第十九話 準備完了
2日ぶりです!
どういうことだ?
なぜいきなり火の手が上がったんだ?……いや、それよりも……囲まれている。真っ赤な火に。
逃げ場がない。
普通ならそう思うだろう。……だが、私は違う。アレを使えばこんな事態なんてすぐ片付く。
だから私が最も恐れたのは……目の前の王女の目だった。
先ほどまでは黒かったのに、今見ると真っ赤な目をしている。そんな目を見るとなぜだか恐れを感じる。圧倒的な何かを感じる気がするのだ。
「なぜ目の色が変わる?」
王女に感じる恐れを抑え尋ねる。だが……。
イリニはバルドラの質問に答えようとはしない。ただニッコリと笑っただけだ。……そう、公爵を殺した後と同じ笑顔で。
やはりこの王女は只者ではない。そう思いバルドラは一先ずこの場所から逃げることにする。
「答えないということですか。……では私はここから逃げさせてもらいます」
バルドラは王女の返答を聞く前にアレに命令する。
「私をここから出せ!」
バルドラがそう言うとイリニとバルドラの間の空間に何かが現れた。
見た目は鹿。だが、色が違う。真っ白なのだ。目以外は。それに小さい。30センチぐらいの大きさで腕の中にすっぽりと入るであろう。
その鹿はバルドラたちの間に現れてから、じっとイリニを見ていた。そしてイリニもその鹿をじっと見ていた。それにしびれを切らしたのがバルドラだ。
「おい!私のいうことを速く聞かんか!」
だがその鹿が動くことはなかった。完全にバルドラを無視していた。
「……どうしたのだ?」
ここで初めてバルドラは戸惑いを見せる。
おかしい!いつもはすぐに私の言うことをきちんと聴くのに。今日に限って!……速くしないとここが火で覆われてしまう。
そうバルドラがアレ……鹿を呼んでから火の勢いが激しくなったのだ。荒れ狂うかのように火が広がり、すでに自分たちのすぐそばまで来ている。
なのにアレはじっとしていて動かない。命令を聞かない。今はいつものように叱ることもできない。そんなことをしていれば終わりだ。自分の命が燃え尽きてしまうだろう。だが……。
「おい!ちゃんと聞け、鹿!また叱られたいのか!」
バルドラがそう怒鳴ると初めて鹿は怯えたようにバルドラを見た。いつもの目。自分を恐れている目だ。
「よい、なら私の……」
そう言ってふと気づく。
王女がいない。先ほどまでいた場所に王女の姿はなかった。
「どこへ行った?」
そう呟くのと同時に自分の腹にものすごい衝撃が来た。
かはっ。
体が少し浮くほどの衝撃だった。どさりと床に落ちた時、吐いたのは仕方なかったことだと思う。
「どう?少しぐらい痛みを感じた?」
そこに投げつけられたのは酷く冷たい女の声。
吐いているんだからそれぐらいわかるだろう。
バルドラは吐きながらも顔を上げる。するとそこには見失っていたはずの王女が立っていた。
それでわかった。自分の腹を殴られたのだと。
「これはあの子の分。でもね、これぐらいの苦しみで解放されたなんて思わないでね。みんなにはもっと酷いことを平気でしてきたでしょう?」
「な……んだ……と?」
「だって公爵があんなことするようになったのはあなたの裏の仕事を少し分けたからでしょう?トカゲの尻尾きりにするために」
確かに王女の言うことは……本当だ。だが証拠は何も残してはいない。そうやって何年もやってきた経験があるのだから。
……ダメだ。朦朧としてきた。殴られて地面に落ちたとき頭を打ったのだろうか。思考がごちゃごちゃしていく。……何を言っていいのか、いけないのか、……わからない。
「あなたの部屋。凄かったわ。民衆のためを思う賢王の名に相応しくない部屋だったわね。あんな豪華な部屋どうしたのかしら?」
「……民衆から集めた税や民衆を売って稼いだお金を使って作った」
「どうしてあんな部屋作ったの?」
「……私は王だ。豪勢な部屋で過ごしても問題はない。ただ民衆がそのことを知ると反発するだろうと思って言っていないだけだ」
「……最低な王」
「そうかもな。だが私は自分の野望のために使えるものは何でも使う」
「公爵とかね」
「……ああ」
「綺麗な娘とか」
「……ああ」
「……もう結構。あなたは私が思っていた通りの人のようね。……この下種が」
イリニはそう呟くと指を鳴らす。
「アル、これを運んで」
「はい、我が主」
アルは先ほどから虚ろな目をした王を掴んでどこかに運んでいった。
「……準備は完了しているようね」
イリニは何もない空間を見ながらつぶやく。
……そのころの城の門の前ではたくさんの人で溢れかえっていた。……生き残るために。