表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第9章 砂漠の国を目指して
114/128

8.何が彼を狂わせたのか

 時は少し遡り、ビリーが所長室に突入する少し前。

 マルス達は中の様子が窺える場所を探して、造船所の裏手に来ていた。

 造船所の前で職員同士が睨み合っているおかげで警備の目はないようだ。


 どこかから中が見えないか、と建物の側面を探る。

 その最中(さなか)、パルは造船所のある一点を凝視していた。視線の先は、建物の三階辺りだろう。

 眉根を寄せる彼女の空色の瞳は、どこか怯えているようだった。


「パル、どうした?」


 彼女の異変に気づいたアイクが声を掛ける。


「……すごく……嫌な力を、感じる……。おぞましい、魔力……」


「まさか魔族か?」


 咄嗟に魔族の存在が頭に浮かび、アイクは彼女の視線の先を警戒して凝視する。

 マルスも驚いた声をこぼして同じ場所を見た。

 だが、彼女は小さく首を横に振る。


「違う……たぶん、これは、魔法……」


「魔法?」


 マルスも彼女の視線の先を凝視するが、魔力の乏しい彼には何も感じられない。


「確かに……感じた事もないような不快な魔力だ。一体何だ……」


 意識を集中させると、アイクにも彼女ほど強くではないが、その魔力を感じ取る事が出来た。

 体が重くなり、ぞわりと悪寒が走るような魔力だ。

 魔物が使う魔法でも、これほど不快な魔力を感じた事はない。


「っ、ユーリやビリーさんが危ないよ!」


「しかし、どうやって中に……」


 中からそのおぞましい魔力を感じるというのならば、誘拐されたユーリやここに来ているであろうビリーの身が案じられる。

 だが、入口の方では双方の造船所の者達が睨み合っており、とても中に入れそうにない。


「すごーく悪い方法なんだけどさ」


 マルスがそう言って、造船所の上の方を指さす。

 彼の指を目で追っていくと、二階辺りにテラスがあるのが見えた。


「あそこから入れないかな? あ、でもあそこまで行く足場になる物がないか……」


 マルスはいつものように思い付きをそのまま口走るが、テラスまで行く方法を考えていなかった事に気づいて、頬を指で掻く。

 テラスには建物内からしか行けないようだ。

 外側から行くには、足場になる物が必要だ。

 ビリーの造船所は建物周辺に木箱や木材が適当に置かれていたが、ここはきちんと整備されているため、即席の足場になりそうな物が見当たらない。

 相変わらずの彼に少々呆れつつも、アイクは手段を考える。


「あのね……私、新しい魔法、練習して……」


「新しい魔法?」


 足場を探す二人にパルが声を掛ける。

 マルスが聞き返すと、彼女は頷いてから両手に魔力を集中させていく。


「まだ、アテナの力、借りないと……上手く、使えないんだけど……」


 パルのグローブの下で、右手の紋章がシアン色の光を帯びる。


「マルス、アイク……私と手、繋いで……。三人……このくらいの距離なら……」


 彼女に言われるまま、マルスとアイクはそれぞれ彼女の手を握る。

 直後、三人の足下にシアン色の光を放つ魔法陣が現れる。マルスとアイクは、体が温かい何かに包まれるような感覚がした。

 彼女の魔力に体を包まれているのだ。

 三人の髪が魔力によってふわりと揺れる。

 次の瞬間、三人の足が地面から離れ、体が宙に浮いた。

 まだ爪先が地面につくかつかないかといった距離だが、体が浮いている事にマルスとアイクは驚きを隠せなかった。


「いける……あそこまで、届いて……」


 パルが魔力を一層込めると三人の体は少しずつ地面から離れ、上へ上へと向かっていく。

 いつの間にか三人の背よりも高いほどの距離に体は上っていた。


「すごい、すごいよ、パル! オレ達浮いてる!」


「これは浮遊魔法か? かなり高度な魔法だぞ……」


 マルスは興奮気味に地面を見下ろす。

