第1章 なまはげの仕事
初投稿です。よろしくお願いします。
「親に心配ばかりかける悪い子はいねがぁ……」
ミシリミシリ、と床を軋ませながら、
暗い廊下をゆっくり、ゆっくりと、踏みしめるように歩き回る。
「勉強もろくにせず…夜中遊びまわってる悪い子はいねがぁぁぁ……」
一歩、また一歩とゆっくり歩を進める。
(……シュ)
小さな小さな雑音を大きな大きな耳が敏感に捉えた。
隣の隣の部屋。固く閉ざされた扉の向こうから、布が擦れ合う小さな音が確かに聞こえた。
俺はニタァ…と笑うと、乾いた唇をひと舐めする。
「悪い子はァァァァ……」
「ここがァァァアぁーーー!!!!」
「ヒ、ヒィイイイイイイイィィィィ!?!」
勢いよく解き放たれる扉。
爆音のような絶叫が夜の町内に響き渡る
「悪い子はいねがぁぁあああ!!!!!!!!」
「うわああああああ!!!」
俺の名はなまはげ。
秋田県某市でなまはげ業を生業にするなまはげだ。
「悪い子はぁいねかぁぁああああああ!!!」
「ひ、ひいいいいいいいい!!!」
「いねかあぁぁああああ!!!!!」
「ひぎいいいいこわいようううううう!!!」
今日も今日とて仕事中。
部屋の片隅で小さくなっていた少年は、腰を抜かして悲鳴をあげていた。その四肢は生まれたての子鹿のように震えている。
無理もない。自慢ではないが俺もなまはげを始めてから相当長い。ベテラン中のベテランだ。
そんな俺の"なまはげ"を前にすれば、大の大人でも赤子と化す。
齢20歳にも満たないであろう子供に、このプレッシャーは耐えられるはずがなかった。
「悪い子はおまえかあぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ひいいいいいい!!いっ、い、いい、い。ぃ、…ぃ…ぁ…」
俺の絶叫に少年の息は絶え絶え。
悲鳴は途切れ途切れにデクレッシェンド。
言葉が絶えた頃には、少年は痙攣するように失神していた。
「………」
「……ふぅ。これで20人目っと。ようやく終わりか。」
ピクリともしなくなった少年を横目にしながら俺はハァー…と息をつく。
今日の仕事は中々きつかった。いつもなら大体平均1日10件程度なのだが、
夏休みに入ったばかりのこのシーズンはヤンチャする子供が増加して仕事の量が倍近く増えるのだ。
トントン
部屋の扉から控えめなノック音。
どうぞと声をかけると扉から一人の奥さんが現れた。
彼女が今回の仕事のクライアント、吉田 育子さん。
依頼内容は息子の素行を治すこと。高校一年生になってから帰りが極端に遅くなり、親の言うことを全く聞かなくなって困っているらしい。
「ま、まさお!?」
育子は部屋に入るやいなや、床にへたれこむ我が子に気づいて慌てて駆け寄った。
「まさお!?まさお!!」
「大丈夫です。少し眠っているだけです。」
「まさおー!まさおー!」
「マサオくんは平気です。大丈夫です。」
「き、気絶してるじゃないですか!?明らかにやりすぎですよ??!!」
「すぐに目を覚ましますよ。」
「覚ましますよって……そんな無責任な!!
もしもこのまま目を覚まさないようなことになったら、あなたどうやって責任を……!!」
怒り狂う母親。自分の息子が目の前で気絶しているのだ。それも無理からぬことだろう。
だなしかし、プロのなまはげの仕事にミス等ありはしない。
「もしも」なんて起きるはずがなかった。
「ん………」
まるで気持ちのいい早朝の朝の目覚めのように、ケロッとマサオは目を覚ます。
当然だ。なまはげの仕事の安全性は世界一。
仕事のモットーは安全安心第一。
プロのなまはげというものは、東京タワーの頂上にある「乗れるガラス床」並みに安全性を確保して臨むものだ。
「ま、まさお!起きたのね!?大丈夫!?!?
どこか痛いとことかない??」
「……う、うん。」
小さく頷き返すマサオ。
昨日まで親に反発しつづけていた彼と比べると、その様子は打って変わっておとなしい。
(さて、最後の締めといくか)
スッ…と仕事モードに切り替え、俺はマサオに優しく笑いかける。
「マサオォ……」
「は、はい!」
「お前は悪い子かァ……?悪い子はお前かァ……?」
「わ、わ、わわわわ悪い子じゃないですはい!」
ピッと背を伸ばして背筋良く応えるマサオ。
その答えに俺は満足そうに微笑むと、ゆっくり、ゆっくりと部屋を出る。
「わかっタ……」
バタン
扉は閉められる。
先程とは打って変わって静まり返る室内。
マサオと育子は唖然としたまま、閉められた扉を見つめていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「これで、仕事は完了です。
マサオ君も明日からは大人しくなるでしょう。」
「………」
プロのなまはげはアフターケアも欠かさない。
部屋を出た後、すぐさま俺はクライアントの育子さんに電話をかける。
「もしも今後もマサオさんの素行が直らないようであればすぐにご連絡ください。もちろん料金は結構ですので。」
「………」
悪い子を更生するまでが俺の仕事。
俺の仕事にサポート期間の終了など存在しないのだ。最後の最後まで面倒を見る、それが俺のポリシーだ。
……まぁ、アフターケアに関しては俺の個人的な活動なので、
会社からの給金は発生しないのだが…。
「それから…。マサオくんはどうやら部活のことで何か悩みがあるようです。
部内にタチの悪いOGがいるようで、そこに素行が悪くなった原因があるかもしれません」
「えっ!」
今まで黙りこくっていた育子さんがようやく言葉を発する。
「とにかく、まずはもっと息子と話をしてみてください。
マサオくんの悩みを共有してあげてください。」
「……はい」
「それでは、失礼いたします。」
ピッ
スマートフォンを切り、髪の中にスマートフォンをしまい込む。
事前調査でわかったことだが、
マサオくんは部活のOGにいじめ……とまではいかないものの、
先輩たちに夜中無理やりあやしげな場所に連れまわされているようだ。帰りが遅くなってしまうのはきっとそのためだろう。
余計なことをしたら先輩に何かされるのが怖くて、親にも友達にも相談できずにいると思われる。
(明日からまた忙しくなるな…。)
ニタァ…と嬉しそうに笑いながら、俺は夜空の星々を見上げた。