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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第8章 ラエティティア・ルミノクス
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5.手を引いて、心惹かれて

だから、あなたが好きなの。

 アストラ・サルダディオが終わって合流した四人は、軽く昼食をとった後、出店(でみせ)を見て回った。

 あらゆる地方から訪れた商人達の出店は、実に様々な種類のものがあった。

 武器や防具が並ぶ店、薬の専門店、魔法薬の素材のみを取り扱う店、服飾店、各地方の珍しい食材を取り揃えた店――店の種類を挙げればキリがない。

 どの店もマルス達の目には物珍しく映っており、見て回るだけでも時間を忘れてしまいそうだった。

 出店を見て回る中で、マルス達は治癒薬を、エヴァは魔法薬の素材をいくつか購入した。


 そうして出店を堪能した四人だが、夕暮れまではまだ幾らか時間がある。

 少し休憩しよう、そう言い出したのはマルスだった。

 運良く空いていたベンチに腰を下ろして、四人は一息つく。


「何か飲み物でも買ってくる? オレ、喉渇いた」


「ずっと歩き回っていたからな。向こうに飲食店の出店があったはずだ」


 喉が渇いたというマルスの言葉で、アイクは先程見つけた飲食店のある方へ体を向けながら立ち上がる。

 だが、不意にずしりとした重みを両肩に感じた。


「まーまー純情お坊ちゃんは座ってな。俺とマルスで買ってきてやるよ」


「なんでオレとエヴァだけ?」


 言いながら、エヴァは半ば強制的にアイクをベンチに座り直させる。

 横でマルスが疑問の声を上げていたが、彼はそれには答えなかった。


「あ、私も、行く……」


「いーから、いーから。着飾ったレディに使いっ走りなんて頼むもんじゃねぇし。主役は座って待ってな。……いや、()()()って言うべきか」


 立ち上がろうとしたパルに、エヴァは珍しく気遣いある言葉と意味深長な言葉を掛けながら、彼女の両肩を押さえる。

 彼の気遣いを無下にすべきでないと思ったパルは、感謝を伝えてから大人しくベンチに座り直す。


「じゃ、適当に買ってくるな。行くぞ、マルス」


「いやいや、なんでオレだけ? ねえ、答えてよ」


 エヴァはマルスの肩に腕を回して、こちらも半ば強制的に店の方へと連れて行く。

 またしてもマルスは文句や疑問をぶつけるが、全く相手にされる事はなかった。


「頑張れよ」


 マルスを引き摺るように連れて行きながら、エヴァはアイクにそう耳打ちする。

 数秒遅れてその言葉の意味を理解したアイクは、彼を呼び止めようとした。だが、もう彼はさっさと人混みの中へと姿をくらましていた。

 エヴァはわざとアイクとパルが二人きりになる状況を作り出したのだ。

 それは彼なりの贖罪だった。

 アストラ・サルダディオが終わった直後、何やら良い雰囲気になっていた二人を邪魔してしまった事を気に掛けていたのだ。


 ――本当に、余計な事ばかりしてくれる。

 アイクは心の中で深い溜め息をつく。

 それから、ちらと隣に座るパルの姿を盗み見た。


 祭り衣装に身を包み、薄く化粧も施して、いつもとは違う髪型をしている彼女。

 彼女の持つ愛らしさが一層強調されたその姿を初めて見た瞬間、アイクの頭に過ぎったのは「可愛い」の文字だった。

 可愛いだけでなく、美しい、上品だ、可憐だ、など様々な称賛の言葉が頭に浮かんできたのだが、最も強烈に感じたのが「可愛い」だった。

 だが、素直に「可愛い」と口にするのは、あまりにも自分の性に合わないため、出掛かったところでその言葉を飲み込んでしまった。


 マルスも、エヴァも、道中ですれ違う男達も、皆彼女に「可愛い」と言っていたのを思い出す。

 言っていないのは、アイクだけだ。

 苦し紛れに出て来た「よく似合っている」という当たり障りもない、陳腐な自分の言葉を彼は思い出し、頭を抱えたくなった。

 着飾った女性に掛ける言葉としては最低だと、当時の自分を殴りたくなった。

 おまけに、アストラ・サルダディオが終わった後の礼儀としての口づけすら出来ていない。

 騎士として、男として、彼女に想いを寄せる者として失格だと考えざるをえなかった。

