第十八話 裁きの開始
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バルドラはイリニに公爵が殺されても、ただ淡々と二人のやり取りを見ていた。
イリニが公爵を殺しても大して動揺はしなかった。来るべきことが来たそれだけだ。本来ならもっと前に始末されていただろう。本人はそれほど優れた者ではなかった。部下や手下に恵まれていただけ。
このキーナ国を建国したときに活躍した戦士の上官だったというだけで、公爵という地位を欲した強欲な人物。
それがあの公爵だった。
それならば公爵を始末してもよかったのだが、あいつは使える者を見つけ出すのが本当にうまかった。だから生かして利用してやった。
……だが、あの王女が自らの手で殺すとは思わなかった。それにあの剣技。私でさえ見極めることができなかった。
本当に何者なんだ?
そんな時だ。あの王女が公爵を殺し私の方を向いたのは。
「お待たせしましたね。次はあなたの番ですよ」という言葉と一緒に。
そのとき初めて私は背筋が凍り付くように感じた。絶体絶命まで追い詰められているかのような。
あの清々しいまでの笑顔。少し前に人を殺したとは思えないほどの表情だ。私は久しぶりに純粋に恐ろしいと感じた。
ただ王城の中でぬくぬくと過ごした王女だとは思えない。殺伐とした世界の中で生き残って来たかのような……そんな気さえしてきた。
「私に恨みがあるのか?」
ひとまずイリニがどうして王城に乗り込んできたのかを尋ねる。
「そうですね。恨みではありません」
「?恨みはない……か。ならなぜだ?」
「仕事だからです」
「仕事……暗殺か?」
「違いますよ。そんなことならもっと簡単に済みます。それにただ暗殺するだけなんて優しすぎると思うんです」
「優しい?」
「ええ。あなたのような外道はもっと苦しみながら死んでいくべきだと思うんです」
「私が外道だと?……確かに先ほどの公爵の言葉を聞けば、私も似たような人物に思えるかもしれないが、そんなことはない。現に民衆だって私のことを慕っているだろう?」
そうそれが公爵と私の違い。根底は同じなのだが表向きが異なる。公爵は一般民衆には受けがよくない。当然だ。一般民衆が望むようなことを提供しないから。だが、使える者は別だ。その者は厚く優遇する。だから、公爵の手下は公爵を敬う。
一方、私はそんな面倒くさいことはしない。民衆に対して等しく優遇する。何かあったとしても私の駒として働いてくれるように。
「私はキーナの者ではないから。そんな理屈は通用しないわ。……それに私は知っているの。この国で最も害のある人物があなただということを」
「何かの間違いだろ?」
「いいえ、間違いではないわ。あなたが今度の戦争で使おうとしているもの。それは本来人の欲望の道具として利用されてはならないの。……人が触れてよいものではないから」
「何か勘違いしているだろ?」
「いえ、あなたが偶然手に入れたそれは日の目を見る前に解放しなければならない。私はそのためにここに来たのだから」
「……白を切っても意味がなさそうだな」
「ええ。証拠もございますので。……で早速ですが、あなたはそれを解放する気はありますか?」
「……そんなの決まっておるだろう。解放することなんてありえない。あんな便利なモノ。利用しないなんて選択できない!」
「……そう、ですか。なら……私はあなたに罰を与えなければなりません」
イリニがそう言うと突然部屋の中に炎が現れた。イリニとバルドラを囲む形で。
バルドラは驚いて炎が発生した場所、イリニを見る。
するとそこには、いつもの真っ黒な色の目と異なり、周りの炎と同じ真っ赤な色の目をしたイリニがいた。