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運命の混紡者  作者: Ridge
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西部編4-2

 西部地方政府庁舎の隣の塔の中にバーク門があった。どこか深いところに隠れているのではなく、扉を開いてすぐの廊下のすぐ横にある。しかし、何の変哲もない、などということはなく、異質な雰囲気を放っている。門は開き、前にゲージが表示された箱が置かれている。残りのバッテリーを示しているのだろうか、残り7割ほどあるようだ。

「妙だな。誰もいない」

 人気が全く無く、静まり返っている。隣の扉の向こうから小さな賑やかな音が聞こえる程度だ。

「何だろうあの箱」

 ナレルは門に歩みよる。

「待て!罠の可能性がある」

「何かあるのか?」

 レオンの警告に立ち止まり、じっと箱を観察する。

「あ、いや、勘だが嫌な予感がする。試すから少し離れてくれ」

 ナレルが距離を取ったのを見て、レオンはコインを門に向けて飛ばす。

 コインは門に近づくと空中で瞬時に凍結して砕け散った。周囲に弱い衝撃波が抜ける。

「…!見えない膜でもあるのか?触れたらこうなってたか…」

 地面に薄っすらと埃の輪が出来ている。

「あの箱がエネルギー源となって、何らかの状態を維持しているのだろう。全く放熱が見えないが、常識に囚われていては見えない」

「光線で焼き切れないだろうか?冷えるから無理かな」

「試してみよう」

 レオンは刀身の無い柄を差し出して、箱に向けて光線を放つ。途中で光線は散乱したかと思うと、雷となって轟音を出しながら天井に放電して焦げ跡をつける。

「どういうことだ?バリアのようなもので守られているような…」

「いや…これは…」

 レオンは柄をしまって地面に円状についた埃を見る。

「外にバリアが張ってあるんじゃない。この門が異空間に繋がって、あの箱で領域を拡張している。繋がっているのはおそらく凍界」

「魔界とは別なのか?ここから魔族が出てきているはずじゃ…」

「俺が来たことで、敵に渡すまいと誰も触れられないようにしたんだろう。凍界とは、こことは大きく世界の仕組みが違う世界。五感で観測はできないが、計算で座標は表現でき、光闇の民の技術でそこへと繋げることはできる。数ある世界の一つで朧界とも魔界とも遠い場所に…遠いというのは噛み砕いた表現で正しい表現とはいい難いが…とにかくここと全く異なる法則で成り立っている世界だ。俺は詳しく知らないから下手すると死ぬ」

「となると、あの箱が拡張させていると言ったところ?」

「おそらく。いずれエネルギーが切れれば終わりだ」

「まあとにかく、魔界に繋がっていないのなら今は対処しなくてもいい訳かな?」

「確かにそうだ…。しかしこの門を見張りも無しとなると、奴らはどこに拠点を構えているんだ…?」

 ゴオォンと低い鐘の音が上から聞こえた。

「上の方に誰かが?」

「行こう」

 レオンとナレルは壁に沿う螺旋階段を昇り始めた。


 某所。棚に大小まばらな箱が並んでいた。緩衝材を詰めた箱には芸術品が詰められている。部屋の中央には大きな机があり、ある青年は椅子に腰かけ、ピンセットを使い、黄金の像に天鵞絨色の小さな装飾を貼り付けている。両肘を机に置き、指先以外を止めて息も止めて修繕し、上体を後ろに反らして背もたれについて上を向いて息を吐く。また息を吸って前を向くと像を回して別の角度から直ったかを確かめている。

 部屋の隅に文書が置かれた机があり、その前で椅子に座って2人の魔族が話している。

「人間ってのは手先が器用で役立つな」

「ダイヤは人間の中でも特に器用な方だ。人間全てが役立つわけじゃない」

「ケイシーは厳しいなあ。私は好きだよ、人間」

「心にもないことを…」

「まあ、でもたまには感謝してほしいものだな。私たちが拾い上げなければこんな名作とやらと会うことすらなかっただろう」

「おいティゴ、気を散らすような真似をするなら出ていけ。品質に影響するんだ」

「失礼。黙って謳い文句でも考えよう、実物を何度も見ないと上手く行かないものでね」

 ティゴは箱を開けて包みを開いて眺める。手に取ることはせず眺めるだけに留める。

 ダイヤは一区切りついて、像の向きを変えた。肩を捻って体をほぐし、頭に思いが浮かんでくる。

「(僕はこんなことをするために鍛えたのか…?先人たちの芸術に触れて自分も作りたくなった。そうせずにはいられなかった。その想いが柱となって僕は鍛えたんだ。そう突っ走ってきた。他にも色々可能性はあったかもしれない、切り捨てたものへの後悔や未練が無いといえば嘘になる。捨てる苦しみは辛い)」

