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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第8章 ラエティティア・ルミノクス
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6.輝きに願いを

願いが、叶いますように。

 時間は流れ、アストルムの街は夕暮れ時を迎えていた。

 空は夕焼けの橙色と、夜の訪れを告げるような紫苑色が交わり、刻々と夜へ向かっている。

 祭りの目玉であるステラフロースの開花時間も間もなくだ。

 マルス達は街の中央にある広場に、再び足を運んでいた。

 広場では、祭りの参加者にステラフロースの配布が行われていた。


「やあ、君達か。待ってたよ」


 広場にやって来た四人にそう声を掛けたのは、数時間前にここで出会い、ステラフロースの話をした男性だ。

 彼は花壇に植えられたステラフロースの茎を鋏で切り、マルス達にそれぞれ一本ずつ手渡した。


「あ、本当に花が閉じてる」


 マルスの呟き通り、昼間は花弁を開いていたステラフロースは今、花弁を閉じて蕾のような姿になっている。

 夕暮れ時に花弁を閉じる花は他にも多く存在する事を、マルスも何となく知ってはいる。だが、今ステラフロースが種を――次なる生命を産み落とすために花弁を閉じていると思うと、それがとても特別な様子に彼の目には映っていた。


「そうそう、言い忘れていたんだけれど、種が打ち上がった瞬間に願い事をすると、その願いが叶うっていう言い伝えがあるんだ」


「綺麗なだけじゃなくて、願い事まで叶えてくれるんだ。どんな願い事しようかなぁ」


 感心しながら、マルスは改めてステラフロースを見つめる。

 叶ってほしい願い事。彼の心に浮かんだのは、たった一つだった。


「終わったら、種をここに持ってきてくれると助かるな。また次のラエティティア・ルミノクスに向けて、ステラフロースを育てるためにね。記念に持って行っても良いけれど……判断は君達に任せるよ。さあ、もう間もなく開花の時間だ。祭りの最後を楽しんで」


