第六話 兄妹の再会
「いらっしゃい、いらっしゃい!そこのお嬢ちゃんがた、一つどうだい?お安くするよ」
「ごめんなさい。先ほど食べたばかりで……。今度来るわね」
「そうか!ぜひ来てくれ。サービスするからよ」
「ええ、ありがとう」
イリニは屋台のおじさんに挨拶をして再び歩き出す。
「おい!大丈夫だったのか?王女だってことばれたんじゃないのか?」
間者の男、ロクはイリニにひそひそと話しかける。
「大丈夫よ。私がいることなんてみんな知らないのだから。逆にコソコソするのは怪しまれるわ。……それに変装しているのだから問題はないのよ」
現在のイリニは町娘のような格好をし、髪は桜色に染め上げていた。隣を歩く少女と姉妹に見えるように。
「そうよ、兄さん。変なことをして約束を破るなんてことしてはダメよ」
「わかっているよ、シルヴィ。だが、どこから敵が来るのかわからないんだ。警戒して当然だろ。……それにしてもシルヴィ。その、……なんて言ったらいいのかな、王女様に懐きすぎじゃないのかな?」
シルヴィと呼ばれた少女は桜色の髪を持つ娘でロクの妹。そう、キーナ国王によってとある貴族に売られた少女だ。
その彼女は現在、イリニの傍にべったりとひっついている。周りから見ると、中の良い姉妹にしか見えない。シルヴィはイリニにしきりに話しかけており、イリニも楽しそうにシルヴィと話している。
「そんなことないわよ、兄さん。これぐらい普通だわ。女の子同士なんだから」
シルヴィはロクの言葉を聞くと、イリニの腕に自分の腕を絡ませる。
「……ああ、妹がそっちの世界に……」
「そんなわけないわ!何言っているのよ!これはれっきとした演技よ!」
「……れっきとした演技ってなんだよ……」
ロクは呆れながらシルヴィを見ると、やはりシルヴィの顔には仕事としての使命感と言うよりも、別の感情があるように見えてならない。
ロクは、心の中でため息をつく。……なぜ、心の中でため息をつくかって?それは……もちろん妹に直接言ったとしても、さっきみたいに絶対に認めようとしないから。最初から不毛な会話はしないほうがいいだろう?
「それよりも、本当にあなたたちはこちら側についてよかったの?」
「はい、私はイリニ様に感謝をしていますので」
「俺もあの時、言った言葉に変わりはない」
「……そう。……ではお願いしますわね」
イリニはロクたちの決意を聞きながら、ロクと取引が成功したことを思い出していた。
「俺は……お前と取引をする」
「それでいいのね?その結果が自分の国を裏切る結果になったとしても?」
「ああ、構わない。決めたんだ。だが、一つだけ聞いてもいいか?」
「ええ、何かしら?内容によっては答えられないかもしれないのけれど」
「その……国王と取引していた貴族の名前は?」
「ああ、そのこと。もしかして報復でもしたいの?」
「ああ、そうだ。……ダメか?」
「別にダメではないのだけれど、もう無理なのよ」
「無理……だと?」
「ええ、もうその貴族は死んでしまっているから」
「死んだ?」
「そうよ。先日、とある貴族の家で火事があったでしょ」
「ああ」
「その家よ。しかもその公爵は火事で死亡したそうよ」
「……そうか。……もしかして、お前がそれを起こしたのか?」
ロクはそうイリニに尋ねて、イリニの方を見ると彼女はただニッコリと笑っているだけだった。
まさか。本当に彼女がやったのか?
男の心中には疑問が沸きだしていた。一体どうやって火事を起こさせたのか?原因は放火ではないと判断されていたのに。そして、どうしてそんなことを起こしたのか?ばれる可能性は高かったにも関わらず。
「私がやるはずないでしょう?彼女を見つけたのも偶々ですし、一体どうやって火事を起こさせたとでも言うのですか?」
イリニはロクに微笑んで否定する。嘘か本当かがわからない笑顔を浮かべて。何か隠しているように思わせて。
「そうだな。俺の思い違いだったな。タイミングが良すぎたからな」
ロクは慌てるようにしてイリニの言葉に肯定する。
ほら、騙された。
イリニは先ほどと同じ笑顔を浮かべたまま話し出す。
「そうでしょう。私も驚いたのよ、タイミングの良さにね」
「そうだな。もしかしたら、火事に巻き込まれていたかもしれないしな」
ロクはこの話は終わりとばかりに立ち上がる。
そこでふと気づく、すでに鎖が外されていることに。
「鎖は……?」
「鎖なら、先ほど外させましたわ。もし、鎖をはめられるのが趣味でしたらそのままにさせておくけど?」
「!そんな趣味はない!」
「冗談よ。場を和ませるためのね。妹との再会に怖い顔は不似合いでしょう」
「……いますぐ妹に会えるのか?」
ロクがそう尋ねると同時にこの部屋のドアが開いた。そして、その先には……。
「兄さん!」
そう言って飛び出してきた桜色の髪の少女がロクに飛びつく。
「シルヴィ!」
ロクはそのまま妹を抱きしめる。