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運命の混紡者  作者: Ridge
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旅立ち

 レオンとナレルがミセオドアに戻ってきた直後のことである。

「ん?」

「どうしたんだレオン?」

 町の側を流れる川の中央に女の人が立っている。首から上が僅かに出るだけの水深で、髪をまとめ上げて時折水しぶきを顔や髪に受けている。周囲にも3,4人の人が見てざわついている。

「おい姉ちゃん、何してるんだ?危ないから川から出ろ!」

「邪魔しないで!」

 周辺住民の声は聞かずに、キンキン声で怒鳴りつける。周囲の人たちはすっかり怖気づいてしまった。

「もしや…ありゃ自殺なんじゃ…」

「でも暴れられたら引き上げれるかどうか…」

「何か掴まるものは…」

 ざわざわと話している中、レオン達は川に小走りで近づく。

「そうだ!レオン、水面歩けるだろう?」

「でもその方法は近づいた人間に健康被害がある。いや、死ぬよりかはマシか…。人工呼吸だって肋骨折るし…」

「きゃあっ」

 女性は足を滑らせて川に沈み、水を吸った服の重みで溺れだす。

「泳いで引き上げるぞ!」

 レオンは川沿いに植えられた木を1つ根本から切って川に蹴り落とす。木は水に浮かんだ。

 レオンとナレルは素早く上着や武器、靴を脱いで川に飛び込み、沈んでいる女性を抱え上げて木に掴まり引き上げる。

 何か紙の入った瓶がナレルの背中に当たる。

「何だこれ?」

「とりあえず拾っておこう。何か関係あるかもしれない」

 岸に浮かびつつ泳いで辿り着き、そばに駆け込んだ人に女性を引っ張り上げてもらい、2人は岸へ上がって木を流されない程度に引き上げた。 

「あの子は無事か?」

 戻ってきた人がそれに答える。

「もう大丈夫だろう。彼女は水を吐かせて、病院に連れて行った」

「それはよかった。しかしなぜ、あんなことを?」

「分からない。ところで兄ちゃん、その瓶は何だ?」

「ああ、これはさっき流れてきて僕にも分からない」

「ふーん、どれ、俺が預かるよ。シャワー浴びて着替えてくるまでの間に読んでおこう」

「それは私のものよ。開けちゃだめ」

 ジェーンが後ろから現れる。

「えっ、お前の?」

「そう、だから返して」

「へえ、面白そうじゃん。中身見ようぜ兄ちゃん」

「ナレル、これは重要書類。開けてはいけない」

「重要書類を川に流す馬鹿がいるのか?」

「そんな馬鹿がいるの。さ、詳しくは場所を変えて」

 ジェーンは2人の手を引いて走り出す。

 脱いだ服などを拾い上げ、3人は塔に戻ってきた。

「1階にシャワー室があるから使って。私は先に上で待っている。行き方は覚えてる?」

「すまん、忘れた」

「僕は覚えている」

「それじゃお先に。待ってるよ」

 ジェーンはエレベーターに乗って情報庁本部へと向かった。

「何か雰囲気が違うような…」

「あの瓶が関係しているのか…?」


 レオンとナレルは川に入った時の汚れを落として着替え、エレベーターに乗って本部へ来た。

 案内によってフォルスの席の前まで誘導された。そこにはフォルスとジェーンが待っていた。

「やあ、レオンとナレル。この前は助かった、ありがとう。で、早速だが話がある」

 フォルスは紙の入っていた瓶を見せる。

「中に入っていたのは西部地方政府のスパイの作った文書だ。川から流して下流の仲間に届ける手筈だったが、どうやら上手くいかなかったようだ。奇抜な方法も考え物だな」

「何だジェーンのじゃなかったのか」

「あれは方便だから!そんなわけないじゃない」

「上流から流した奴については泳がせているが、いずれ伝達失敗に気づくだろう

「捕まえないのか?」

「今捕まえれば奴らの本部に情報が途絶えて気づく。泳がせていた方が気づくまで長くなる」

「いずれにしても、失敗は伝わってここから得た情報は撹乱に使われると思っていい。ただ時間の猶予がある」

「それで内容は?」

「その前に説明が要るわ。西部地方の人たちはこの王国の一部という意識が希薄。砂漠や山脈で断絶…とまでいかないまでも遠く離れていることもそれに影響している。西部政府は親王国思想と反王国思想があって、その派閥もある。現政権では混在している」

「今回のスパイは親王国派のものだ。この文書に書かれていたのは反王国派の情報。どれだけの私兵がいるか、その拠点はどこか、という情報。わざわざこの町に来てその情報を仕入れる必要が良く分からないが、そこに何者かの思惑がありそうだ」

