西部編1-2
「なるほど。どうやってできたと思いますか?」
「話すと長いが、端的に言うと…世界を作る構成要素がいくつかあって、それぞれの重なりあった場所にこの世界があって、ある構成要素の中心核から発せられるエネルギーこそが魔力なのではないかと考えている。この世界を中心に発生したものではないと考えると、色々と辻褄があうんだが…観測できなければ存在を証明できない。人間の感覚で直接観測できずとも、何か影響を受けたものがあれば…、それに適応できる理論式も…。中々進まない。さっきも考えながら散歩をしていたら足を踏み外してしまったよ。だが、散歩ってのはいいものだな。頭がの淀みが取れていく感じがする」
「そうですね。発想を得るには、歩いて五感を使うことが大事かもしれません」
「観測できないから、その影響を受けたものから、存在を証明するというのは正しいのですか?例えば、ここに東部の建物が刻まれたコインがあるから、東部の人がここに来たという証明には必ずしもならないと思います。実際、中央の指示で各地で作って調整しつつ、様々な人の手を渡って世界中に渡るのですから」
「そうそう、それなんだよ。そこが正当なのか難しいところだ。ただ、その例で言うと、東部地方産のコインには東部地方の建物が刻まれていると言われているので、この町に居ながらその建物の存在証明ができるわけだ。人が来たかどうかは証明に使えない。こういう分かりやすい例ならいいけど、観測できない世界相手だとどうもね」
「観測できないから数字や文字で見える形にするとしても、理論式も難解そうですね」
「大きい現象では式が複雑になることは無いと思うんだ。世界とは何かうまい具合に働いて、バランスの取れた状態を維持しようとする。その状態の式はシンプルになるはずだ。とはいえ、対数を取ったり三角関数を使わないとシンプルにならないので、一見して散らばっているように見えることがあるから難儀する」
「いやあ、何やら難しいことをしているのですね」
「しかし楽しくもある。やってみないか?試験を受けてもらうが、年齢制限はない」
「折角ですが、俺にはやることがあるのでお断りします」
「僕もやることがありますから」
「そうか。気が向いたら来てくれ」
「それじゃあ、そろそろ失礼します。旅の道具の補充をしないと」
「ああ。それじゃ、またいつか。旅の幸運を祈っているよ」
レオンとナレルは家を出て町に出る。
「難しいことしているなあ」
「レオンなら何か知っていたんじゃない?」
「専門外だから分からない。俺たち光闇の民の方が捉え方が間違っているかもしれないし。いや、もしかしたら繋がりがないと思っていたところが繋がっている…?」
「なら仕方ない。知りようがないし、際限なくなるから」
「そうだな。さて、砂漠用の上着と袋を買いに行こう。古いのは預けておくか?売ってしまうか?」
「終わった後に僕は東部にもう一度戻るから残しておくよ。レオンは?」
「……。…残しておこう。戻ることになる」
2人は商業地区に入って買い物をした。
町の北側から魔族たちがやってくる。
「この町に魔王様の探している者たちがいると」
「ここまで来て入れ違いになったなんて無ければいいが」
「どうして人間なんぞに頼らなければならないんだ」
「そりゃ俺たちはその道の専門家じゃないからな」
「随分と優しい物言いじゃないか。もっとストレートに言ったらどうだ。俺たちじゃ馬鹿で役立てないからだと」
「そういう態度は好きになれんな。頑張らない言い訳にしているみたいじゃないか」
「俺と違って頑張っているなら、どうして君は同じ部隊にいるんだ?俺たちは同レベルなんだよ」
「その辺にしておけ。行くぞ」
「チッ」
「そういえばあなた、弁当箱は?」
「あっ、しまった!研究所に置いて来た。昨日から置きっぱなしだ。取りに行ってくる」
「それなら予備を使えばいいから。明日帰る時に2つ持って帰ってきてくれれば…」
「まあまあ、様子を見に行きたいところだったんだ。私が休みなのをいいことに、あの悪ガキたちが花火を打ち上げていないか気になってね」
「別にいいけれど…夕飯までには帰ってきてね」
フィスクは時計をちらりと見る。
「ああ、話しこまないように気を付けるよ」
フィスクは上着を着て、外へ出かける。
町の外れに檻に閉ざされた研究所がある。檻の内側には広い庭があり、その奥に建物が研究施設で、許可の無い者は入ることができない。とはいえ、割と緩いので恋人や家族を中に入れる者もいる。それでいいのか。
「フィスクさんですか?」
門の前で鍵を取り出すフィスクに2人組が話かける。
「そうだが、君たちは?」
「来てください」
「何者だと聞いている」
「俺の名前はケイツ。俺たちは魔族、異なる世界からの使者。一緒に来てもらえますか?」
「何が目的だ?」
「随分と警戒しますね。あなたの力を借りたいのですよ。魔王様はそれをお望みです」
「……」
「大丈夫、命の危険はありませんよ。あなたは大事な客人ですから、さあ」
「お断りだ。私はそんなおふざけに付き合ってる余裕はない」
「なんだとこいつ!」
ケイツはフィスクの肩を掴んで後ろへ引く。フィスクはまるで紙風船のように軽々と引っぱられて尻餅をつく。
「この力は…」
「ああそうだ。これで信じることができたかな?そして、選択肢などないということも分かっただろう」
「……」
ケイツは地面に落ちた鍵を拾い、フィスクが立ち上がるのを待つ。
「そのまま動くな!」
「何だ!」
光線が魔族たちに当たり、痺れて鍵を落とす。
「今のうちに離れろ!」
身動きが取れないうちに、フィスクは向きを変えて起き上がってその場を離れる。麻痺は収まった。
「誰だ、邪魔をする奴は?」
「魔界へと導く光柱、狩人レオンだ」
レオンは光線を放ち、ケイツは射線上から左へ移動したため、かわして後ろの魔族に当たり、霧となって消滅する。
「ここから先へ行かせてたまるか!」
ケイツは檻に手を掴んで腕を曲げて遠心力を使って変速し、レオンの狙いを撹乱してレオンに近づく。レオンは柄から刀身を出して体を捻って右回転し、飛び込み手を伸ばすケイツの横で加速して殴りを未然に殺しつつ、切り抜ける。背後からの裏拳をしゃがんで避け、胴を下から上へ切り上げつつ押しのける。ケイツはバランスを崩して地面に倒れこみ、手で顔を守る。胴に光線で穴が開き、霧となって消えていく。力を失った手が下に落ち、刀身の無い柄をこちらに向けたレオンの姿が見え、全て霧となって消滅した。
レオンは柄をしまって鍵を拾い、ナレルの後ろにいるフィスクの前に行く。
「ありがとう。君たちにまた助けられた」
「もう大丈夫。鍵もお忘れなく」
「ああ、ありがとう」
「ではこれで」
フィスクは鍵を受け取った。レオンとナレルは買い物の途中だったようで、道路端に置いた荷物を持ちあげて去ろうとする。
「分かったんだ」
「?」
フィスクの突然の言葉に2人は足を止めて振り返る。
「まだ全然わかっていないことが分かった。もっと安全に気を配って、長く生きて、頭を駄目にしないように長く生きて、世界の謎を解き明かす。一代でできないかもしれない、けれど進められるところまで進める。頭を怪我しないよう、すぐに死なないように気を付ける」
「楽しみに待っています。お気をつけて」
「君たちもな。進む道は違うが、長く生きれば奥へ進める。頑張ろう」
2人は手を振ってフィスクと別れた。
翌日、2人は町を出た。町を出るまでの間に再び会うことはなかったが、きっとうまくやっていることだろう。見なくとも分かる。




