西部編5-1
西部地方政府庁舎、静まり返った資料室の隣には質素な机と椅子があり、そこで1人の男が反省文を書いていた。
扉がひとりでに開き、机の上に箱が置かれる。
「何だ!?」
机の側に男が姿を表す。
「スルト、無事だったか」
レオンは箱から手を離す。
「ああ、あんたか。驚かせるなよ」
「悪い、けど姿を隠さないといけなかったもので」
「こっちは始末書書きで、良くて何か月かの謹慎、最悪クビかもしれない」
スルトは箱を見る。
「それは?」
「隣の塔にあった。塔を取り戻すのに役立つといいが」
箱を開けて中身を見る。
「なるほど、これは…」
「代が変わっても有効な契約にするには、組織名義で契約すること。しかしそのためには証拠を残す必要がある」
「これで揺すれば処分は甘くなるかな。だけど、脅迫されたとしたらそんな隙を作った西部政府の弱さによるものだ。この書に名を刻んだ人ばかりが悪いとも言い切れない。穏便に済ましたい」
「それじゃ、俺はこれで。元気でな」
「ああ、届けてくれてありがとう。さようなら」
レオンは姿を消して部屋を後にした。
夕暮れ、地平線が赤みを帯び、その上の白っぽい空、さらに上の青い空と一度に現れる。
ナレルの案内でレオンは大衆料理店に入る。
「前に来た時はここが良かった。すぐそこの湖で獲れた魚が食べられる」
2人は席につく。辺りを見渡すと壁にチョークでメニューの書かれた板が並んでいる。絵が描かれたものもあり、取り外されたような間も所々見られる。席は8割ほど埋まっていた。
「特に、大衆魚でありながら大変美味なイナヅマアゴウオ。外見は厳つくて、全長は80センチ程、肉食中心の食性で3年くらいで成魚になる。寿命は自然界では7,8年、飼育下では30年くらいだと言われている。大きさは淡水魚なのに海水魚のような濃い味がする。似たものは他にもいるが、ここの湖にいる固有種は大きい方らしい。昔から庶民のタンパク源として、様々な調理法がある。高級店ではあまり出てこないらしいけど上手い魚だよ」
「現地人にとっては何の変哲もないものだけど、外から来た人には極上という訳か」
ウェイトレスがやって来る。
「注文は?」
「ナレル、任せた。適当に選んでくれ。そうだ、漬物が欲しい」
ナレルは一通り注文を終え、ウェイトレスは調理場の方へ向かった。
料理が運ばれ、2人は食べ始めると集中するように口数が減っていく。
「煮詰めた砂糖で煮魚か。まあ、辛味や酸味とバランス良く出来てるけど、デザートじゃあるまいし…、この味付けに負けない身もすごいが」
「おや、口に合わなかった?」
「いや、どうなんだろう…?主菜を食べようと構えていたら面食らっただけか?うん、まあ、うまい」
「こっちの煮魚はどう?色んな旨味の出汁で味をつけたもので甘くない、塩気も利いてる」
「あっ、こっちの方が好きだ。旨味が次々と押し寄せてくる。旨味と塩気の効いたねっとりとした表面、身を噛むとほんのりと甘さとさっきとは違う旨味が出てくる。青菜やキノコも出汁を吸っていておいしい」
「それは良かった」
頼んでおいた料理が次々届けられていった。口数もさらに減り、隣の会話が聞こえてくる。
「そうそう、最近、フォルトゥナさん見ないんだけど何か知らないか?占い魔女の」
「占い魔女?6番通りの角の?」
「そうそう」
「いや、俺も知らねえや」
「そうか」
「お前のようなファンが知らなくて俺が知ってるとでも?」
「いやあ、もしかしたらと思って。一体どこへ行ったのやら」
「占いで思い出したんだが、情報首都では未来予知が情報として売っているという。とてつもなく高いらしいが」
「それじゃ、フォルトゥナさんが出稼ぎに?それともまさか、商売敵として消されたんじゃ…」
