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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第9章 砂漠の国を目指して
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3.造船所へ

路地裏で出会った少年に連れられて。

 アイクとパルは路地を抜けて先程とは違う通りに出た。

 そこは工場の倉庫が建ち並ぶ通りで、道端にも平然と木箱や材木などが積まれている。

 二人は辺りを見回して、マルスと少年の姿を探す。


「おーい、こっちこっち」


 小声で呼ばれて周囲を見回すと、積み上げられた木箱の裏からマルスが手招きしていた。


「さっきの人達は?」


「パルの魔法で眠っている。もう数分は大丈夫だと思うが、早めにここを離れるのが得策だろうな」


「良かったぁ。二人共ありがと」


 足止めをしてくれた二人に感謝を伝えながら、マルスは周囲の安全を確認して木箱の裏から出てくる。

 彼に続いて、少年もそこから出てきた。


「俺の働いてる造船所が少し行った所にあるから、そこに行こう。あいつら、親方が怖くて造船所にはなかなか近づいて来ないから」


 少年はそう言って、先導して通りを駆け足で進んで行く。

 三人は彼の後を追いかけた。




 *   *   *




 先程の路地を離れ、駆け足が歩きに変わった。


「助けてくれてありがとう。俺はユーリ。この街で造船の仕事をしてるんだ」


 呼吸を整えてから、少年――ユーリと三人は互いに名乗り合った。

 造船の仕事に就く彼は、マルスと同い年であった。


「ゾウセンって、船を造る事だよね? すごい仕事だなぁ」


「いやいや、俺なんて下っ端の下っ端くらいだから、言われた物を言われた通りに切ったり、くっつけたりしてるだけだよ。親方――俺の伯父さんなんだけど、その人に師事して造船の事を学んでる。いつかは自分で船の設計をするのが夢なんだ」


 マルスが向けてくる尊敬の眼差しにくすぐったそうな表情を浮かべながら、ユーリはそう返す。

 彼が語る夢に、マルスは一層瞳を輝かせた。


「そういえば、さっきの人達は?」


「あいつらは、コライユの造船業界を牛耳ってる造船所の連中だよ。あっちの所長、うちの親方の事が気に入らないみたいで、造船所を潰そうとしてるとか、無理にでも傘下に入れようとしてるとかって話でさ。で、俺下っ端だからってよくあっちの連中に絡まれるんだよ」


 うんざりした表情でユーリは言った。


「嫌な人達。協力して船を造るって事は出来ないの?」


「物作りってのは、競い合う事でより良い物を生み出せるんだと俺は思う。だから、造船所同士が敵対視し合うのはある程度しょうがないと思ってるんだけどさ。でも、さすがにちょっとやり過ぎだと思うんだよね。あっちの所長、昔は親方と仲良かったし、こんな事する人じゃなかったのに……」


 他所よりも良いものを。そうした対抗意識は、造船業だけでなく多くの産業で、より高度なものを生み出す原動力となる。

 だが、敵対している造船所のやり方は、そうした対抗意識を逸脱していた。

 相手の所長とも面識があるらしいユーリは、この現状に戸惑っている様子だった。

 産業における対抗意識は、人を歪めてしまう事もあるのだろうか、と三人は思う。


「うちの親方はあんまり相手にしてないんだけど……あっちの所長がうちの造船所を――って言うよりは親方を潰そうと躍起になってるみたいで。それから嫌がらせ続きでさぁ」


 ユーリは溜め息混じりに、これまでされた「嫌がらせ」を語る。

 今日のように絡まれる事もあれば、顧客を奪われたり、息の掛かった他の造船所と結託して造船の材料を買い占められたりする事もあった。


「で、その関係悪化に拍車をかけてるのが()()


 そう言って、ユーリは上空を指さした。

 彼が指さす先にあるのは、悠々と空を飛ぶ船のような物体。

 船体には鳥の翼を模したような装置や、羽根のような部品を繋ぎ合わせた高速で回る装置など、海に浮かぶ船にはない物がいくつも取り付けられている。


「飛空挺、か」


 空を見上げるアイクが言った言葉に、ユーリは頷いた。

 飛空挺とは、まさしく空を飛ぶ船である。

 魔導国家エストリア帝国が数十年前に初めて開発した、次世代の乗り物だ。

 とはいえ、一艘造るだけでも莫大な金と原動力となる魔力が必要であるため、普及には至っていないというのが現状であった。


「今日、船が運休になってただろ?」


 ユーリの問い掛けに三人は頷く。


「年に三回くらい、天候に関係なく海が荒れるんだ。どうも海の中に巨大な風の魔石が埋まっているらしくて……それが時々溜まった魔力を放出するから、海がすごく荒れる。海のかなり深い所にあるし、大きさも城一つ分はあるんじゃないかって話だから、掘り出して取り除くのは難しい。だから、魔石が魔力を放出している間は、どうしても船を運休させなきゃならないんだ」


