西部編3-2
レオンとナレルは周囲を見渡す。皆が皆、立ち止まって無の感情でどこかを指して手を上げている。偶然にも、動いている女性を見つけて話しかける。
「あの…、僕たちは旅行者なのですが、皆どうして手を上げているんですか?」
女性は何ら臆することなく、興味深そうに返答する。
「ズチ様とやらがそうするように言ったから。私は面倒だからやってない、なんてとこ」
「ズチ様…?」
「変な呪術師よ。魔術じゃない、別の何かを使う者。雨を降らせたり晴れさせたり、風を強めたり弱めたり、雪を止ませて溶かしたり、呪術とかいって天候を操っているみたい」
「本当にそんなことが?」
「私は本人が実演しているの見たことないからねー。この雨はズチ様のものだった、みたいな噂は聞いたことあるよ。渇水気味だった時にね」
「もしかして、その呪術師が現れたのは最近のことなのか?」
もう一度低い鐘の音が鳴って人々は動き出す。雑踏が聞こえだす。周囲からあの時間に騒ぐなよと咎めるような目線が集中する。
「んー。ちょっと歩きながら話さない?」
女性は2人の間に割って入る。
「名前を言ってなかったね。私はセナ」
セナは2人を順に黙って見つめて、名前を言い出すのを待つ。
「俺はレオン」
「僕はナレルだ」
「そう、聞き覚えのある名前ね。どこだったか…」
セナは記憶の中を探ることに没頭する。が、思い出せなかったようでため息をつき、伸びをする。
「さっきは何話していたっけ?」
「呪術師が現れた時期について」
「ああ、そうだったそうだった。1年半くらい前かな?弟子たちを連れてね。その場面に立ち会ったことは無いけど、渇水で困っていた時期に雨を降らせて見せたという」
「天候を操る力なら、晴れ続けさせた後に雨を降らせることもできるんじゃ…」
「そうだよ。でもだからこそ、人々は恐れ敬っているという訳。あの鐘の音が鳴ったら、もう一度鳴るまで町の外にある古い遺跡に向けて立ち止まって手のひらを向け無いといけない」
「鐘はどこから鳴らしているんだ?」
「それが聞いてよ。なんと西部政府庁舎、正確には西部政府が売り渡した元庁舎の部分なんだけど。怪しい奴に屈しているなんて情けないと思わない?」
「ふうん…」
セナは何か考えだしたレオンを見て邪魔しちゃ悪いなと、しかし話を続けていたいのでナレルに話しかける。
「遺跡っていうのは、祭壇らしくて、ここに昔あった王家と対立した神官たちの拠点だったとか。あの呪術師は彼らの古代呪術を使っているというけど、嘘っぽいね」
「どうして?」
「だって、あの神官たちは原始的な宗教も、その呪術も否定して別の宗教で塗りつぶしたのだから。古代呪術なんて使えるはずない」
「もしかしたら…」
「ん?」
「その遺跡の方に意識を向けさせるための仕掛け。この町にある門に注意を向けさせないためだろう」
「ということは、元庁舎の一部というのが…」
「ありうる話だ」
「?」
「セナ、バーク門を知っているか?」
「ああ…、昔話に出てくる異界に繋がる門ね。ええと、確か…」
セナは腕を組んで黙り、晴れやかな表情と共に腕を開いて
「初代の王様はそこから繋がる異界を旅して修行を積み、賢者に知識を授けられ、戻って来て王家を作り上げたとか。言った場所は天界から冥界まであらゆる場所へと。王宮の中にその門がある、今は王宮じゃなくて庁舎と私有地だけど」
「へえ、そんな話が…。よく戻ってこれたな」
「箔付けのための御伽噺よ。溢れる浪漫を美しい詩で表現した名作だけどね。それも中世にやっと完成した詩」
「最近、門に動きはあったのか?」
「伝説でしょ?何もないよ。まあ、見たことはないんだけど…」
「そうか。色々とお話を聞けて良かったよ」
「もうお別れ?こちらこそ」
「じゃあ、またどこかで」
レオンとナレルはセナと分かれる。
「あっ、ちょっと待ってそっちは…」
「?」
水路の上にある橋を通りかかろうとするとガラの悪い男に引き留められる。
「兄さん、俺はアルヴィンってんだ。ここを通りたかったら通行料を払いな」
「有料か、維持管理費がかかるものな」
「払う必要なんてないわ。そんな決まりはない」
セナは間に入ってレオンとナレルに向かって両手を広げて支払おうとするのを止める。
「邪魔する気かセナ?」
「…気安く呼ばないで」
セナは手を下ろして向きを変えてアルヴィンを睨む。
「妹の名前を呼んで何が悪い」
「あんたみたいな不良は家族じゃない!」
「……」
「早く出て行って!迷惑よ!」
「このっ…」
