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運命の混紡者  作者: Ridge
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西部編5-5

 船の周囲に砂埃が舞い、煙幕と混じって姿を隠す。風が吹いて煙が取り除かれると、船はどこかへと消えた。

 入口の上の穴に立っている見張りたちは周囲を見渡すが、そこには跡形もなく砂漠が広がっているだけだった。

 真下からチカッと光ったと思ったその瞬間に見張りたち霧となって消滅した。

「何だ!?」

「来たか」

 透明化を解いて黒衣の男が現れる。ゴーグルを外して首にかけ、鼻の上に指をかけてマスクを下ろして顔を出す。

「出てくる気配がないのなら、こちらから行く」

 魔族は入口の横に立って棒を構える。…が、一向に入って来る様子がない。

 壁の穴からロープを引いた返しの付いた矢が飛び込み、バリケードに突き刺さる。ロープは一瞬ピンと張り、ふわっと緩んでそれを掴んだ男が上の階に降り立つ。

「魂の渡し守、魔を祓う光、狩人レオンだ。魔界へと還れ」

 レオンはプリズムを投げ、それに光線を当てて拡散させる。隠れる間もなくその照射を受けた魔族たちは霧となって消滅していった。

 魔族がしゃがみつつ扉を開けて外に出ると、そこには弓を頭上に構えたナレルが立っており、次の一瞬で矢を放つ。高速旋回する矢は魔族の頭上を通り過ぎ、バリケードに突き刺さり、その衝撃で矢に仕込まれた煙が噴き出す。入口付近は煙に覆われ、上から降り注ぐ光線がくっきりと見える。見えたところで反応できる速度ではない。煙を抜けるて外に出るも、ナレルの姿はもう無かった。建物の影を見て、死角から出てしまったことに気づいた時には遅く、壁の穴から出たレオンの光線によって背後から撃ち抜かれて消滅した。


 広間は迷路のようにバリケードが置かれ、魔族たちは上からの死角に潜んでいる。レオンの放つ光線は複数の光で構成されており、岩石を透過するものもあれば布を透過しないものもある。その異なる光全てを当てなければ魔界送りにできない。相手に当てるためには死角にならないところまで近寄らなければならない。レオンは下に飛び降りて奇襲をしかける。魔族の真横に降りたレオンは相手の振り下ろした拳が届く前に向かいの屋根の下にいた魔族2人を撃ちぬき、懐に潜り込んで0距離から撃ち抜く。発生した霧を突っ切って先へ走り抜ける。

 近距離では光線の射程が活かせないが、隠れていようと透過して見えるレオンには飛び出すタイミングや姿勢か、向きといった情報のアドバンテージがある。レイヤーを重ねて捉えたい反射光のみを抽出する作業を脳で瞬時に行っており、それゆえ稀に錯覚が生じることもあるが必要な情報だけを取り出して行動できる。それでも、敵や透過して見えた罠の数が多すぎると行動予測にも頭を使い、一度に入る情報量が多すぎると対処しきれない。分かっていても避けられない場合は引くしかなくなる。

 投げ斧や爆弾を使った反撃も加わり、押し切ることが出来ずに部屋の隅へと追い込まれていく。

「追い詰めたぞ、向こうへ回れ!」

 移動に飛び出した魔族に光線を当てて痺れさせる。通路の真ん中ですっ転んだ。

「う…動けない。誰か手を貸してくれ」

 物陰から助けに出てきた魔族が手を引こうとしたところ、その体を光線が貫いて目の前で消滅した。レオンは投げ込まれる気配を察知して横に移動し、死角となったところを倒れた魔族は救出される。

「ワイク隊長、申し訳ありません」

「大勢に影響はない。痺れが取れるまでここにいろ」

 物陰のレオンに近い側に横にする。真ん中では通路の邪魔で、反対側だと死角ではなくなる可能性が高いためだ。

 魔族たちは死角を走り、遮蔽物を乗り越えてレオンを半包囲する。音のサインで一斉攻撃のカウントを始める。5・4・3・…


 仰向けの状態から天井の穴が見える。

「あれ…?太陽が2つ…?」

「1・行け!」

「俺はその読みの上を行く」

 レオンは上空へ光線を放つ。空に待機していた光球に当たり、強烈な光線が部屋を真っ白に染め上げる。真逆側からは隠れて無かった魔族たちは光を受けて霧となって消滅し、余熱で周囲が燃え始めた。