 海の底には、一国の城ほどもある風の力を宿した魔石――魔岩と言う方が正しいだろう――が埋まっているというのは、コライユでは昔から言い伝えられている話だ。

 その魔岩が時折溜まった魔力を放出する事によって、海の中で風が吹き荒れ、天候に関わらず船も出せないほどに海が荒れる。

 これまでコライユの者達は何度か除去を試みたのだが、海の底深くにある事と巨大さが相まって成功には至っていない。


「けど、流石に船が何日も運休してたら困るだろ? その解決策として、コライユでも飛空挺が造られた。最近の技術でやっとね。その飛空挺を巡ってうちの親方とあっちの親方がバチバチしててさ」


 そう言うユーリの声には溜め息が混じる。

 話している内にいつの間にか倉庫街を抜け、道の先に大きな建物が見えた。


「ここがうちの造船所だよ」


 ユーリは三人を連れて、建物――造船所の中へと入って行く。

 中に入るとまず目に飛び込んできたのは、造りかけの巨大な船だ。

 船の内外では、職人達がそれぞれ工具で部品同士を繋ぎ合わせたり、大声で指示を飛ばしたり、材木を運んだりと忙しなく働いている。

 ユーリが言うには、今は中型の客船を造っているらしい。

 海に浮かんでいる船しか見た事のないマルス達は、初めて見る船の全容を物珍しそうに眺める。


 そして客船の隣には、小さな飛空挺があった。

 客船に比べると随分小さいが、見慣れない装置がいくつもついたその見た目は存在感を放っている。

 ユーリは飛空挺の方へ近づいて行く。


「親方ー! ただ今戻りましたー!」


「おう、ユーリ! 遅ぇじゃねーか!」


 ユーリの声をさらに上回る大声が返ってきたかと思うと、飛空挺の中から一人の大男が出て来た。

 職人達は皆逞しい体つきをした背の高い者が多いのだが、彼はその中でも抜きん出た体格の持ち主だ。

 筋肉隆々とした太い腕には思わず目を引かれる。胸筋も衣服の下に隠れていながらも、その存在を強く主張している。


 大男――否、親方の年齢は五十代といったところだろうか。

 大して手入れのされていない亜麻色の髪は首が隠れるほどの長さで、無造作に後ろで一つに束ねられている。

 深い緑色の瞳は常に力強い眼光を宿しており、目が合うだけで猛獣に狙われたような気分になってしまいそうだ。

 無精髭を生やし、深く刻まれた皺によって一層彫りの深さを増している顔は、精悍と表現するにふさわしい。

 豪快という言葉が、人の姿を得たような男だった。


「すいません、また絡まれちゃって」


「ったく毎回しつけぇ奴らだな。暇なのか?」


 親方は大きく舌打ちをして、やや(しゃが)れていながらもよく響く声で言う。

 彼の強面も相まって、マルス達は舌打ちにすら迫力を感じた。


「んで、そいつらは? 客には見えねぇが」


 彼の視線がマルス達に向けられる。


「俺が絡まれてるところを助けてくれたんです」


「おうおう、恩人ってわけか。うちの弟子が世話になったな。オレはこの造船所の所長ビリーだ」


 親方ことビリーが名乗り、マルス達も彼に名乗る。


「まあ、なんもねぇトコだが、茶の一杯でも飲んでけや」


 ビリーはその強面に笑みを浮かべて言うと、ユーリに三人を来客用の部屋へ連れて行くよう指示した。

 それにユーリが返事をすると、ビリーは軽く手を振って飛空挺の方へと戻って行く。

 雄々しい後ろ姿を見送ってから、ユーリは三人を来客用の部屋へと案内した。


 来客用の部屋には、椅子とテーブルが置かれ、壁には船の設計図や船の絵が貼られている。

 三人を椅子に座らせ、ユーリは別室から茶を運んできた。


「そういや、マルス達はどっから来たの? この街の人じゃないだろ?」


「グラドフォスだよ」


 茶を配るユーリが投げ掛けた質問にマルスが答えると、彼は目を丸くして三人を見た。