 そんな事を悶々と考えていると、不意に彼女の空色の瞳がアイクの顔を覗き込んだ。


「すごい、皺……」


 彼女は小さく笑って、アイクの眉間を軽く指でつつく。

 急な刺激にアイクは少々驚いた顔をした。


「考え事……?」


「あ、ああ……まあ、そんなところだ」


 適当に誤魔化して、アイクは皺を伸ばすように眉間を指で擦る。

 擦りながら、ふと頭の中で考える。

 沈黙が破られた今なら――。


「っ、パル」


「なあに……?」


 改まったように背筋を伸ばし、彼女の方に体を向けて名前を呼ぶ。

 声が上擦ってしまった気がしたが、今はそんな事どうでも良かった。

 どこか神妙な様子の彼に首を傾げながら、パルは聞き返す。


「その…………今日のパルは、かわ――」


 言いかけたところで、突如二人の鼓膜に幼子の泣き声が突き刺さった。

 咄嗟に二人は周囲を見回す。

 すると、少し離れた所で幼い少年が転んで泣いているのが目に入った。

 困っている者を無視出来ない二人は、同時に立ち上がって駆け寄ろうとする。


「俺が行ってくる。パルはここで待っていてくれ」


 アイクはそう言って彼女を座らせると、返事を待たずに駆けて行った。

 ベンチに一人残されたパルは、少年に声を掛け、傷の手当てをする彼をじっと見つめる。

 地上界各地に名の知れている上流貴族でありながらも、その地位を鼻に掛けず、身分に関係なく困っている者に手を差し伸べられる彼が、パルは好きだ。

 困っている者に手を差し伸べ、彼なりに一生懸命寄り添おうとする。

 自分やマルスが戦争で両親を亡くして傷心している時、彼が懸命に自分達の悲しみに寄り添おうとし、励まそうとしてくれた事を思い出す。


 本当は自分から話をするのが苦手なのに、毎日色々な明るい話題を仕入れてきては、少々たどたどしい口調でたくさん話を聞かせてくれた。

 本当は柄じゃないのに、冗談を言って笑わせようともしてくれた。

 そんな彼に、いつの間にか惹かれていた。

 生真面目で努力家な彼の、少し不器用であたたかいところが好きなのだ。


 離れた所で、泣く少年を必死に宥めている彼に愛しさが募る。

 その最中(さなか)、突然視界が二人の見知らぬ男の顔に埋め尽くされた。


「君、今一人?」


「こんな可愛い格好してるのに、一人でいるなんて勿体ないよ」


 不躾に話し掛けてきた男達に、パルは思わず顔を顰める。


「わ、私……一人じゃ――」


「あっちに良い店があるんだ」


「一緒に楽しい事しようよ」


 戸惑った声で一人ではないと伝えようとしたが、男達は無視して彼女の腕を掴み、無理矢理にでも連れて行こうとする。


「やめ、て……っ」


「まーまー、そんなつれない事言わないでさぁ」


 拒絶の言葉を口にするが、彼らは全く聞く耳持たずだ。

 パルは考えた。怪力を発揮すれば、恐らく彼らは怯むだろうと。

 だが、一般人相手にと思うとどうしても気が引ける。

 怖がられるに決まっているから。

 そして何より、せっかく綺麗に着飾った姿で、男を力でねじ伏せるなどというはしたない真似をしたくなかったから。

 けれど、今はそんな事を言っていられる状況ではなかった。

 意を決したパルは、掴まれている両腕に力を込めようとする。

 だが、その時だ。


「俺の()()に何か用か?」


「はァ? なんだ――ッ、ぐあッ!」


 愛しい声が聞こえた。

 次の瞬間、男二人が痛みへの悲鳴を上げると同時に、両腕が自由を取り戻す。

 いつの間にか戻って来ていたアイクが、男達の腕の内側を手刀で思い切り打ったのだ。

 男達が痛む腕を押さえている内に、アイクはパルの手を取って自分の方へと引き寄せる。そして、男達から彼女を守るように一歩前に出た。


「チッ……男がいたのかよ……」


「テメェ……!」


 男達はアイクを睨み付けるが、彼は動じる事もなく冷静な表情のままだ。


「女性に不躾に話し掛け、嫌がるのを無視して強引に連れて行こうとするなど、男としてあまりに見苦しい行為だな。女性への声の掛け方も知らないのか?」


「この野郎ッ!」


 男の一人が、アイク目掛けて殴りかかってきた。

 拳がアイクの顔に向かってくる。

 だが、これまで戦った敵や、日々の厳しい鍛錬で打ち合った相手の攻撃に比べれば、随分と緩慢なものだった。