「生命の躍動、石に宿った魂…!んー、もう少しアレか」

「(でも、だからこそ、切り捨てたものを思い返して後悔も未練も過去のものだったといえるように立派にならないと。捨てることは時として堕ちることも意味する、そうすれば独りよがりではない本当に必要なものが作れる。だが盗品を売って平気でいられるまで堕ちる気は無い)」

「艶美なる唇、血の通った石…!これだけじゃ味気ないか、何か加えて」

「(プライドが無ければ続かない、プライドがあれば捨てられない。一見矛盾しているみたいだけど、線引きの手前と奥で違うというだけだ。その線はどこにあるのか分からない。だけどこれは捨ててはいけないものだと信じる)」

「目を奪う…」

「僕はこんなことはもうできません!」

 ケイシーとティゴは動きを止めてダイヤを見る。

「…こんなこととは?」

「盗品を売る手伝いのことですよ」

「盗品とは人聞きの悪い。救い出しているのだよ芸術品たちを。原始人共の杜撰な管理より私たちの管理の方が芸術品も喜ぶというもの」

「言い訳です。盗むのを正当化するための言い訳…」

「なぜおまえがそんなことを考える必要がある?お前は憧れの名作に触れ、修繕にも関わることができる。それ以上を求めるのは贅沢というものだ。過ぎた欲は身を滅ぼすぞ」

 ケイシーは暗に警告をする。

「まあまあ、そう煽ることはない。仲良くやろうぜ」

 ディゴはニタニタと笑いながらそう言う。助け船を出すようで話を無かったことにしようという意志が透けて見える。

「おい人間、魔王軍の資金をどうやって集めているか知っているか?」

「……」

「金のある奴から借りている。投資家から集めているのだ。この券を買えば、後でもっと増えて帰って来るから買ってくださいと。どうやって増やすか、それは朧界から金目のものを持ち出し、換金して投資家に渡す。儲かると納得させることができれば投資が増加し、より多くの資金調達ができるようになる」

 ティゴは掌を上にして人指し指だけを伸ばしてダイヤの喉元に押し当てる。ダイヤは机にもたれかかって後ろに体を逸らす。

「だがな、逆に損をすると判断されれば券を売って損失を最小限に食い止める。でなきゃ死ぬからな。それによって誰も買ってくれなくなれば資金が得られなくなる。止まったら死ぬんだよ、常に拡大し続けなければ生きられない」

「全てを飲み込むつもりですか?この世界全てを…」

「そんな先は知らん。俺もお前もそのころには死んでるから関係ない。お前は人殺しになりたいのか?失敗すれば即死、損しないように頭をフル回転させ、足を運び四方八方から情報を集め、目を閉じれば必ずしも休息が待っていない人々…。彼らの努力は無駄だったのだと言って殺すんだ。俺たちのような捨てられた者たちに可能性を感じてくれる聖人を、お前の拒否で」

「投資先を間違えたのですよ…」

「……」

「そうか分かった。お前はもう用済みだ。手間がかかるが代わりを探すとしよう」

「ダイヤ、これが最後だ。考え直す気は無いのか?命よりもこんな像や器が大事だなどと、おかしいとは思わないか?」

「…人の命が尽きても作った物が死後も長く残る。皆が大切にするから。そこに充足感を得るのですよ。それを裏切るような真似はもう耐えられません」

「残念だ」

「くだらない妄念に憑りつかれちまってまあ」

 ティゴはダイヤの首を掴んで持ち上げる。空気が薄くなり、目をつむる、足が宙に浮かび上がる。


 ゴオォンと鐘の音のような音が部屋に響き、力が抜けていくのを感じ取る。異形の何かが目の前でティゴを飲み込んでいる。ここが死後の世界か。ティゴを引っ張り出そうとするケイシーは凍りついてボロボロと崩れつつ吸い取られていく。

 ひび割れた肌を持つ軟体の歪んだ球体を中心に爪のような無数の翼が生え、軟体の上と羽の節々に目らしきものがギョロギョロと動いている。血や腸液などが一滴も出ずに凍りついては吸い上げられている。軟体は吸い上げるように動き、ケイシーの頭を吸い上げた時にまた鐘の音が響いた。

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