アルヴィンはセナに腕を振り下ろす。レオンはセナを引き寄せ、ナレルは剣に手をかけながら間に入る。
「フン、そうやって安全なところから罵倒するがいいさ。荒事になったら面倒だ、さっさと通りな」
セナはキッと睨み、ズカズカと橋を渡る。レオンとナレルも後ろから渡る。
渡り切ったセナは立ち止まり、アルヴィンの横顔を見入る。
「お兄ちゃんの馬鹿!」
潤んだ目、愛憎入り混じった表情で相手を非難して駆け出す。レオンとナレルは跡を追いかける。アルヴィンは目をそらして黙って立ち尽くしていた。
セナは石庭の前で立ち止まる。真ん中に突き刺さった岩から砂利が半時計回りに渦を描いている。周囲に物が無いので遠くが見晴らせる。奥に何か鳥のような紋章がある建物が見える。商店か何かだろうか。
「これは?」
レオンは渦と岩の下を見つめながら尋ねる。
「…それは雨季に水路が溢れないようにするためのもの。雨水は町の各地にあるこういう庭へ流れて地下へと浸透していく」
「へえ、なるほど」
「さっきは見苦しいところを見せてごめんなさい。私も言い過ぎた。ついてきてくれたのは嬉しいけど、あなたたちにも用事があるでしょ?私はもう大丈夫だから」
「それは…。……。そうか、分かった。何かあったら呼んでくれ」
「いいのか?」
「失礼な真似はしたくないから」
「そうか…」
「ナレル、落とし物をしたようだ。来た道を戻るんだが、探すの手伝ってくれないか?」
「…ああ、そういうことなら」
2人はさっき来た道へと戻っていった。
「家族か…家族といえば、相続はどうなっているんだ?あの兄が遺産を引き継ぐようなことになるのか?」
「それは無いと思うよ。この地方では基本的に次の家主は娘になる。そして遺産を引き継ぐ場合は全てが娘に行く。遺書で指定してあればその限りではないけどね」
「へえ、そうだったのか。それであんな商売を」
「またあんたらか。何の用だ?」
レオンとナレルは橋の上にもどって来た。
「暇そうだな」
「通る奴が中々いないもので」
「当たり前だ。一人でやっているのか?」
「答えてどうなる?セナに聞いて来るように頼まれたのか?」
「いや、興味があって聞いたまで。誰かに雇われているのか?」
「ああ、そういうことね。あの人たちには逆らわない方がいいぜ、命が惜しければ」
「教えてくれないのか?」
「とっとと帰れや。ああ!?」
「失敬、聞いてはいけなかったか、余所者だから知らなかったんだ。じゃあ、君はどうしてこんなことを始めたんだ?」
「はあ?」
「橋の点検のために集金を始めたのか?」
「違う、金稼ぎだ!助けを求めた時に何もしてくれなかった連中だ、金を巻き上げても心は痛まない。昔、不良たちのたむろする場に迷い込み、殴られ蹴られ追い剥ぎされた。その横を通る人は誰一人として助けてはくれなかった、助けを呼んだのに!不良たちが飽きて解放されてやっと帰れた。…碌でもない相手から金を巻き上げることに忌避感などない」
「苦しい思いをしたのだろう。…しかし、だからといって、今の行動は褒められたものじゃない。争いが起きそうにない弱い奴を狙って巻き上げるその姿勢…お前だって弱い者を助けることをせずに弱い者いじめをしているじゃないか。そのままではその碌でもない奴らと同じだ」
「黙れ…」
「妹に暴力を振るおうとしながら、その不良をどうこう言えるもんじゃない」
「黙れ。そこまでボコボコになんてしない。奴らよりずっとマシだ」
「始めたらそうとは言い切れない。面と向かって言える相手がいなかったようだから、ここで言う。お前の行いは間違っている」
アルヴィンはナイフを逆手で抜き、レオンに殴りかかる。が、鳩尾を殴られて沈む。ナレルは手を蹴ってナイフを奪い取る。
「どうも彼らを使って町の道を塞いでいるように思える。作業効率は大きく下がるだろう」
「それによってどう思うかが狙いか?とりあえず雇い主を探り出そう。橋を通るたびに位置を捕捉され、その連絡先が魔族に繋がってでもいたら厄介だからな」
レオンはアルヴィンに麻痺光線を当てる。アルヴィンは立ち上がれずに地面に崩れる。
「ん?」
レオンはアルヴィンの服を引っ張り、左肩を出してナレルに見せる。そこには見覚えのある鳥の紋章が彫られていた。
「何だ、バレたか…」
この不用意な台詞は実質答え合わせである。黙っていればファッションで済ませたものを。麻痺中で嘘をつく余裕のある状態ではない。
「あそこか…」
レオンとナレルは、またあの石庭の方へと向かった。