「ええっ、グラドフォスから!? なんでまたそんな遠くから――って、あんまし根掘り葉掘り聞くのは良くないか」


 驚いた声で言いながら、ユーリは三人の向かいの椅子に腰を下ろす。

 彼に促され、三人は茶を一口ずつ飲んだ。


「にしても、悪い時に来ちゃったね。船が運休になってて困っただろ? どこに向かう予定だったの?」


「ヴュステ王国だよ」


 マルスは念のため、アイクに話して良いか否かを確認してから、ユーリの質問に答えた。


「ヴュステかぁ。こっから船で二日ってところかな」


 壁に貼られている地図を見て、ユーリはそう返す。


「ヴュステに行くには、船以外に方法ってないの?」


「うーん、そうだなぁ……。基本的には、コライユから出る船以外に、庶民が行く手段はないね。転送魔法は王族しか使えないし、飛空挺も乗るには最低でも六十万ディールは必要かな。あ、一人あたりね」


「ひ、一人あたり六十万……オレが半年働いてやっと稼げるくらいの金額だよ……」


 ユーリの返答を聞いて、マルスは青ざめた顔をする。

 彼の言う通り、庶民がヴュステに行くには、コライユで船に乗る以外の手段はない。


「じゃあ……やっぱり、十日、待たなくちゃいけないね……」


 落胆が滲んだ声でパルが呟く。

 彼女の言葉に、マルスもアイクも頷く他なかった。


「……あっ、そうだ!」


 不意にユーリが声を上げた。

 少々驚きながら、三人は彼を見る。


「親方がさ、こないだ完成した飛空挺の試験飛行をしたいって言ってたんだ。そこに乗せてもらえないか頼んでみるよ。ヴュステなら距離的にはちょうど良さそうだし」


「それはすごくありがたい話だけど……オレ達お金なんて大して持ってないし、飛空挺造りの関係者でも何でもないし……」


 ユーリからの提案をマルス達はすぐに受け入れる事が出来なかった。


「さっき助けてもらった礼だよ。助けてもらえなかったら、今頃ボコボコにされて、当分仕事が出来なくなってただろうから、本当に助かった。その礼がお茶の一杯って、流石に俺の良心が痛むよ」


 言い淀むマルスに、ユーリはにこやかにそう返す。


「それに、今回試験飛行する飛空挺は客船としての物だから、人数も必要だし、何なら乗り心地についてお客さんの生の感想も聞けたら尚良しって感じ。親方もすぐ了承してくれると思う。あ、それと、金はいらないと思うよ。ただし、命の保証は出来ないけど……」


 ユーリの話を聞いて、三人は顔を見合わせた。

 なるべく早く先に進みたい三人にとって、金を使わずに足止めされている状況を抜けられるなど、ありがたい事この上ない。

 だが、代わりに命の保証は出来ない。

 その言葉に僅かな躊躇いが生まれる。


「でもさ、ここまで来るのだって命の保証があったわけじゃないし、今更なんじゃない? 船で怪物に襲われた時も何とかなったし、大丈夫だよ」


「それはそうだが……」


 楽観的に言うマルスに、アイクは眉間に皺を寄せる。


「いつ……何が、どうなるか、分からないから……ここで、十日も無駄にするの、きっと良くない……」


「オレもそう思う」


 邪神がいつ地上界を本格的に侵攻してくるか分からない今、なるべく早く出来る限りの事をしておかねばならない。

 パルの言葉はもっともだった。

 彼女の隣でマルスも頷いている。


「今は先を急ぐのが得策そうだな」


 アイクは頷いて、ユーリの提案を受け入れる事に賛同を示した。


「じゃあ、決まり! ユーリ、ヴュステまでオレ達を連れて行ってほしい」


「勿論! そうと決まったら、親方に話をつけて来なきゃね。お茶飲んだら一緒に来て」


 マルスの申し出をユーリは大きく頷いて受け入れた。

 それから、四人は少し急いで茶を飲む。

 ぬるくなった茶の、僅かに渋みのある香りが鼻腔を抜けていった。

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