、私は元に戻れなかったかもしれない」


「オレも感謝してるぜ。まさかお前らにユーリだけじゃなく、エドまで助けられるなんてな。明日の試験飛行ぐらいじゃ足りねぇかもだが、この恩は必ず返させてもらうぞ」


 エドとビリーはそれぞれ感謝の言葉を三人に伝えた。


「エドさんが元に戻って、オレ達も嬉しいです。ビリーさん、明日はよろしくお願いします」


 二人の言葉にマルスはそう返す。

 アイクとパルも彼の横で大きく頷いてみせた。


「確か……マルス君と言ったかい? 君は、なんだか不思議な力を持っているみたいだね。君が触れた一瞬だけ、理性が蘇ったと言うか……私を雁字搦めにする何かが緩んだような、深い沼の底から僅かに浮上出来たような、そんな感じがした。だから、私は救われたのだと思っているよ」


 最初にマルスが吸魔石を使った時。そして、マルスがエドの体を押さえつけた時。

 黒魔法によって精神が狂わされている中でマルスが触れたそれらの瞬間だけ、エドは僅かながら正気を取り戻していた。

 深く根付いた黒魔法に為す術のなかった状況を打破したのは、彼の力だとエドは感じていたのだ。


「え、そうなんですか?」


「ああ、本当だよ。自覚はないのかな? その力、きっとまたどこかで、誰かを救う事が出来るだろう。大事にするんだよ」


 エドにそう言われるも、マルスは自分がそんな力を使った事はおろか、そんな力を持っていた事すら全く自覚していない。

 戸惑いながらもマルスは彼の言葉に返事をした。





 *   *   *





「……おや、これはどうした事でしょう」


 コライユの郊外。

 街が一望出来る丘で、男が呟く。

 灰色の髪をした長身の男は、下がってきていた眼鏡を指で押し上げる。

 光を反射するレンズの奥にあるのは、縦長の虹彩を持つ血のような赤い瞳。


「私がかけた黒魔法が、消えている……?」


 呟きと同時に吹いた風が彼の髪を揺らす。

 髪の隙間に尖った耳輪を持つ特徴的な耳が見え隠れしていた。


「ふむ……これが、神の選んだ勇者達の力、という事でしょうか。深くまで侵食し根付いた黒魔法を解くなど、地上界の生物ごときには至難の業のはずだが……」


 エドの黒魔法は三年の時間をかけ、深く深く彼の中に根を張っていた。

 それを解くなど、地上界の者には不可能と言っても過言ではないはずだった。

 だが、現に黒魔法は消え去っている。


「まあ、いいでしょう。黒魔法がどの程度地上界の生物に影響を及ぼすのか実験出来ましたし……今は三年前以上に強力な黒魔法が使える。ふふ、楽しみですねぇ」


 男の口角が吊り上がる。


「勇者共に、この力を使うのが」

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