 アイクは冷静にその拳を片手で受け止める。男は驚愕の表情を浮かべる。もう一人の男も唖然としていた。


「晴れの日に暴力とは、己の品性のなさを見せびらかしているも同然だと思うが……。すぐに警備隊がここに来る。この状況で圧倒的に不利なのはお前達だ」


 そう言って、アイクは男の拳を押し返す。

 男はよろけて後退ると、舌打ちをしてもう一人と共にそそくさと人混みに逃げて行った。


「怪我はないか?」


 男達が見えなくなってから、アイクはパルの方を振り返って問う。

 先程までの低く冷めた声とは違い、あたたかく柔らかい声だった。


「うん……大丈夫……」


「一人にしてしまって、本当にすまなかった……。一緒にいるべきだった」


 アイクの声にも表情にも、申し訳なさが滲み出ている。

 項垂れる彼は、いつになく小さく見えた。


「でも……ちゃんと、助けに、来てくれた……。私は、それが……嬉しい」


 ――だから、あなたが好きなの。

 ありがとう、と口にしながら、パルは口に出せない言葉を胸中で呟く。

 アイクはゆっくりと顔を上げて、こちらを見上げる空色の瞳を見た。

 彼女の言葉を咀嚼するように、二回ほど小さく頷く。


「……ありがとう」


 小さくはにかんで、アイクは彼女に同じ言葉を返した。

 それから、一度大きく息を吸い込んで、どこか真剣な顔付きになって口を開く。


「パル。その……伝え損ねていた事が二つほどあるんだが……」


 意を決した、そう表現するにふさわしい表情と口調でアイクは言う。

 彼のその様子に僅かに首を傾げつつ、パルは言葉の続きを待った。


「今日のパルは、可愛い。正直、見とれてしまうほどに。……あ、いや、普段のパルだって勿論かわ――」


 そこまで言いかけて、アイクは咄嗟に右手で口を塞ぐ。

 ようやく正直な思いを伝えられたが、同時に言わなくていい事まで口走りかけたのだ。

 どう思われただろうか、と恐る恐るアイクは彼女の顔を見る。


「ほんと、に……?」


 周囲のざわめきに掻き消されてしまいそうな微かな声が、パルの口からこぼれる。


「本当だ」


 口元から手を離したアイクは、儚げに潤んだ彼女の瞳と再び目を合わせて答えた。

 熱を帯びて赤らんだ顔と、潤んだ空色の瞳の対照的な愛らしさに、鼓動が大きく反応する。


「……それから」


 一つ大きく息を吸ってから、アイクはそっとパルの左手を取って、自身の胸の高さまで持ち上げる。


「踊りの最後を、パルと踊れて本当に良かった。ありがとう」


 言下、パルの左手の甲に彼の唇が優しく触れた。

 祭り衣装を纏っている今、いつも着けているグローブはなく、彼の唇が直に触れていた。

 ほんの一瞬。けれど、その柔らかい感触も、甘いぬくもりも、確かに感じられた。


「わ、たし、も……最後に踊る、相手が……アイクで、良かった……」


 泣き出しそうに震える声で、パルは彼の言葉に、行為に応えた。

 全身が熱くて、胸が甘く締め付けられて、瞳が潤んできて、どうにかなってしまいそうだった。このまま溶けてしまうのではないかと思った。

 今この瞬間、時が止まったかのような錯覚に二人は陥っていた。


「おーい! 二人共お待たせ!」


 不意に響いた、聞き慣れた明るい声が二人の時を現実に戻す。

 咄嗟に二人は握り合ったままの手を放した。そして、同時に声の主を探すふりをして視線を逸らす。

 少し離れた所に、飲み物を両手に持ったマルスとエヴァの姿が見えた。

 視線が合うと、二人は歩く速度を上げて向かって来る。


「意外と並んでてさ。って、二人共すごく顔赤くない? 暑い所で待たせてごめんね」


 心配そうに言いながら、マルスは二人に飲み物の入った紙製のコップを手渡す。

 アイクとパルはコップの内側から伝わる冷涼な温度に、熱かった体が冷まされていくのを感じた。

 純粋――単純とも言うべきか――なマルスは、二人の顔の赤さの原因が気温ではない事に気づいていない。


「いやぁ、並んだ甲斐があったわ」


 一方、何かしらを察した、勘の鋭いエヴァは意味深長な独り言をこぼして含み笑いをする。

 ――本当に、余計な事ばかりしてくれる。

 アイクは再び胸中でそう呟く。

 だが、今回ばかりはエヴァを睨み付ける事はなかった。

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