6.キミは友達 ☆
何があっても。
ビジュ洞窟での魔石採取を終え、四人は魔石がぎっしり詰まった麻袋を抱えてコライユに戻って来た。
魔石の詰まった麻袋はかなりの重さで、洞窟から街まで魔物が出ない事にマルスは心底感謝した。
マルスもアイクもユーリも、険しい顔つきで呼吸を荒くしながら歩く中、怪力自慢のパルだけは平然としながら先頭を歩いていた。
男三人の様子を心配した彼女が何度か代わりに持とうかと申し出たが、それでは男として示しがつかないと、三人は丁寧に断って必死に歩いたのだった。
そうして、息も絶え絶えになりながらビリーの造船所に帰って来た。
「おうおう、ご苦労さん! いやあ、助かるぜ!」
ビリーはそう言いながら、四人から魔石入りの麻袋を受け取る。
四つもあるそれらを一気にビリーは肩に担いで持って行った。
重い袋を四つ、それも軽々と運んでいく彼の後ろ姿をマルス達は口を半開きにしながら、茫然として見つめていた。
「ビリーさんって力持ちだね……」
マルスのこぼした呟きに、アイクもパルも大きく頷いていた。
「伊達に力仕事やってないからね。三人共お疲れ様」
ユーリも頷きながらそう言う。
「この調子なら、明日の昼までには出発出来るぞ!」
離れた所からビリーのよく響く声が飛んできた。
「だってさ。三人は今日の宿、確保出来てる? 船が運休になったから、どこも満室になってそうだけど」
ユーリの問い掛けに三人は首を横に振る。
「うーん……あ、俺の知り合いがやってる宿なら、ちょっと外れの方にあるし、まだ空きがあるかも。案内するから、どうかな?」
「えっ、いいの?」
「うん。ついでに知り合いの宿も儲かるし」
驚いたように聞き返すと、冗談交じりにユーリは頷く。
「おいユーリ! ついでに頼んでた部品の受け取り行ってくれ!」
会話を聞いていたのか、またしても奥からビリーの声が飛んできた。
「ええ、また使いっ走り!?」
「お前が今一番手ぇ空いてんだから文句言うな!」
有無を言わさぬ親方の物言いに、ユーリは渋々といった声で返事をする。
彼の口から小さく溜め息がこぼれた。
「ほんと人使いが荒いんだから……。ちょっと武器だけ置いてくるから待ってて」
そう言ってユーリは造船所の奥へと駆けて行った。
数分待って、武器を置いて身軽になった彼が戻って来る。
「じゃ、案内するから行こっか」
「うん、お願い!」
マルスの返事を聞くと、ユーリは洞窟に行く時同様に先導して歩き出した。
* * *
ユーリの案内で、三人は彼の知人の宿屋にやって来た。
他の宿よりも街外れの方にある事が幸いして、部屋はまだいくつか空きがあった。
無事に今晩の宿を確保出来たマルス達はひとまず安堵する。
「じゃ、俺は行くね。何かあったら造船所に来て」
「本当に何から何までありがとう、ユーリ!」
移動手段に、今晩の宿まで確保してくれたユーリに、マルスは心からの感謝を伝える。
アイクとパルも口々に感謝を伝えていた。
「恩人だもん。俺の方こそ感謝してるよ。じゃ、明日準備が出来たら呼びに来るから、それまでゆっくりしてってね」
明日、飛空艇の準備が整い次第呼びに来ると言い残し、ユーリは手を振って街に戻って行った。
彼の姿が見えなくなるまで三人は見送った。
ユーリと別れてから、三人は明日からの旅に備えて買い出しに向かった。
いつもは旅費を管理しているアイクが一人で行く事が多い買い出しだが、今日は揃って行った。
皆で行けばあっという間に用事は済み、宿に戻った三人は手持ち無沙汰になる。
マルスが伸びをしながらベッドに倒れ込む。
力仕事をした後の体は、そのまますぐに眠ってしまいそうだ。
まだ寝るわけには、と思って欠伸をこぼしつつ緩慢な動きで起き上がる。
窓の方に視線を向けて、外の明るさで眠気を飛ばそうとした。
太陽は海の方へと大きく傾いているが空はまだ青く、夕方と呼ぶには早い時間のようだ。
「私……海、見てこようかな……」
「なら、俺も一緒に行く。マルスは?」
アイクに問われ、マルスは少し考える素振りを見せる。
「オレはちょっと鍛錬してくるよ。せっかく時間あるし」
「あんまり……無理、しないでね……」
鍛錬に行くと答えた彼にパルは少しだけ心配を滲ませた表情で言う。
「大丈夫大丈夫! 力仕事してきた後だし、ほどほどにしとくから」
彼女の心配を払拭するような明るい声だった。
その言葉にパルは小さく頷く。
「じゃあ……行ってくるね……」
そう言って、パルとアイクは先に宿を出て行った。
一人になったマルスは水を一杯飲んでから、剣を持って宿を出た。
鍛錬に集中出来る場所を探して、マルスがやって来たのは街の外れだ。
そこは街と森を繋ぐ草原で、人の気配はない。
近くにある小川の水流音と、風が草を撫でていく音だけが聞こえる。
そばに生える木に剣を立て掛け、深呼吸をしてから、まずは腕立て伏せを始める。
日々の鍛錬は身になっているようで、以前よりも出来る回数が増えていた。
それでもまだまだ足りない、と胸中で自分に言い聞かせる。
* * *
鍛錬を始めて二時間ほどが経った。
剣の素振りに集中していたマルスはすっかり息が上がり、汗だくになっていた。
