第十一話 野営の夜
本日最後の更新です!
楽しんで読んでいただけると幸いです。
「ねえ、交代の時間よ」
イリニは先ほどまで見張りの当番をしていたロクに話しかける。
「そうか、すまんな。……でも、大丈夫か?おまえ、今まで野営なんてしたことなかったんだろ?その……体力的に大丈夫なのか?」
「あら、そんなこと。気にしなくて結構よ。それに何度かすでにしたでしょう?私が大丈夫なことくらいわかるのではないかしら?」
キーナ国のガラス細工屋を出てから約一週間、イリニたちは野営をしてキーナ国の王都へ向かっていた。
「そうだが。お前は一応王族なんだ。音を上げるかもしれないと思っていたんだがな」
「予想が外れたかしら?」
「ああ、そうだよ。お前は初めてのくせに俺よりも野営慣れしているようにさえ感じてくる」
「そうかしら?私はただ見よう見まねでやっているに過ぎないわ」
その言葉に恐ろしさを感じるロク。見よう見まねでできるなんて絶対に普通ではない。それに……。
「……おまえ、本当に城での評判とは違うんだな」
「そうね。それは意図してやっていることだから」
「どうして、出来損ないのふりをしているんだ?お前の能力なら……」
「それはできないわ」
思ったよりはっきりとイリニに断言された。
「できないことはないだろう?家族の前では恥ずかしくてできないというわけではないだろうに」
「そうよ。そんなことあるわけないじゃない」
「なら……」
ロクが続きを喋ろうとするが、イリニが先に話し出す。
「あなたには関係のないこと。寧ろ、私のことを探ろうとは思わないことね。私の邪魔をするなら、あの約束はなしよ。すぐにあなたの首を落としてあげるわ」
先ほどとは違い冷徹な声で話すイリニ。
「そうか。そこまで言うんだったら聞かないさ。俺だって触れられたくない話の一つや二つあるんだからな」
「それって、あなたの耳のこと?」
「……ここに来て俺の傷をえぐるのか?」
「あら、私だってされたのだからこれでおあいこでしょう?」
「……そういうことにしておく」
ロクは呆れたような表情を浮かべていた。
「それじゃあ、あなたは休みなさい。王都までもう少しなのだからあなたに倒れられると困るわ」
「わかったよ。お先に失礼するぜ」
ロクはそう言ってシルヴィのいるテントに入っていた。イリニはそれを確認すると、ぼんやりと焚き火の火を眺めていた。
「お疲れですね。我が主」
声が聞こえてきた先にはここにはいないはずのアルが、いつもの執事服姿で立っていた。
「……アル、私はまだ出てきていいとは言ってないわ。まだロクが眠りについていないのだから」
「大丈夫ですよ、我が主。つい先ほど眠らせて来ましたから」
「……そう。あなたってそういう人だったわね。……それであなたがここに来たってことは何かあったの?」
「そうですよ。まあ、重大なことではないのですが、我が主に関係することなので」
「そう。一応聞いておくわ」
イリニはさも興味がなさそうに再び焚き火を眺める。
「王が第一王子にあのことを話しました」
そのことを聞くや否やイリニはアルを凝視する。
「いつ!」
「我が主が間者と出会っていたころです」
「結構前じゃない!なんで言わなかったの!」
「城にいたときに言えば、我が主はこちらに来ようとはしなかったでしょうから」
「そうよ!だって……」
「それでは困るのですよ。きちんとやっていただかないと」
その言葉を聞いて急速に頭が冷えていくイリニ。
「そうね。……わかったわ。だけど、城に戻ったら協力してもらう。それでいいでしょう?」
「はい、我が主」
アルはニッコリと笑ってそう言うと暗闇の中去って行った。
アルが笑うなんて嫌な予感しかしないのだけど……。イリニは内心そう思いながらも黙って見送る。
アルの姿が闇に紛れ完全に分からなくなれば、再び焚き火を眺める作業を始める。
そして翌日の朝、イリニはアルと会っていたことなんてなかったことにする。それが一番平和的だ。……イリニにとっても、ロクやシルヴィにとっても。