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運命の混紡者  作者: Ridge
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西部編6-3

 空は暗くなってきた。地平線に僅かに日が留まり、中空はもう黒く染まっている。


 長い旅だった。魔族を魔界へと還すために単身で朧界へ来た。門は封じたためこれ以上増えることはない。そして奴らの頭領に今まさに届こうとしている。

 この歩き、こういう敵を追って緊張感に包まれ、敵地の中を進むのももうすぐ終わりだ。…この感覚は嫌いじゃなかった。

「レオン、扉が見えたよ」

「ああ、そのようだな」

「この扉には仕掛けがある。下手に触ると体が発火して死ぬ」

「門の時と同様の仕掛けか」

「対処法は分かってる。私が開けるから」

 フォルトゥナは掌から炎を出して扉に当てる。扉の表面がボコボコと縦横無尽に走り、扉の外にそれらが寄ると、手で押しのけて扉を開いた。

 レオンたちは部屋の中へと入る。

 四方を階段に囲まれた高台の上に剣を持って立っている者がいた。下には僅かな魔族たちが整列している。

「ようこそ、ここが魔王軍最後の拠点…」

「お前が魔王か?」

「いかにも。上がってこいレオン、剣で勝負だ。魔王軍最後にして頂点の私と一騎打ちだ」

 魔王は鞘に納め、片手で2本の剣を地面に立て、もう片方の手で手招きする。

「レオン、そんな条件受ける必要はない。あとは詰めるだけだ」

「最後の最後まで油断しちゃいけない」

「…計画は完遂出来ず制御には至れなかったが、大いなる力たちの座標はおおよそつかめた。ここに繋げればこの世界は瞬時に消滅するだろう」

「自爆するつもりか?」

「さあ?どうだか…?」

「分かった。受けよう」

「それでいい。刃が通らないのではアンフェアに感じるかもしれないが、私はそのように鍛えていないので通るから心配ない。それでも人間やお前より幾らか固いが」

「視力や手の器用さで勝っている。その点に文句は無い。確認しておきたいが、急所を一撃で狙う以外を卑怯とは言わないだろうな?」

「認めよう。それは有効だ」

「確認は済んだ」

 レオンは柄をしまい、階段に足をかける。何か言いたげな気配を察知して降り返る。

「2人とも、案じてくれてありがとう。でも、これは譲れない」

 階段を昇っていく。階段に隠れていた壁画が姿を表していく。異形の姿や王らしき者、聖獣のようなもの、闘士や神官、木、様々な場面が描かれている。そこに描かれた者たちによって見られているようだ。

 頂上に着く。

「好きな方を選べ。どちらも同じだが、私が選ぶと細工を疑うだろう」

「そっちだ」

 レオンは魔王が右手に持っていた剣を受け取る。

「確認させてもらう」

「どうぞ、ご自由に」

 鞘から出して刃を見る。反った刀身の片側に刃が付き、背の方は厚く頑丈に出来ている。試しに鞘に押し当ててみると、反っているため力は柄ではなくその先の刀身にかかった。押し当てた金属の鞘には少し跡が付いていた。切っ先を起こして見ると、それなりのきれ味が期待できそうだ。鞘に戻し、柄の部分ににじみ出ていた油を布で取る。

「それは滑り止めだがいいのか?」

「それと反応してか劣化してか油が出てきている。これでいい」

 布を取って鞘から抜く。

「準備はできたようだな、線まで下がるんだ。合図はあの棒で銅板を…」

「それでは事前に知っているそっちが優位だ。合図無しで、2人とも線まで下がったら始まりでいい」

「いや、線まで下がって互いに口上を終えてからだ」

「…それで受けよう」

 2人とも線まで相手から目を逸らさずに後退した。

「私は魔王。魔族の王、軍団の主、征服の具現化」

「俺はレオン。遥かなる地からの追跡者、最強の狩人」


 互いに剣を構え、慎重に近づく。呼吸は整い、体の揺れはほとんどない、制御された静かな動き。鋭く尖った刃がギラギラと存在感を示し、血を求めているよう。その沈黙の中、足を擦る音のみが反響する。

 先に仕掛けたのは魔王。腰を落として上半身を使って右手で剣で突く。レオンの胴目がけての突き。レオンは手を交差させて剣を捻って横に弾く。魔王は剣を即座に引き戻して隙間を縫うように突く。横へ弾くために勢いづいた剣はまだ戻っていない。レオンは勢いに体を乗せて足を曲げつつ左前へと進み、地面を蹴る反動で剣を孤を描くように上に振り上げる、突きの剣に押し当てて地面へ落とす。それを支えにして足を伸ばし前進し、相手の剣の背の上を剣を走らせる。剣に押さえつける重さがかかり、刃が滑り体に迫る。押し合っている間は剣が離れない。刃が自由になることはない。

