西部編5-3
その後、夜になっても雨は弱まらず、次の日に出ることにした。
翌日、やはり雨は収まる様子が無い。薄暗い空の下、大雨に叩きつけられた窓ガラスを水が波紋を描いて流れていく。町は水没こそしていないが、大量の水が流れ続けている。
レオンは上着を持って立ち上がる。
「いつまでも待っていても仕方ない。強引に行こう。今から食べられるだけ食べて、その後出発だ」
「それには賛成できない。焦らず待つべきだよ。敵の増援はもう無いのだろう?」
「同等の設備が必要だから不可能と言っていい。しかし、人が通るのではないのなら難しいができなくはない。この町全てを時空の狭間に消滅させることもできるかもしれない」
「とは言っても、相手がそんなことができるような道具を置いた場所だったとしたら防衛力はかなり高いはず。道中で疲れ果ててしまっては拾える勝利も拾えない」
「…それもそうだな。いつもなら言うことが逆だっただろうに、どうしたんだろう」
「昨日は大したことせずに休んでいたからじゃないか?体力があって、無敵感が沸いているんだろう」
「その通りかもな。遺跡まで行かないにしても、今日は町中で情報を集めよう。何か得られるかもしれない。行かないにしても見えるなら見てみたい」
「そうだね。もしかしたら秘密の通路でもあるかもしれない」
「あっても水没してると思うぞ」
「それもそうだね」
2人は宿を出て、町の端の方へ向かった。
2人は町の端にある灯台に来た。レインコートを脱いで壁にひっかけて、螺旋階段を昇って上へ向かう。薄暗い階段で足元が良く見えないが、レオンは気にすることなく進んでいき、ナレルは遅れを取る。
最上階は円状の部屋の中心に大きな白い円筒がある。円筒は二重になっており、夜間は外側が回転して光の強弱を作る。壁は柱を除き、ほぼ全てが窓ガラスになっており、汚れて靄のかかったようなガラス越しに下に広がる防砂林が見える。空は相変わらず曇っているが、奥の方は雲が無く晴れているようだ。
レオンは町の方に向けて双眼鏡で外を見ていた。
「レオン、そっちは逆じゃないか?」
「様子が変だ」
双眼鏡を下ろして、今度は町の外側に歩いて外を見る。
「何かあるのか?」
レオンは空を指さす。
「説明するより見た方が早い。雲が無い場所が見えるか?」
「遠くだが見える」
肉眼で見える距離に雨雲の端が見える。
「端を追ってみてくれ、死角になるなら足も動かして」
「…?」
ナレルは右に歩きながら端を追う。
「どうだ、見えたか?」
「そんな馬鹿な…」
一周してレオンの立っている場所に戻ってきた。
「双眼鏡でさらに遠くの様子を見れば分かるが、この町を覆うようにだけ雲がある。ヒートアイランドにしては雨が長すぎる」
「誰かが意識的に雲が途切れないように発生させているわけか。いや、誰かなんて分かり切っている」
大雨の叩きつける音に混じり、トントンと音がする。誰かが階段を昇って来る。
「おや、こんな天気の日に来るなんて物好きですね」
丁寧で柔らかな物腰の若い男が2人に話しかける。
「それはお互い様」
「私はあなたたちに会いに来たのです。聞き込みをしている旅人がこの灯台にいると気って」
「誰だ?」
「私はアイラ。特別に正体を明かしますが、もちろん他言無用ですよ」
「……」
「私は情報庁職員です。西部担当の一人です。ここには本部のような便利なものはなくて、人力で探すことになりました」
「俺たちを探していたのか?どうして?」
「まずはバーク門の鍵を渡していただきたい。永遠に開けられないのでは困ります」
「壊せば開く。下手すると門ごと壊れるが」
「渡す気は無いのですか?」
「魔族をこの地域から追いやったら人間の手に渡す。しかし今は俺が持っていた方が安全だ」
「そうですか。言っておきますが、渡す相手に西部政府を勧めません。杜撰な管理で無くすに違いありません。私たちが門番を用意しますから、私に渡してください」
「さっきも言った通り、それは後で」