 一方のアイクも、高度な魔法を目の当たりにして感心した声をこぼしていた。

 そうしているうちに、三人はテラスまで辿り着いた。

 パルが魔法で三人の体を空中に留まらせている間にマルス、アイクの順にテラスに降り立つ。

 最後にパルがテラスに降り立つと同時に魔法陣は消滅した。


「すごい、本当にここまで上ってきたんだ!」


 テラスから先程まで自分達のいた場所を見下ろしてマルスが言う。


「エヴァみたいに……自由自在には、出来ない……。まだ、真上に、二階くらいの距離しか、行けないし……直接、触れてないと、ダメだし……」


 以前エヴァが浮遊魔法を自分達にかけてくれた時の事をパルは思い出す。

 彼は対象者に触れずとも一気に三人を随分遠くまで浮遊させる事が出来ていた。


「でもでも、すごいよパル! こんなすごい魔法使えるようになってたなんてさ!」


「俺もそう思う。今後も役立つだろうし、パルならいずれ自在に操れるようになるんじゃないか」


 マルスとアイクからそう言われ、パルはくすぐったそうに頷いて「ありがとう」と返した。


「よし、じゃあ中に入ってみよう」


 マルスがそう言って、音を立てないようにテラスと造船所内を繋ぐ扉の取っ手を回す。

 僅かに金属が擦れる音と共に取っ手は回り、ゆっくりと扉が開いた。

 運良く鍵は開いていたようだ。


「お邪魔しまーす……」


 誰に言うでもないが、一応マルスは小声で言ってから中に足を踏み入れる。

 そこは従業員の休憩部屋のようで、テーブルや椅子が置かれ、作業着やタオルが椅子の背に掛けられていた。

 右の方に見える扉に取り付けられた小さな木板には「仮眠室」と書かれている。

 テーブルには飲みかけの飲み物がいくつか乗っている。飲んでいた者達は、恐らく造船所の入口でビリーの部下達と睨み合っているのだろう。


 三人は向かいにある休憩室の出入り口の扉を開け、廊下に出る。

 廊下は不気味なほどに静かだ。

 パルが感じたおぞましい魔法の気配は、上の階からするというので三人は階段を探して廊下を歩く。

 その途中、不意にパルが足を止め天井を見上げて青ざめた顔をした。


「パル、大丈夫?」


 心配そうにマルスは彼女の顔を見る。


「今……一瞬だけ、魔力が、強まった……」


「俺も感じた。ユーリ達が無事だといいが……」


 パルだけでなくアイクも、一瞬おぞましい魔力が強まった事を感じていた。

 ユーリ達の身が案じられ、三人は慌てた様子で廊下を走って階段を探す。ビリーの造船所よりも遥かに立派なこの建物内は想像以上に広い。

 迷いそうになりながらも三人は急ぎ足で廊下を進んで行く。


 曲がり角に差し掛かった時だ。そこから一人の男性従業員が現れた。

 追い出されるか、と三人は思った。


「ア、アンタ達、ビリーんとこの奴か?」


 男は憔悴しきった顔で三人に近づいてきた。

 この状況で造船所内にいる同僚でない者――つまり、マルス達をビリーの造船所の従業員だと思っているようだ。


「いえ、オレ達は――」


「誰でもいい! ボスを止めてくれ!」


 単純なマルスはうっかり否定しようとし、アイクが咄嗟に口を挟もうとした。

 だが、それより早く男は縋り付かんばかりの勢いで言った。


「どういう事ですか?」


「ボスは、何かとんでもない事を……取り返しのつかなくなるような事をしようとしているかもしれない」


 男を宥めるように穏やかな口調でアイクが聞き返すと、男は一層憔悴した顔になる。


「三年前だ……。三年前から、ボスはおかしくなった」


 床に視線を落としながら男は語り出す。

 マルス達は真剣な表情でそれに耳を傾けた。


「ボスは――エドさんは、元々穏やかで心優しい人だ。けど誰よりも造船への情熱も持っていて、上司としても人としても素晴らしい人だった。……三年前までは」


 それから、男は少しだけこの造船所の所長エドとビリーの関係について触れる。

