3.花は可憐に蕾を開いて ☆
あなたに可愛いって、言ってほしい。
マルス達は一時間ほど祭り衣装を取り扱っている服屋を何軒か見て回った。
だが、全ての店でその金額に目を見張っては諦めて次の店を探す、を繰り返していた。
「やっぱり祭り衣装って高いね……。旅費全部なくなるのは困るしなぁ」
「普段着よりも幾分か質の良い素材を使っている上に、装飾も多いからな。当然と言えば当然の値段だが……」
マルスとアイクは溜め息混じりに言う。
アイクの言うように、祭り衣装はどれも質の良い素材で作られている上に装飾も多い。素材の値段や職人の手間暇を考えれば、高価格なのは当然なのだ。
店によってはかなりの低価格で売っている物や、元の半額以下で売っている前年の売れ残りもあるが、それらは大抵デザインも質もお世辞でも良いとは言い難い物だった。
マルスとアイクは半ば諦めに近い感情を抱きながらも、通りに並ぶ店から服屋を探す。
そんな彼らの様子を見て、パルは罪悪感が募る一方だった。
祭りを楽しみたいと思っていたというのに、これでは二人が何も祭りを楽しめずに半日が過ぎてしまう。それどころか、無関係なはずのエヴァまで付き合わせている事に、一層罪悪感は増していた。
「……あ、の……やっぱり、私――」
「なあ、あれとかどうだ?」
祭り衣装は諦めると言いかけたパルの言葉を遮って、ふとエヴァが声を上げる。
彼は立ち止まって、通りの掲示版――そこに貼られた一枚の紙を指さしていた。
「えっと……貸衣装?」
マルスが目を凝らして、紙に書かれた見出しの文字を読み上げる。
それは貸衣装屋の広告だった。
四人は掲示板に近づいて、その広告の内容に目を通す。
「人気のデザイン、流行の祭り衣装を低価格で。祭り当日限定で、さらにお得になる福引きも実施……なるほど、これなら俺達の所持金でも無理はないかもしれないな」
広告の内容を読み上げ、アイクはそう呟く。
「いいね、行ってみようよ! エヴァ、良い目してるねぇ!」
「お前の目が節穴なだけじゃねぇの?」
希望を見つけてくれたエヴァに、マルスは明るく笑顔を向ける。エヴァの方はいつものように皮肉な台詞を返して笑った。
彼の皮肉に文句を言おうとしたところでアイクに止められ、彼に背中を押される形で貸衣装屋がある方へと歩き出した。
* * *
貸衣装屋は街の南端にあった。
店の前では三十代ほどの女性店員が客引きの声掛けをしている。
「あの、すいません。この子の祭り衣装を探してて」
「いらっしゃいませ! こちらのお嬢さんですね。かしこまりました!」
マルスが声を掛けると、女性店員は明るく、嬉しそうに答える。
「では、先に福引きを! ハズレなしで、一等は八割引、二等は半額、三等は三割引、それ以下もお得な割引や特典をご用意してますよ」
女性店員は店先に設置している福引きの場へと四人を連れて行く。
そこにはテーブルが一つ置かれ、正方形の箱がその上に乗っていた。
箱の上部には手が入るほどの穴が空けられ、そこから僅かに見える中には小さく折り畳まれた紙が何枚も入っている。
「どなたがお引きになりますか?」
女性店員にそう問われ、四人はそれぞれの顔を見る。
「俺はあまりクジ運は良い方ではないな……」
「俺も同じく」
「私も、あんまり、自信ない……」
アイク、エヴァ、パルの三人は自信なく一歩後ろに下がる。
「では、お客様がお引きになりますか?」
「えっ、オレ!?」
他の三人より一歩前に出る形で取り残されたマルスに、店員は声を掛ける。
マルスは喫驚した顔で一歩後ろの三人を見た。三人の表情は「任せた」と彼に訴えている。
「しょうがないなぁ。あんまり良いの引けなくても怒んないでよ」
人差し指で頬を掻きながら、マルスはそう言ってクジの入った箱に近づいた。
己の運を集めるように、顔前まで上げた右手で拳を握ってみる。
そうしてから、その右手を箱の穴に突っ込んだ。
手のひらに、指先に、紙の感触を感じながら、己の運に導かれるままに箱の中を弄る。
この瞬間、四人の周囲には異様な緊張感が漂っていた。
「これだ!」
マルスは数多のクジの中から一枚を掴むと、勢いよく箱から手を出した。
祈るように彼は手にした一枚のクジを店員に渡す。
彼女がクジの中身を確認する様子を、四人は固唾を呑んで見守っていた。
「おめでとうございます! 二等でございます!」
華やかな笑顔で店員は三等以上を引いた時に鳴らす当たり鐘を振った。
耳を突くほどの騒々しくも華々しい音が辺りに響く。
「二等、って事は――」
「半額割引でございますよ!」
店員の言葉を聞いて、マルスは後ろの三人を見た。
「半額割引なら、俺達の所持金でも十分良い物が借りられるぞ! よくやった、マルス!」
「よっしゃぁッ! ありがとう、オレの運!」
喜びが滲み出たアイクの言葉で、マルスは自分が二等を引き当てた事実を受け入れた。
全身でマルスはその喜びを表現する。
「すごい……マルス、本当に、ありがとう……」
胸の前で両手を握り、嬉しさと驚きを滲ませた声でパルが言った。