「…分かりました。用件はもう1つあります。この雨を止めて頂きたい」
「俺たちにできることか?」
「ええ。魔王軍の幹部クラスは力を授けられているようで、ズチという西部地方担当の幹部の力です。天候を操る力だと言われています。その能力でほぼ間違いないでしょう」
「居場所は?」
「光炎の宮という遺跡に居ます。鐘が鳴れば手を向けられるヤツです」
「そうか、この町の中にはいなかったか」
「手を上げて魔力を送るのは、このためだったのか…」
「しかし、ここからは距離があります。遮蔽物のない砂漠を通るので気づかれます。礫砂漠で、ズチが竜巻を起こせば穴だらけになります。それもあって、彼は休憩でよく遺跡の上に座って日傘をさして座っています。坊主頭の男です。光で狙撃できませんか?」
「光が届いても威力が残っているかは別だからな…。奥は陽炎で揺れていて、手前は雨も降っている。狙いが定まらず散ってしまう」
「何も一撃で仕留める必要はないのです。天候操作を行えない程度に魔力を乱せばいい。その隙に遺跡へ接近します。輸送手段はこちらで用意しています」
「この距離なら出力を上げればできないことはない。しかし照射は長時間もたないし、体へのダメージで回復するまで動けなくなる。相手に感づかれないようにするには一度限りだ。準備を頼む」
「では準備をします。昼過ぎまでかかりますので、隣のバーでお待ちください。営業時間は夜ですが、昼はうちの職員の休憩用に借りていますのでご安心を。これが鍵です」
ペルタは鍵を渡し、ナレルが受け取った。
「もう1つ鍵がついています。右手に見える扉の鍵です。その扉から窓の外側に出られます。今のうちに下見をお願いします」
ペルタは階段を下りて行った。
「レオン、本当にできるのか?」
「心配するな。俺は成功させる」
「…今度のは本当のようだ。君ならできるさ」
「悪いがレインコートを取ってきてくれないか?」
「ああ、すぐに取って来る。待ってて」
ナレルも階段を下に降りて行った。レオンは一人双眼鏡をのぞき込んで遺跡の様子をじっと見ていた。光を限定すれば色は限られたが遠くが鮮明に見える。しかしこちらから届ける光は途中で散乱し続ける。
「お待たせ」
「ナレル、念のためについてきてくれないか。俺が力が抜けて落ちないように」
「もちろん、手伝うよ」
ナレルがレインコートを持ってきて、2人とも上に着て外に出る。強風と豪雨でバシバシとコートが音を立てる。錆びた心もとない手すりが外側にあり、整備用の狭い足場を歩いて遺跡に一番近い場所へ移動する。雨で左手の触れるガラスは滑り、足場もしっかりと踏まないと滑りそうになる。下には家々が犬小屋のように小さく見える。ガラスに触れた左手や左足、風を受けて肌に張り付くレインコートから体の体温がどんどんと奪われる。
レオンは背中を窓ガラスにつけて、双眼鏡を覗く。柄を持った右手を上げつつ、しばらくすると双眼鏡を下ろす。可視光ではない光を放って様子を見る。
「よし、向こうの用意ができるまで部屋の中に戻ろう」
向きを変えて来た道を戻る。向きを変えただけなのに、ヒヤヒヤする。
部屋に戻って鍵をかけた後、階段を下りてバーに行く。待っていた職員が温かいお茶を出し、暖炉の前に座ってお茶を飲んで待つ。
レオンが柄に紐を縛り付け、右腕に紐で作った輪を通し、柄から手を離して外れないか試していた時、ペルタは部屋に入ってきた。
「移動の準備ができました。運転は私がします」
「後は相手が出て来た時に…」
再び灯台に昇り、レインコートを着たまま交代で遺跡を観察する。何の変化もない建物を眺め続け、退屈な空気が蔓延する。……。
「あっ!」
ナレルの声で緊張の空気がピンと張る。
「出てきた」
レオンとペルタは手早く双眼鏡をのぞき込む。
「ええ、間違いありません」
「よし、行こう。目隠しの用意はいいか?」
レオンは立ち上がって扉を開ける。
「うん、撃った後は僕に任せて」
「頼りにしてるぜ。さあ、狩人の目から逃れられないことを示してやろう」




