西部編3-1
礫砂漠の中を進み、先の方に緑の葉のようなものが見えてくる。近づいて段々と大きくなり、それは大樹の天辺であることに気づく。
下りの坂道に差し掛かり、下に大きな湖とその横に大きな森が見えた。不思議なことに、湖の周りに生えている木よりもずっと厚い森林が湖の横にある。よく見ると、森林の中に街道や建物がある。防砂林の中に、庭園都市があるといった様子だ。
坂道を下って、段々と屋根は見えなくなり、常緑の厚い葉が一面に広がる。
林の前に鉄筋と土や草でできた車庫があり、その中に入ってから右折し、奥に停めてそこで降りる。後ろを振り返ると、出入り口付近では砂が舞い上がり、壁に小石が当たっている。
「こっちだ、この扉から林の中に入って、道になりに進めば町に入れる」
ナレルは奥の穴を指し示す。その先には舗装された道があり、両端に掠れた緑色を様々な草が地面を覆っていた。そこに木々のまだらな影がなぞっており、ゆらゆらと姿を変えていた。
大樹はお互いに間隔が広く植栽されている。時々、穴が開いたように日差しが差し込む下に小さな木がある。枯れたため植え替えたのだろうか。林の中に水路のような長い池があり、魚が浮草の影に隠れている。この池は昼夜の寒暖差をいくらか抑えているだろう。体と地面間の伝熱によって、気化熱で冷えた地面が体温を奪っていく。風があるのもあるが、車庫よりも涼しい。葉の掠れる音も涼しげな印象を与える。
林を抜けて町に入る。相変わらずほとんどが木陰の下で、道も建物もベージュやグレー、白などの地味な色が多い。道や橋には模様が書き込まれ、オブジェや岩、花が至るところにある。
「レオン、バーク門についてだけど…」
ナレルは立ち止まって振り返り、レオンに話しかける。
「バーク門があるのは、宮殿内部の一広間、今の西部政府庁舎の中だ。警備上の問題で政府関係者や招待客以外は入れない。門が相手にとっても重要なら、警備は厳重になっているはずだ。少し様子を見た方がいいと思う」
「その通りだ。ここで焦って台無しにしたら今までの苦労が水の泡、様子を見よう。どこへ行く?」
「中央通りに行こう。喉が渇いてないか?何か飲みに行こう」
2人はパラソルのあるテーブルについて、ハーブや果実の皮で香りづけされた水を飲む。調和が取れ、妙な味ではあるが不味い味ではない、不思議な味。
「ここは町全てが庭園となっているんだ。創造性を高めるための方法だよ」
「創造性を…?」
「商売で高く売れるものの一つに新しいものがある。作り方や作る権利も高く売れる。そういう情報は情報首都に運んで売るというのが普通なんだ。開けるまで詳細が分からない情報、売れるか不明、当たれば大儲け。あいつら本質はギャンブラーなんじゃないか?とにかく、この町では創造性を高めるための政策が進められているんだ、芸術家や発明家の発表の場がある。都市が庭園になっているのはそのためだ」
「発表や交流の場は分かる。けれど庭園だといいことがあるのか?気持ちが安らぐから?」
「そう。だけどそれは大きく分けて2つの理由のほんの一部に過ぎない。1つ目は、芸術性の高いものに囲まれることで刺激を受けるから。思いもしない方向からの閃きを促すためさ。2つ目は、逆に余計な刺激を減らすことで、より五感の解像度を上げるから。醜いものや、臭いもの、うるさいもの、暑さ寒さなどに耐えるために感度を下げずに、高い解像度で物の奥にある美を拾い上げることを可能とする。この庭園は多くが刺激を減らすようにできているんだ。柔らかな木漏れ日に、穏やかな文様の床、静かな佇まいの彫刻…なんだかそんな気分、分かるだろう?中には派手な演出のスペースもあるけどね。ただ、大部分は、解像度を上げないと気づかない刺激といった感じだね。ここは、かつての先進地で伝統的な芸術もたくさんある」
「フォルスの奴が喜びそうな町だな」
「ああ、言われてみれば。スナビエから来た商人の話を聞いて興味を持ったのかな」
「そうでなくとも何らかの調査をして知っているだろう。いや、もしかしたら出身地かもしれないな」
「出身地というのは無いんじゃないかな」
「無いか。隠しているからあえて聞くことでもないか」
「話を戻すと、そんな訳で、世界中から芸術家や発明家が引っ越してきているんだ。陸の孤島みたいな場所で、給料も中央ほど良くはないけど。でも考えようによっては外の煩わしさから離れて、創造性を磨く投資を都市が代替わりしてくれているとも言える。個人投資より融通が利かない代わりに大規模なのが特徴。それを好む人を呼び込むための町と言う感じだね」
「へえ、じっくり見るのもいいな。全部終わったら、何日か滞在するのもいいかもな。いや、ザークに戻って過ごすのも捨てがたい」
「両方にしたら?」
「…そうだな。できたらいいな」
道を様々な人が通る。老若男女、背の高い人も低い人も。服装や髪形は違うが、どうにも人が区別が曖昧な印象を受ける。
「この地域の人の特徴は、体つきが中性的だということだ。もちろん、全体的な話で例外はある」
ナレルはレオンの顔を見て、疑問を察したのか話し始める。
「かといって、人々の選好がそうであるかというとそうじゃない。生殖能力の高い方が好まれる。俗っぽく言えば、男らしい体つきとか、女らしい体つきというのが人気だよ。この町の娯楽にもそれが如実に現れている。ではなぜこうなったのか」
「分かっているのか?」
「仮説だけどね。魅力的な人は目立って協調を良しとする文化に合わなかったとか、伝統服が似合うのが中性的だったとか、魅力的な人は襲われて口封じに殺されたので子孫を残せなかったとか、消費カロリーを減らすためにとか、そもそも栄養の偏りとか、色々。全部かもしれない」
「本当はどんな理由なんだろうな。さてそろそろ、宿に荷物を預けに行こう。その後は門の場所へ近づこう」
レオンとナレルは空のグラスを返却口に返して、町中を歩く。都会だけあって、歩く人が尽きない。
遠くから低い鐘の音が聞こえたかと思うと、人々は停止して向きを変え、手を挙げて立ち尽くす。気にせず動き続ける人もいるが、歩いていた人も座っていた人もお茶を淹れていた人も、町の外にあるどこかへ向けて片手を上げて立ち止まる。人々の微少な魔力で整流が作られる。
「不思議な習慣だな。あれは何をしているんだ?」
「…知らない」
「?」
「…僕が3年前に来た時には無かった。何だ…これは一体…?」




