西部編5-2
「昔話になるが、俺は幼少時はカニエの村にいた」
「カニエの村?」
「ああ、今は砂漠に飲まれているが、ここから北の方にあった村だ。40年くらい前はまだ平野に畑が広がっていた。俺の生まれはスナビエだが、政情不安で一家は脱出して親戚を頼ってカニエへ移り住んだ。元々この大陸の中央部には小国がひしめきあっていて、寒冷期に入ってから紛争が頻発していた。誘拐や暴力が日常茶飯事。そこに東部の王国と南部の商人たちが中核となって統一戦争で次々と征服していった。旧権力者の貯めこんだ富は吐き出され、統治に下々の者が登用されるようになり、その影響はこの辺りへも波及する。相手が敵になるか味方になるかどちらにせよ、飲み込まれない強さが要る。まずは全ての力を終結するために内部で争い始める。そんな訳で政情不安定になったので田舎に逃げたわけだ」
カップをぐいとお茶を飲み、続ける。
「母は母の祖母の代からスナビエに住んでいた。町の外から人が来ると、その戸惑う様子や服装、暗黙の了解を知らないことで、田舎者だと友人たちと一緒にクスクスと笑っていた。残念ながらその傲慢さは自分たちが田舎に行っても変わることが無かった。家から金目のものは持ってきていた。器や服、装飾品など。これらと食料品を交換しようと何度か農家を訪ねた。俺はよくついて行ったよ、お願いです、この子の分だけでもと見せつけるために。いや、実際のところ、俺はそれで生きてこれたのだから母に感謝しなければいけない。感謝の気持ちはもちろんある…。ただ、それとは別に言いたいことだってあるという訳だ。高いだろうけどコレクターでもなければ要らない器や、目立ってしょうがない服と大切な食料を交換なんて、相手に感謝しなければならないはずだ。食料を分けて貰えた時はその場では感謝した。けれど家に帰ってからはヒステリーを起こして俺や父に当たるんだ。理屈も滅茶苦茶で…まあ、思い出したくない。食料を分けてくれた農家の人たちを悪く言うのは聞いていてつらかった。父がたしなめようとすればキレて聞く耳を持たない。それで話は変わるが、俺がこの町に戻って来る30前くらいの頃なんだが…」
「あの、占い魔女の話が出てこないのですが…」
「そう焦るな。前知識が無いと話が分からないから」
「そうですか…」
「ええと、戻ってきてからの話だったな。俺は結婚したのだが、結婚する前の付き合いではヒステリーなんて起こさなかったのに、今では起こす恐妻なのだ。あいつ隠してやがったな、汚い真似しやがって。まあそんなわけで、今機嫌の悪いあいつに刺されないようにここに逃げているわけだ。突発的なものだから、時間を置けばマシになる。なんだか逃げてばかりの話だな。他にも色々あったけど、親しくなるとヒステリーを隠さなくなる女ばかりで恐々としているところにあの子だ」
「他とは違うと惹かれた訳だ」
「誤解を招く言い方はやめてほしいね。逆に意志薄弱で心配になるくらいだ。結局どうあっても文句あるんだな俺は。ヒス持ちでないならそれに越したことは無い。さっきも言ったように、考えないことにして耐えているんじゃないかと。俺はあの子の占いに助けられた。悩みを晴らしてもらったんだ。悩みというのは未来の見通しが不鮮明なことによることが多い。占いでそれを明らかにすることで悩みではなくなる。占い料として対価は払ったとはいえ、苦しみを乗り越えられるように助けたいという意志もある」
「伝えてあげたらいいと思いますよ。あなたの誤解で、興味の方向が違うだけかもしれませんが。いずれにせよ、話してみたら分かることです」
「まあ、確かに。俺は普通、他人に深入りしない。ヒス起こさない人がいたとしても、俺の側にいる人がそうとは限らない。深入りせずに穏やかに過ごせるならそれでいい。それを気の毒だと言われたって余計なお世話だ」
「直接言わずに背後で手助けされたって、余計なお世話ですね」
「話して通じるかも別です。本音を伝えたところで、本人はああは言っているけど、誤解しているのだと通じないこともある」
「信頼、信用は本当に難しい」
「話しこんでしまったな。俺たちはもう帰るから、じゃあな。聞いてくれてありがとな」
「こちらこそ話せてよかったです。その子が見つかったら町に一度戻るように言いますね」