「ありがとう、おじさん!」


 マルス達が礼を言うと、男性は満足そうに頷く。そして、手を振って四人のそばを離れ、他の参加者にステラフロースを配りに行った。


 男性と別れてから、マルス達はそのまま広場に留まって時間を潰した。

 広場では踊り子達が、ステラフロースを模した純白の衣装に身を包み、開花の喜びを表した踊りを披露していた。

 四人はそれぞれステラフロースを手に、踊りの見物をする。

 閉じられた花弁の中に、新たな生命と四人の期待が確かに宿っていた。




 *   *   *




 十数分が経過し、宵の口を迎えた。群青色だった海は紺色に変わり、色とりどりの建物は、闇の中にその淡く愛らしい色を隠してしまった。

 暗い色に包まれた街で、街灯だけが煌めく琥珀のように光る。

 踊りを見物し終えた四人は、そろそろかと期待しながらステラフロースを見た。


「みんなは願い事、何にする?」


「こういう時の願い事……心の中で、こっそり、言うの……。だから、内緒……」


 神や星といった決して手の届かぬものに願い事をする時、口には出さず、心の中でその願いを言うものだという風習が、何となく地上界では主流だった。

 パルに言われてマルスは納得したらしく、願い事について話を広げるのをやめる。


「お、そろそろ時間みたいだぜ」


 エヴァがそう声を掛けた直後、徐々に街灯が消されていく。

 数分で街全体が暗闇に沈み、月と星々の淡い煌めきが空から降ってくる。

 四人が街から視線を手元のステラフロースへと向けたその瞬間だった。


「あ、光ってる!」


 不意に閉じた花の内側に白い光が灯り、花弁越しに光が見えた。

 光は強さを増していく。

 そして――。


「わあっ!?」


 突如、花弁が開き、上空に勢いよく目映い光球が打ち上がった。

 マルスだけでなく皆が思わず喫驚した声を上げた。

 そばにある二階建ての建物よりもさらに高く、光球――否、ステラフロースの種子は昇っていく。

 周囲にいる者のステラフロースも、一斉に開花して種を打ち上げていた。

 暗闇に包まれた広場に、小さな光が無数に煌めく。

 まるで広場自体が星空の中に存在しているかのような光景だ。


 その幻想的な光景に、誰もが感嘆の息をこぼして見とれていた。

 四人も例に漏れず見とれていたが、男性に教わった願い事の話がふと頭を()ぎる。


 アイクは、大切な人達をこの手で守れるようにと。

 パルは、全員揃って故郷に帰れるようにと。

 エヴァは、ルナとの再会と和解を。

 そして、マルスは最愛の兄との再会を、その輝きに願った。


 打ち上がってから数秒後、ステラフロースの種子から放たれる光が弱まり始めた。

 柔らかな光に包まれた種子は、ゆっくりと地上へ落ちていく。

 手のひらを受け皿にして待っていると、音もなく種子はそこへ落ちてきた。途端に纏っていた淡い光は消え、星型をした種子の姿が視認出来るようになった。


「すごい、ね……。こんな花があるなんて知らなかった」


 手のひらに乗った種を見つめて、マルスはそう呟く。


「話は、聞いた事、あったけど……想像より、ずっと綺麗……」


 花に詳しいパルも、初めて自身の目で見たステラフロースが種を産み落とす瞬間に感動を隠せなかった。

 アイクとエヴァも感動が滲んだ吐息をこぼして、手のひらの種を見つめていた。

 周囲では美しい光景を称える拍手や歓声が響いていた。

 種が放つ光が消えて暗闇に包まれた街に街灯が再び灯され、徐々に明るさが戻って来る。

 拍手や歓声も次第に収まり、広場の人だかりも分散し始める。

 ラエティティア・ルミノクスは終わりを迎えようとしていた。


 四人は先刻男性に言われた通り、ステラフロースの種を彼の元へ持って行った。

 一年後の祭りの日に、この種が新たな生命を生み出すのだと思うと不思議な期待感が湧いてくる。

 一年後。

 その時には、神の使命を果たせているのだろうか。

 大切な人と再会出来ているのだろうか。

 ふと、マルス達はそんな未来を想像した。

 そして、どうか輝きに託した願いが叶う事を改めて強く思うのだった。




 *   *   *




 広場を離れた後、一行は祭り衣装を返却するために貸衣装店を訪れていた。

 更衣室の中で、パルは祭り衣装を脱ぎ、着慣れた普段着に袖を通す。

 名残惜しくて堪らない気持ちもあったが、普段着に戻ると何となく肩の力が抜けたような、安心したような感覚になる。

 化粧も落とし、結っていた髪も解くと、随分身軽になったような気がした。


 パルが元の姿に戻り、一行は店員達に礼を伝えて店を出た。

 人通りもまばらになってきた道を、疲れが滲む足取りで四人は歩いて行く。


「エヴァはこれからどうするの? どこかに泊まる?」


「いや、俺は最終便の船で帰る。新しい素材も手に入ったし、早く解呪の研究がしたいからな」


 マルスの問い掛けにエヴァはそう答えて、懐から最終便の乗船券を取り出して見せた。

 グラド大陸への船の最終便は、もう数十分で出航時間を迎える。


「そっか。じゃあ、ここでお別れだね」


 宿屋のある通りと、船着き場に繋がる通りの間にある小広場でマルス達は立ち止まる。


「ああ。今日はなんやかんや楽しかったぜ。ありがとな」


 爪先を船着き場に繋がる通りへ傾けながら、エヴァは三人に声を掛ける。


「貸衣装……見つけてくれて、ありがとう……」


「いやぁ、色々頑張った甲斐あったぜ?」


 彼女の言葉にそう返しながら、エヴァはアイクに意味深長な視線を送った。

 その視線に含まれた意図を察したアイクは、彼女の傍らで軽く睨むような目をしてみせた。


「……リヴァイアサンはもういないから問題ないとは思うが、無事に帰れる事を祈っている」


「わざわざ危険なトコに向かってくお前らに、無事を祈られてもなぁ。てか、俺、お前らが思ってるよりは強ぇし」


 アイクの言葉に少々皮肉っぽくエヴァは返す。

 三人はエヴァと手合わせした事も、彼の攻撃魔法を見た事もない。しかし、屈強なゴーレムを生み出したり、三人を浮遊魔法で遠くへ運んだり出来る事から、相応の強さは持ち得ているのだろうと想像するのは容易かった。


「いつかエヴァの戦うところ、見てみたいかも」


「機会があったらな。まあ、期待しとけよ」


 マルスが純粋に期待した瞳を彼に向ける。その瞳を眩しく思いながら、エヴァは笑ってそう返した。

 そして、船着き場の方へと足を踏み出す。

 だが、ふと何かを思い出したかのように踵を返し、アイクのそばまで歩み寄ってきた。


「次会う時、どんだけ進展してるか楽しみにしてるぜ」


「とっとと帰れ」


 耳打ちされた言葉に対して、食い気味にアイクは言い返した。

 エヴァを鋭く睨んでいるものの、彼の耳は赤く染まっている。


「じゃ、またそのうちな」


 彼の睨みにおどけたように肩を竦めてから、エヴァはひらひらと手を振って船着き場へと足早に向かって行った。


「エヴァ、なんて言ってたの?」


 マルスは手を振りながら、耳打ちした内容についてアイクに尋ねた。


「黙秘する」


「そっ、か……」


 アイクの顔には、何とも表現し難い表情が浮かんでいた。

 これ以上触れてはいけない。何となくそう感じたマルスは、追及するのを諦めた。

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