 このエリアの魔族は全員消滅した。レオンの目線の先には隣の部屋へと続く通路が見える。

「この奥か」

 遮蔽物でできた通路に沿い、時に乗り越えて奥の部屋へと進む。


 空き室の連なる廊下を抜けると天井に大きな穴の開いた部屋に出た。くすんだ黄緑色の草が僅かに所々に群生し、砂が隅に積もっている。物は何もなく、存在感があるのは等間隔に立つタイルの欠けた柱くらいしかない。

「全滅させてここまで来たか、予想以上だ」

「気づかれたか。それで、誰だお前は?」

 男は柱の奥から姿を表す。周囲の景色が歪んでいる。

「西部方面指令のズチだ。お前がレオンだな?」

「その通り」

 レオンは光線を放つ。光線はズチの前で屈折して分散し横に反れた。

「何だ、これなら行けるじゃないか」

「(何だ?天候操作能力では無かったのか?)」

 ズチが柱に隠れると景色の歪みが消える。

 レオンはズチの側面に向かって走りだす。背後から突然烈風が吹き、前へと飛ばされる。着地でバランスを取るために重心を下げ、動きが鈍る。側面からズチがジグザグに跳ねつつ殴りかかる。レオンは柄から刀身を出して横に薙ぎ払う。レオンの刀身に拳が触れ、殴り飛ばされ、砂埃が巻き起こる。砂埃の中から光線が放たれ、ズチに触れる前に屈折して虹を描く。

 レオンは起き上がって走りながら光線を続けて照射する。しかし、ズチには届かずに屈折して周囲に虹を描く。

「熱っ…」

 一瞬だけ光線がズチに届く。ズチはレオンに突進し、レオンは照射を止めて刀身を出して迎撃する。牽制の拳に対して下がり、踏み込んだ拳に対して剣で受けつつ上を滑らせて目に向かって斬りこむ。ズチは歯で剣を止め、レオンは刀身を消して前へと転がりこんで距離を取り、光線を放つ。光はやはり七色に分かれて当たらない。

「(やはり圧が違う、距離感も狂う。おそらく奴の周囲に気圧の違う膜があって、光がそれによって屈折していく。さっきの烈風も気圧操作によるものか。その時は柱に隠れたということは、自分の周りに発生させている状態では使えない。任意の場所の気圧を変えることか。天候操作はその延長上の力…)」

「どうした?もう撃つ気が失せたか?」

「効かないからな。接近戦で臨もうか」

「思い通りにはさせない」

 ズチは思いとどまる。

「(わざわざそれを言う意味は無いはずだ。だとすれば混乱させるため。俺は相手の言葉を聞いて嫌がる遠距離攻撃で行こうと思ったが、それを引き出すための言葉だとしたら、接近戦を本心では避けようとしているのではないか?これ以上思惑が分からない以上、少ない情報で相手の出方に合わせようとするより、こちらが優位な方法、接近戦で臨めばいい。致命的な攻撃は当たらないのだから)」

 ズチは軽い拳でレオンを牽制し、不意打ちとして回し蹴りを仕掛ける。しかし、見抜かれ完全に空振り、剣先で足を突き飛ばされてバランスを崩し、背を向けて肉薄したレオンの放つ回転斬りで背中を斬りつけられる。しかし魔族だけあり、傷はほとんどついていない。

 頭目がけて突くレオンの剣を掴み、勢いをつけて放り投げる。相手が遠くへ飛んだその隙に立ち上がって姿勢を整える。

 レオンは壁を蹴って地面に戻り、剣を右斜め下に構えて走りだす。ズチは剣を持つ側とは逆側に向かって走り、左腕を構える。レオンは剣を左手の逆手持ちで振り上げ、突き刺そうと構えを変える。

 腕と剣が接触する瞬間、刀身を消して空振りさせ、垂直に左手を回しつつ伸ばしてズチに光線を放つ。

 屈折しない角度、すなわち入射角0度で撃つ必要がある。しかし、動き続ける相手にそれは不可能。だがもう1つ方法はある。屈折した光がズチに当たらないためには、ある程度離れたところに気圧の違う膜を作る必要がある。つまり、その内側からなら屈折することなく当たる。近接戦で膜の位置は把握した。その内側に行くにはどこまで近づくのかも把握した。

 光線はズチの体を貫いて霧に変えていく。

「そんな…俺が負ける?……フフッ…、魔王様、力及ばず申し訳ありま…せ…ん」

 霧となって渦巻き、散っていった。

 レオンは近くの柱にもたれかかり、息をゆっくりと吐き、扉の先を見つめた。

「あの奥…、もう少しだ。あと少し…」

 扉は分厚く、仰々しく、純潔で拒絶の意図が表れていた。

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