隣の席の人たちは注文票を持ってカウンターの方へ行った。会計を済ませて店を出るときにもう一度手を振った。
翌日、宿屋でレオンが爆音で目を覚まし外を見ると、外は強烈な雷雨となっていた。雨が壁や屋根に叩きつける音や雷の爆音が絶えずに襲い掛かる。
ナレルが一階の受付から部屋に戻って来る。
「おはよう、外は大雨で危険だって。あちこちの水路がパンクして押し流される可能性があるし、あの豪雨で体温が奪われるから」
「そうか、いつまで続くか分かるか?」
「今は雨季じゃないから、じきに収まると思うけどね。でもこの様子じゃ今日はずっとこの調子かもしれない」
「ズチとかいう奴の仕業か?鐘があったのが門と同じ塔だということは、魔族かその協力者の仕業ということだ」
「天候を操るんだっけ?けど偶然かもしれないから判断できない」
「とりあえず雨が弱まるまで待つ。ロビーや近くの店で聞き込みして拠点らしき遺跡の場所を調べよう。予定を取りやめて地団駄踏んでいる人たちがいるんじゃないか?」
身支度を済ませたレオンは部屋を出てナレルと共にロビーに降りた。ロビーには仲間の連絡待ちの人々が時間を潰していた。レオンはその中から現地人らしき人に話しかけた。
「すごい雨ですね」
「ええ、でも今は雨季ではないので、そう続かないと思いたいですね」
「お聞きしたいことがあるのですが、少しよろしいですか?」
「はい、この町の人ですね?」
「そうですが…何でしょう?」
「この町の人は鐘の音が鳴ったら手をどこかへ向けますよね。あれ、どこに向けているのですか?」
「光炎の宮という遺跡です。あっちの方角ですね」
「ここから見えますか?」
「澄んだ空で高い場所からなら見えます。しかし、この様子では見えないですね」
「光の波長を選べば見えるかも」
「…ああ、そんな機械を使えばできるかもしれませんね」
「手を向けるのは方向が合っていればいいのですか?それとも遺跡に正確に向いている必要がありますか?」
「細かく決まっててないですね。正確に越したことはないですが、方向があっていればいいんじゃないでしょうか」
「分かりました。形状はどのようなものですか」
「近くで見たことはありませんが、空洞の屋根のついた直方体の箱といった感じです。壁は白磁器みたいですね、つなぎ目はありますが」
「空洞の屋根?」
「屋根の一部が欠けていますが、ここでの空洞とはそういう意味ではなく反対側が見える屋根です。中心に近づくほど穴が小さくなります。日にちによって重要な星が見えるようにするためとか」
「それはガセですよ」
知らぬ人が話に入ってきた。
「ガセ?」
「私は建築家なのであの空洞の意味を知ってます。ガセが広まっているようですが、ちゃんと他の意味があるのです」
「建築の上で意味があるということですか」
「あの空洞は中央に向けて狭まっています。そして中央には建物の排気口があります。空洞を風が通ると中央付近で気圧が低下するので、そこに繋がった排気口から建物内の空気を吸い上げるという仕組みです。要するに換気のための仕組みです。風向きに合わせて建てられているのであって、星が向こう側に見えるようにというわけではありません」
「なるほど。しかし砂が入るのでは?」
「砂漠化する前に建てられたものですから」
「知りたいことは分かりました。ありがとうございます」
「行くつもりですか?」
「…何かあるのですか?」
「…いや、畏れ多くて中々近寄れないくらいですね」
神殿には近づきづらいようだ。文明人が本を踏むのは怖いというのに近いか。
「そうですか。じゃあ私たちはこれで」
レオンとナレルは窓に近づき外を見る。大雨は止む様子が無く、地面に波紋を作って流れていく。横の扉を人が出入りして開くと、湿気た空気が肌に伝わり、水の匂いが漂ってくる。
「これじゃ当分無理だね。町の外に辿り着く前に体温がごっそり奪われる」
「仕方ない。今のうちに食べて寝ておこう、夜に出るかもしれないからな」
2人は外に出るのを止めて宿の食堂に向かう。レオンは雨が止む時間を占えないかと占い魔女の話を思い出す。
占い魔女はどこへ消えたのだろう。未来を見るのは情報庁にあるあの予測する機械と同じ仕組みか、それとも運命の糸といった別の仕組みか。そういえば、どうして魔族は凍界の場所が分かったのだろう。朧界から繋げるには測る必要があるというのに。まさかな…。