疲労が溜まってきたのか、手足が僅かに震えるような感覚がする。
「今日はここまでにしよう」
マルスは呟いて、剣を鞘に収める。
木の枝に掛けておいた上着とタオルを持って、近くを流れる小川に足を運んだ。
手を洗い、水を飲み、濡らしたタオルで顔や体を拭いていく。
一通り体を拭いて、マルスはその場に腰を下ろした。
澄んだ水が流れていく心地好い音が、火照った体と心を落ち着かせていく。
「肉刺、また増えちゃったなぁ」
マルスの手には、剣の鍛錬でいくつか肉刺が出来ていた。
持ってきていた軟膏をそこに塗り込んでいく。
パルに頼めば魔法で治療してもらえるのだろうが、彼女に余計な心配をかけてしまう気がして、鍛錬での傷には自分で購入した軟膏や傷薬を使っていた。
塗り終えた軟膏をしまった直後、不意に小川と街方面を隔てる木々の方から何者かの足音が聞こえた。
魔物かもしれない、と思ったマルスはそばに置いていた剣を持って片膝をつき、いつでも抜けるよう構える。
足音はどんどん近づいてくる。
警戒して見つめていると、木々の隙間から現れたのは――赤色。
否、鮮やかな赤い髪の少年だった。
「あ、え、アベル!?」
姿を現したのは、アベルだった。
まさかこんな所で再会すると思っていなかったマルスは、これでもかと目を見開いて彼を見つめる。
「久し振り、マルス」
状況が飲み込めず戸惑うマルスとは反対に、アベルは平然とした様子で微笑んだ。
戸惑っていたマルスだったが、久し振りに友である彼の微笑みを見た途端に破顔する。
そこから戸惑いは喜びに姿を変えた。
「嬉しいよ、こんな所で会えるなんて!」
マルスは立ち上がってアベルに歩み寄る。
「嬉しい? ボクに会えて?」
眩しいほどの笑顔を浮かべる彼に、アベルは不思議そうな顔をして聞き返す。
「友達だもん! 友達に会えたら嬉しいに決まってるよ」
「……そっか」
相変わらずの屈託のない笑顔と共にマルスは答えた。
アベルは頷くと、そのまま俯いてしまう。
背の低い彼の表情は、マルスには見えなかった。
「あ……ねえ、アベルはどうしてここに?」
空気を変えようと思ったマルスは、彼の反応に気づかないふりをしてそう尋ねる。
「オレ達は明日ヴュステ王国に行くんだ。知り合いの飛空艇に乗せてもらえる事になってさ。生きてるうちに飛空艇に乗れるなんて思ってなかったから、すっごく楽しみなんだ!」
アベルが話をする気分になれるよう、マルスは努めて明るく喋った。
「明日には発つんだね」
ようやく顔を上げたアベルの問い掛けにマルスは頷く。特段変わった様子のない彼の表情に安堵した。
立ち話もなんだから、と先程マルスが座っていた辺りに腰を下ろして、二人はそのまま他愛のない話をした。
ここまでの旅の話、とりわけ戦った魔物の話は盛り上がった。
大海竜リヴァイアサンの事を話した時は、アベルも目を輝かせて聞いていた。
「あ、そろそろ戻らないと」
一頻り話をしてから、マルスがそう言う。
空はもう暗くなってきており、海の方には赤い夕陽が見える。
あまり帰りが遅くなっては、アイクとパルに心配をかけてしまう。そう思ったマルスは、立ち上がって尻についた汚れを払った。
「もうそんな時間なんだ」
彼に合わせるようにアベルも立ち上がった。
「マルス、一個、聞いてもいい?」
「何?」
剣をいつものように腰のベルトに固定していると、ふとアベルがどこか改まったように声を掛けてきた。
何となく彼があまり他者の様子を気に掛ける方ではないのは、以前オスクルの洞窟で行動を共にした時に感じていた。
その彼が、わざわざこちらの様子を窺うかのように声を掛けてきたのは、意外な事であった。
きちんと耳を傾けるべきだ。そう思って、手早く剣を固定し直し、彼の方に体を向ける。
「マルス……ボクは、マルスの友達?」
「うん、そうだよ」
「何があっても?」
質問の意図がマルスにはよく分からなかった。
けれど、アベルの赤い瞳は真剣そのもので、茶化してはいけないと思った。
「うん、もちろん」
マルスは彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返して、強く頷いた。
出した答えを彼がどう受け止めたのかは分からない。
ほんの数秒、アベルは逡巡するようにマルスから視線を逸らす。
「……マルス、あのさ」
再び赤い瞳がマルスに向けられた。
「……明日、発つ前にまた会いに来てくれない? ここで待ってるから」
「分かった、必ず会いに来るよ」
アベルの言葉に、マルスは笑みを浮かべて頷いた。
彼の目的も、意図も分からない。
けれど、明日もまた彼に会えるのだと思うと胸が弾んだ。
「じゃあ、もう行きなよ。お仲間、心配してるんじゃないの? ボクはもうちょっとだけここにいるから」
「うん、じゃあ先行くね。また明日、アベル」
先に戻るよう促され、マルスは手を振って街の方へ歩き出した。
また明日。アベルにそう言える事が、堪らなく嬉しかった。
「また明日ね、マルス」
木々の向こうに消えていったマルスの背に向かって、アベルは小さく呟く。
僅かに彼の口角が上がる。
沈んでいく夕陽の放つ光が、海を赤く染めていた。