「現地の情報屋ではなく、この町で得る理由…」

「それともう1つ。親王国か反王国か程度で武力を使うなんて馬鹿げた話だ。止めなくてはならない。これは中央政府が手を使って防ぐ、君らは気を回さなくていい。ただ、そういう状況にあることを伝えておく。おそらく役立つはずだ」

「分かった。これも何者かの思惑があるかもしれない」

「関わらないようにします」

「それでいい。さて、君たちの旅の目的についてだが…」

 フォルスは両手で椅子から浮かび上がって、座りなおす。

「目的地は西にある門、バーク門。そこが魔界と繋がって敵の増援がやってくるため、それを封じるのが狙い。それであっているか?」

「魔界以外にもつなげられるからその限りではないが、増援封じが目的には間違いない」

「ふむ、場所を知っている。

「魔王軍の居場所は分からないか?」

「西部政府を脅迫まがいの協力でバーク門周辺に立ち入り禁止し、いくつかの土地や建物を差し出させていて、そこにいる。地図を用意した、使ってくれ」

「これはありがたい。目的は分かるか?」

「それは残念ながら不明だ。報告によれば、戦闘訓練中ということだが、それ以上は分かっていない」

「そうか…」

「門があるのは西部首都スナビエ、西部政府の官邸内。ここからの行き方は、まず大河を下って、風の都トークスで降りる。次に北の山脈の間にある谷を通って大砂漠に入り、あとは大きな森を目指して進めばいい」

「私は仕事があるから、もうお別れね。短い間だったけどありがとう。またね」

 ジェーンは手を差し出す。レオンとナレルは握手をして別れの儀式とした。

「じゃあまた、お元気で」

「寒暖差に気をつけてな」

 レオンとナレルは見送られてエレベーターに行き、乗った。もう手を振る姿は見えない。

「メティスの予測では2人だけを送り、かつこの予測を説明しないことだった」

「ならきっといい結末が待っています」

 レオンとナレルは船に向かい、歩いた。今日の夕方に出る船が待機する港へ向かって。


 敵拠点。古い祭儀場の中で魔王と西部方面指令が話している。そこは砂漠に飲まれ、忘れられた古の社。欠けた天井から日の光と砂の混じった風が入り、色あせた壁画を照らし、微かな砂の波を打ちつける。中央に四方を階段で囲まれた高台があり、そこで砂除けと体の乾燥を防ぐように全身を覆った者と軽装の者がいた。

 この祭儀場は幹部クラスのみが踏み入ることの許される。幹部クラスであっても、入ってはいけないと事前に言われれば入れない。

「魔王様、我々は東部のアイロコに続いて中部のリオグミカまで失いました。狩人レオンと名乗っている光闇の民の仕業です。もはや無視はできません。そこで…」

 ズチは目を閉じて息を吸い、覚悟を決めてやや早口に告げる、が、途中で遮られる。

「待て、果たして奴1人だろうか。人間共が協力しているのでは?」

「それは、その通りですが、戦力に数えるほどでも…」

「そうじゃない。協力できないように人間に圧力をかければいい」

「そういうことでしたらお任せください!他に、こちらから奴を攻撃する準備などを…」

 魔王はズチの言葉に何か続くのかと聞いていたが、何もないため質問もかねて返答する。

「私に相談するということは、お前の部下以外も動かす必要があるということか?西部方面指令ズチに動かせない範囲か?」

「い、いえ。私たちだけで十分です」

 ズチの顔は蒼白になり、脂汗は垂れ、口は乾く。

「ならすればいいではないか。お前にはその権利がある」

「了解。その…もっと多くの魔族に特殊な力の開花を…」

「……」

「あ、あの…」

「駄目だ。現時点においては幹部クラスの分で手一杯だ」

「分かりました」

「それで全てか?」

「は、はい。以上です。それでは、失礼しました」

 ズチは礼をして足早に階段を駆け下りて祭儀の部屋から出て行った。

 魔王は壁画を眺めつつ、気配が消えるのを待ってから声を漏らす。

「一番の目的はまだ傷一つついていない、碌に進んでもいないがな。影の世界の影はいくつあるか楽しみではないか…。それにもう…」

 呪詛の書かれた薄い棒をバラバラと手からこぼれ落とす。その目には目の前は見えていない、もちろん呪詛など見えてはいない、ここではないどこか遠くを眺めて、制御を失った口から言葉が漏れる。

「もう西部の支配は終わった。あの力を遊ばせておくのはもったいないというものだ」

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