第三十五話 暗殺者との結末
「驚いているようだな。……いや、俺の方が驚いているのか。俺は致命傷ギリギリの攻撃をしたつもりだったんだが、随分浅い攻撃になったものだ」
男はそう言ってきたが、内心は違うのだろう。何も焦っていないし、驚いてもいない。予想通りだったはずだ。
ロクが男を警戒しているのにも気づいていたし、俺がこの男の相手をする気がないのにも気づいていた。そして俺はそこそこの腕前だということを。
「無言か。いやそれとも何か打開策を考えているのか?」
男は俺の返事を聞く前に話し出す。
俺が返事をしてもしなくても結論がわかるのだろう。
「……さて、話はここまでにしよう」
来た。そう思ったときには相手は目の前にいた。
「クッ」
俺はなんとか紙一重で攻撃をかわす。だけど、相手の攻撃は続いている。それをたて続きに避ける。
しばらくそうかわしていると、男の動きが変わった。何かを確かめるかのようなそんな動き。
男は何か違和感を感じたのだろうか。攻撃を止めた。
「……どういうことだ?」
男は正真正銘困惑していた。それも当然だ。普通なら俺にとっくの昔に斬られていたはずなんだから。
「すまんな。俺は鼻から勝負する気はないんだ」
そう言って俺はその場を去る。だが、男にそれを止めるすべはない。なぜなら、すでに俺の姿は男に見えないのだから。
男はさぞ困惑しているだろう。突然俺がいなくなったんだから。
俺はこの状況を作り出してくれた者のもとに向かう。
「助かったよ。ユナンさん」
そしてそこにいたのは、かつてキーナとディオースを行き来するためにお世話になった妖精族のユナンだった。
「どういたしまして。これでも僕も王女に仕える身。危機が迫っているときに飛んでくるのは当たり前だろう?」
「そうですね。……だけど、あなたがどんな方法で知ったかなんて俺には教えてくれないんだろう?」
「もちろん。だってあなたは僕の雇い主ではないからね」
「……だけど、わかっているのだろうな。いくらユナンさんでもイリニ様に危害を加えるというのなら容赦はしない」
俺がそう言うとユナンはいつものヘラヘラとした態度から一変して真剣な表情を浮かべた。
「わかっているよ。君は王女を絶対に守りなさい」
「ああ、もちろんだ」
俺はそれだけ言うとすぐにイリニのもとに向かう。今の状況を伝えなくては。
俺は急いでいたから、ユナンがポツリと言ったことを聞き逃してしまった。
「王女は囚われの身であるのだから」