 突如剣からフッと重さが消え、浮いた剣が顔に迫る。魔王は後退しつつ剣を両手で抜き、左手で上まで引き上げて鍔で止める。しかし押されて刃が体に食い込む。

 魔王は退く素振りを見せ、レオンが逃すまいと片足を前に滑らせるその瞬間、勢いをつけて押し返す。その際、刃は体に食い込み、激痛が走るが、力を緩めることなく耐えきって刃を返しつつ振り上げてレオンを突き飛ばす。レオンはよろけ、軽く跳ねて重心を中心に戻す。魔王はそのまま両手持ちで前へ踏み込みつつ勢いよく振り下ろす。

 レオンは剣先を斜め下に向けたまま柄を頭上に上げ、相手の斬撃を受けつつ下へ流し、体を前に出して横に振り払い、魔王の両腕を斬りつける。即座に片足を下げて回転をつけ、肘を使って剣を振り上げて上から真下へ向けて斬りつける。刃が魔王の額に迫る。魔王は体を傾けて頭を刃の下からずらし、その反動で剣を戻して真横にして斬撃を受ける。

 魔王の剣は斬鉄され、右肩から胴にかけてザックリと斬られた。返り血でレオンは目が塞がれる。魔王はぐらりと体が崩れつつ、折れた剣でレオンに斬りかかる。しかし、レオンの剣の横払いで届く前に押しのけられて倒れた。

 魔王は階段を滑り落ち始め、レオンは目を閉じたまま、手探りで足を掴んで引きずり上げる。

「俺の勝ちだ」

 手を離して立ち上がり、剣を地面に突き立て、懐から刀身の無い柄を取り出す。魔王は目を閉じる。

「俺の勝ちだ。だがやることはいつもと同じ。その魂、魔界へ還す」

 レオンは柄から光線を放ち、魔王を消滅させた。後には霧が残った。

 顔の血を拭い取って目を開けて辺りを見渡す。まず歓声を上げ、体いっぱいで喜びを表すフォルトゥナ、次に目が合うと笑顔で頷くナレルが目に止まり、涙を流して呆然とする魔族たちが見えた。そのうちの一人が手をパンと叩いて皆が我に返る。

「レオン、敗者の身でこんなこと頼むのは傲慢かもしれないが…」

「……」

「私を魔王様と同じところへ送ってくれないか。できるだろう?たとえ地獄であろうと…」

「地獄は無い。先に言った通り、魔界にその魂を還す」

 レオンは柄を構える。魔族たちは目を閉じて祈りの姿勢をとる。無言の頷きを受けてレオンは光線を放ち、魔族たちを消滅させた。後に霧が残る。その霧は風に巻き上げられて一つになって天井の穴から外へ、壁画に描かれた者たちに見届けられて抜けていった。


 階段を下りると2人が迎えに来た。

「お疲れ、レオン。勝つと信じていた」

「当然。俺が勝たなきゃな」

「さあ、町へ戻ろう」

「すっかり元気になって、良かったな」

 レオンたちは祭殿を抜けて外に出た。ナレルが船の場所まで先導する。


 レオンは砂漠の途中で立ち止まった。先行して歩く2人の声が段々と遠くなる。意識は遠く、空へと移る。

 空には水をばしゃっと撒いたかのように無数の星々が煌めき、清らかな月の光が辺りを照らしていた。水垢離取りに例えられるのに納得できる。

「レオン、帰ろう。砂漠の夜は冷える」

「…長い間、空は目に入っていたが、見ていたことはなかった。今なら見ていられる」

「確かに砂漠の夜空は綺麗だね。でもまずは船の方へ、そこからでも…」

「…今じゃないとだめな気がするんだ。それに、俺一人で清めを…」

「そうか、分かった。気長に待っているからゆっくりして。この棒の方向にいるから」

 ナレルとフォルトゥナの足音が遠のいていった。

「いいの?」

「いい。解放されて取り戻せたのだから」

「?」


 見渡す限りの星空、横を向くと遠くに見える山すら近いくらい。遥か遠くの空を見ようとしても遠くだということしか分からない。見つめていると吸い込まれていくよう。意識が溶け込み、自分のいるところすら忘れてしまうような広大な星空、何もかもが止まっているかのような感覚、考えや思いすら忘れて、何かに追われずただ感受するだけというのも悪くない。綺麗だ。

 広大な満点の星空の下、月光を受ける広い砂漠、その中にポツンとある建物、月は昇り夜は深みを増していった。

多分、次で最後です。

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