 二人はかつて同じ造船職人に師事しており、互いに良き好敵手であり親友であった。

 師が老齢のため造船業から退くとなった時、どちらがその造船所を引き継ぐかという話になり、結果としてビリーは独立し、エドは師から所長の座を引き継ぐ事となった。


「確かに、ボスとビリーの間には、何かしらの確執がある。けど、ボスは造船の技術でビリーの造船所に負けまいと経営戦略を練ったり、従業員の技術力向上を図ったり、こっちが心配になるくらいに奮闘していた。それが三年前、急にあっちの顧客を奪ったり、材木や部品を買い占めたりするよう俺らに言うようになった。とにかくビリーの造船所を潰そう、ビリーを失脚させようと躍起になっているみたいだった」


 師が造船業から引退した後、ビリーとエドはそれぞれの造船所をコライユで一、二を争うほどに成長させた。

 当時は互いに良き競争相手として意識し合い、エドは所長として懸命な努力を惜しまなかった。

 そんな穏やかで人徳ある人物だったエドのようだが、三年前に突然人柄が豹変してしまったという。


「ビリーの部下に手を出していたのは、ボスの考えを曲解した下っ端の連中だ。すまない。それを野放しにしていたのは、ボスだけの責任じゃない。後できっちり謝らせてもらうつもりだ」


 付け加えるように男は言う。その声には申し訳なさが滲んでいた。

 路地裏でユーリに絡んでいたような連中は、豹変したエドの考えを曲解して行動していたらしい。


「……時々、所長室から呻くような、何かに苦しむようなボスの声が聞こえてくる。最近は体調も悪いみたいで、あまり姿も見てない。ボスは何か……自分じゃどうにも出来ない何かに苦しめられている気がする。オレ達にも、どうにも出来ない……」


 男はやるせない様子だった。

 口振りからして、男はエドを上司として、人として敬愛しているのだろう。だというのに、何も彼を救う力になれない事が堪らなく悔しいようだ。

 彼の想いはマルス達にも痛いほど伝わってきた。

 と、その時。


「グアアアアアッ!」


 突如、ビリー達の叫び声が上の階から響いてきた。

 驚いてマルス達は天井を見上げる。


「っ、おじさん、教えてくれてありがとう! オレ達、行ってみる!」


 男にそう声を掛けると、マルスは彼が来た道の方へと走り出す。

 アイクとパルも頭を下げてから、その後を追いかけた。


 曲がり角を曲がって少し進むと、遂に階段が現れた。三人はすぐさま階段を駆け上り、三階に向かう。

 三階に出てパルが感知した魔力を辿って走っていくと、扉の開け放された部屋を見つけた。

 そこからビリー達の悲痛な叫び声が響いている。

 マルス達は身を隠しながら、開け放された扉の先を覗き見た。

 そこから見えたのは、拘束され魔法の責め苦に顔を歪めて悲鳴を上げるビリーとユーリの姿だ。


「ユーリ! ビリーさん!」


 咄嗟に剣を抜いて、マルス達は部屋に駆け込んだ。


「はッ!」


 アイクが振るった剣から氷の刃が放たれ、二人を拘束していた魔力の縄を断ち切った。

 床に落ちた二人は、呼吸を荒くしながらも体を起こす。すぐさまパルが彼らに治癒魔法をかけてやる。

 マルスは皆を守るように一歩前に出て、剣を構えていた。


「お前ら、どうしてここに……って、今はそんな事聞いてる場合じゃねぇな」


 治癒魔法を受けて回復したビリーが立ち上がりながら言う。


「この感じ、間違いないな……」


「おぞましい魔力……あの人から、感じる……」


 アイクとパルが目の前に立つ長髪の男――エドを見据えて呟く。

 強大でおぞましい魔力を放つ相手の眼前に立った事で、流石のマルスも体に悪寒が走るのを感じていた。


「……信じられない、けど……」


 注意深くエドを凝視しながらパルが言う。


「これ……もしかしたら、黒魔法、かもしれない……」


 黒魔法。

 彼女の言葉に誰もが耳を疑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