「無い無い、考えすぎだ。出稼ぎもない。この前遠出する時は休業のお知らせを張ってたってお前言ってたろ。だったら今回も張るはず」
「あれ?じゃあやっぱり消されたんじゃ…」
「商売敵と言ったって距離が遠すぎて客取り合いにならないだろう。まあでも、何かあったのかもな。明日、職場で誰か知ってないか聞いてみよう」
「なあ、そこの旅行者さん?何か知らない?」
「よせ、関係ない人に絡むな」
椅子に座ったまま横を向いてレオンとナレルに尋ねる。
「特徴を教えて貰えないと何とも…」
「名前はフォルトゥナ、かわいい子だ」
「特徴を言えって」
「黒髪の長髪、赤褐色の大きなつり目、整った顔立ちで、20代くらい、体は華奢で細身、服は黒…だけど、それは仕事着だからそいつを着てるとも限らない。うーん、あとは…かわいいってくらいか?」
ウェイトレスが空いた皿を片づけていった。
「かわいいことは分かりました。キレイではなくかわいい?」
「キレイでもあるが、かわいいのは間違いない」
「そうだ、占い時には自分の意識が曖昧で、話し終えてから顔を真っ赤にすることがあるな。かわいい」
「うーん、記憶にあるような無いような」
「本当か?」
「駄目だ思い出せない。色々な人を見てきたもので」
「いやあ、連れが食事の邪魔をして申し訳ない」
「いえ、そんなことないですよ」
「随分と詳しいですね」
「もちろん、俺は彼女のファンだから。あの占いはすごい。確実に当たる。その時々に人は何かの役割を担っていて、それが占いの結果として出るという。ただ、本人は状況が変わってその役割の必要が無くなれば運命が変わるという」
「へえ…」
「まだまだ知っているぞ。もう一度言うが俺は運命の魔女フォルトゥナのファンだからな。いいか、魔女というだけあって魔術が使える。しかも彼女は固有の魔法が使えるんだ。固有の魔法を発現させるには、魔術師の深部に辿り着いた魔力が心に触れて変質することでできると言われている。なぜこんなことを言っているか想像がつくと思うが、そう!彼女の固有魔法こそ、その占いの力なのだ。どのような心を持っていてその力が発現したのか気になるところだな。この世界を明らかにする探求心か、上位世界への関心か、はたまた不安を取り除きたいという欲求や人助けの心か、あるいは覗きたいというスケベ心かも。それとも…」
「大体分かった。それでどうして失踪したのか思い当たることは?」
「自分を占うこともある。それで何かに気づいて失踪したのかもしれない。その場合は予兆が無いから分からない。少し前にスナビエに戻ってきたばかりで、当分はここで活動するって言っていた」
「なあ、この人から逃げたんじゃ…」
「奇遇だな、君もそう思う?俺もそう思い始めてきたところなんだ」
「何だと?俺は危ない人じゃない。俺はあの子がほっとけないんだ。あの子の虚無的な雰囲気と、でも顔を真っ赤にするような恥じらいが残っているという希望。いつか、他人の変えられない破滅の運命を見過ぎて完全に虚無感に支配されてしまわないかという怖さがある。恥ずかしさなど感じる余裕もないほどに。でもそうならないのは、心の中で線引きして人に関心が無いようにしているんじゃないかと、彼女と話してそう思ったんだ。これは俺のエゴかもしれないけれど、そんなの可哀想じゃないか。だからといって占いの力を無くそうという訳じゃない。それは彼女が積み上げた歴史そのもので、彼女の誇りだ。だからどうにか両立できるよう、強くなってほしいと思っている。会えないのは辛いけど旅を勧めたよ。無事帰ってきたけど、またどこかへ行ってしまった」
「そう…ですか」
トラブルに巻き込まれたのなら助け出したい。それはそうと、なぜこの人はこんなに気にかけているのだろう。