彼女の言葉にマルスは満面の笑みを浮かべてみせる。
「では、どうぞ店内へ」
店員は喜ぶ彼らを微笑ましく見つめながら穏やかな声で呼び掛け、四人を店の中へと案内した。
ややこぢんまりとした店内には、華やかな色とりどりの衣装、煌びやかな宝石や可憐な花で作られた装飾品が所狭しと陳列されている。
その光景は異空間にいるような気がしてくるほどに幻想的ですらあった。
四人の目は、足を踏み入れた瞬間から忙しなく店内を見回している。
パルの水色の瞳には煌めく光が宿り、頬は感動と期待で紅潮していた。
「まずは採寸をしましょう。お嬢さんはこちらへ。お連れ様は少々店内でお待ち下さい」
店員はパルを店の奥にある採寸や試着を行う場所へと連れて行った。
残されたマルス達は、彼女の採寸が終わるまでの間、店内を見て回った。
男女問わず様々なデザインの衣装が何着もある店内は、見て回るだけでも時間を潰すには十分だった。
* * *
採寸が終わってから、いよいよ衣装選びが始まった。
店員はパルの身丈に合う物、彼女の好みや雰囲気に合う物を何着か用意していく。
パルは気に入った物を試着し、時折マルス達に意見を求めながら、二十分程かけてようやく衣装を選んだ。
それから、彼女が着付けや化粧等をしている間、店内の探索を粗方終えたマルス達は、衣装代の支払いをしていた。
パルが選んだ衣装は通常ならばそれなりに値段の張る物だったが、マルスが引き当てた半額割引のおかげで、旅費への影響は随分少なく済んでいた。
支払いを終えてから、三人は店の外で他愛もない話をしながら彼女を待った。
そして――。
「みんな、お待たせ……」
呼び掛けに三人は一斉に振り返る。
その視線の先には、少々急ぎ足で向かってくる、祭り衣装を身に纏ったパルの姿があった。
彼女が身に纏っていたのは、白を基調とした膝丈のドレスだった。
袖は肩から肘下辺りまでが大胆に露出されているが、袖自体が繊細なレースで、袖口は青のリボンに飾られた愛らしいフリルで出来ているため、上品な印象を与える。
藍色の生地に金色の花が刺繍された太めの帯からふんわりと広がるスカート部分は、青色のリボンに縁取られたフリル、ネモフィラの花を刺繍した大ぶりのフリル、深い青色のパニエの三層になっている。
まるで青い花のブーケをそのままドレスにしたかのようだ。
靴も白を基調としており、履き口は青色のリボンに縁取られ、甲部分には金色の花が刺繍されている。
そして、ネモフィラの花で作られた足飾りが、彼女の華奢な足首を飾っていた。
髪は後ろの低い位置で纏められ、ネモフィラの花冠とレースの大きなリボンに飾られている。上品でありながら愛らしさも感じさせる髪型だ。
薄く化粧も施してあり、彼女の儚くも可憐な顔立ちが一層引き立っていた。
着飾った彼女の姿に、マルスとアイクは思わず見とれていた。
「わあ……パル、すごく可愛い! 可愛いだけじゃなくて綺麗! 本当にお姫様みたい。時間掛けて探した甲斐があったよ」
心からの言葉を笑顔と共にマルスは言う。
パルは嬉しさと照れくささを感じ、ほんのり頬を赤らめながら彼の言葉に感謝を伝えた。
『パルちゃん、本当に可愛いわ! 勿論、いつも可愛いけれどねっ。今日は特別可愛いわ!』
意識を通して、アテナも興奮気味な声で褒め称えてくる。
「おー、なかなかに可愛いんじゃねぇ? お前もそう思うだろ?」
「っ、あ、ああ、よく似合っていると思う。良い物が見つかって本当に良かった」
エヴァは広場でのやりとりでアイクが彼女に想いを寄せている事に勘づいており、わざとらしく彼に話を振った。
唐突に話を振られたアイクは心臓を大きく跳ねさせたものの、どうにか平静を装って当たり障りのない褒め言葉を口にする。
その言葉にほんの一瞬だけ、パルは僅かに落胆したような表情を浮かべた。
「素直じゃねぇなぁ。もっと他に言う事あんだろ」
「黙れ」
アイクはやや食い気味に言い返し、エヴァを鋭く睨み付けた。
しかし、普段より幾らか濃い彼の頬の赤みはパルへの想いを隠しきれていない。
そんな彼が面白くて堪らないといったように、エヴァは失笑していた。
一方のアイクは、よりによって一番面倒な人物に、一番知られたくない事を知られてしまったと胸中で溜め息をこぼした。
「よーし、パルも準備出来たし、色々回ってみよう」
マルスの呼び掛けで、全員の意識が祭りに戻される。
「オレ、さっきの通りでやってた演劇見たいな。やっぱり冒険物って良いよね!」
「確かにあれはお前が好きそうな内容だったな。いいんじゃないか」
貸衣装屋に向かう途中で見かけた演劇が見たいと言うマルスに、アイクは賛同を示す。
パルとエヴァも頷きながら同意した。
行き先が決まり、四人は貸衣装屋の店員に礼を伝えてから歩き出した。
祭り衣装を身に纏って、祭りに参加出来る喜びを噛み締めながらパルは歩く。
だが、喜びに満ちた彼女の心の片隅には、ほんの僅かな不満のようなものがあった。
(アイクにも、可愛いって言ってほしかったな……)
誰にも聞こえない彼女の心の声だった。