中部編12-3
湖へ向かう列車の後ろに貨物車がついている。そこには荷物が納められていた。
「リオグミカ様、本当にこれで大丈夫なのですか?見られているようで…」
「心配ない。私の力は半径30mは有効だ。遠くから見えない死角にいれば気づかれることはない。声すら聞こえない。相手からは君たちはただの箱で、私は見張りにしか見えない」
リオグミカとその部下たちが貨物車の中で話していた。
「あの、それでも駅に止まる時に見られているような…」
「それはそうだ。箱として見えているのだから。透明にしているわけじゃない」
リオグミカは部下たちの様子を見る。
緊張している様子が伺える。目的地まで無言で過ごそうと思ったが、安心感を与えるために何かすべきだと感じ取る。
「まだ到着していない。そう気を張るな。気晴らしに話をしよう」
部下たちは動揺してボソボソ話し出す。
「(まあ、待つべきか?)」
「リオグミカ様、質問があります」
「何だ?」
「メジェドは始末しなくてよかったのですか?いずれ時間が経ち、首相誘拐に気づかれた時に、山林大臣を送った後、ジリオーラを迎えに行くものの急用でキャンセルしたのでいなかった、と証言するでしょう。もし山林大臣の居場所がはっきりしているなら矛盾が起き、詳しく調べようとジリオーラについても調べられるでしょう。奴が喋る前に口封じをすべきだったのでは?」
「そうか、お前は上級会議に参加していないから知らないだろうが…問題はないのだ。彼は生かしておいて価値がある。それに…恩義を感じているからな。無下にはできない。ジリオーラとリオグミカが同一人物というのは私と私の部隊以外知らない。そんな情報収集能力など人間共にあるはずがないのだ。こんな魔力の薄い世界で、文明がそう発達するものか」
「魔力、魔力素とも言われるエネルギーですね。保存性が良く、あらゆるエネルギーに変換できるが、逆に変換するには星規模の設備が要る」
「魔力が十分にない以上、不安定なエネルギーを使わざるを得ないので、精巧な機械が使えない。周期的な操作も一苦労。これでは文明レベルは低いままですな」
「ただ、魔術師はこの薄い状態でも操作できる…」
「彼らは特別、数も限られている。その中で機械を作れるというのはさらに少ない。どうやったって文明レベルの差は開く。追いつくことはない」
「考えてみれば心配するようなことではありませんでした」
「分かったか、ならいい。だが今回は特別に話したが、毎回説明する時間はない。それでも従ってもらう、いいな?」
「了解」
「ふむ、折角の機会だからこの作戦についてももう少し話しておくか」
「ぜひ」
「私たちの狙いは王室を滅ぼすこと。…サンクベルト王国は大陸をほぼ統一した。その後の安定化には国王の存在がある。実力主義で国の頂点が決まるのではなく、血統においてのみ決まるということが反乱を防いでいる。反乱を起こしても血統書が無ければ国民に認められず、統治ができない。幾つかの元領主国から王位を継いでいるという背景もある。大多数は主義主張ありきではなく生活ありきのため、内乱が防げるのなら血統主義を選ぶだろう。ただ、それ以上に王室の腐敗で血統主義を捨てたいと強く願うのであれば話は別だ」
「……」
「一方で政府は実力主義だ。血筋によるコネはあるだろうが、まあ詳しくは知らないし国王とは関係ないしこの際はいい。国王の血統についてもう1つ重要なことがある。統一して100年も経ってないサンクベルト王国は、頂点に立つ者がどこの地方の何とか閥で固められるというのは反乱の種になるのだ。それ以外の地方は生活が保障されなくなる可能性がある。身内でなければ助けない、その身内とはこの国か、出身地方か、家か、それとも国境を越えた金持ちたちのネットワークか。もし地方であるならば、それを防ぐために各地方から代表が要る。事実、今の政府は各地方の人の混成だ。国王には実権は無いとされている。形式上、政府要人の任命権がある。ある派閥が頂点に立つことはない、必ずそれよりも上に国王がいる。実権は無いとはいえ、その声に影響力はある。国民からすれば国王は政治家たちよりも上に存在して、いざという時は止めてくれると考えることができるからだ。これまで何度か鶴の一声で反乱を止めている。双方泥沼で止め時を失ったから乗ったという理由もあるがな」
「さしずめ、統合の象徴と言ったところですね。確かに潰せばこの国はバラバラになるかもしれません」
「その通りだ。だが、カリスマのある指導者が運よくいればその間はつなぎとめていられるかもしれない。そして最後に、王室は最も警備が厚いということだ。そんな警備がありながら殺害することで、国民を恐怖と混乱に陥れることができる。そうなれば、この国は私たちのものだ!これだけあれば十分養える」
空中に円盤が飛んでいる。
大した揺れもなく、障害物も敵も無い。眠気さえ引き起こすような平穏ぶりだった。
「ナレル、暇でしょ?何か雑学でも話してよ。運転中に寝てしまいそう」
ジェーンは鏡で後ろを見つつ、退屈しない程度に、しかし熱中しすぎない程度の話を求める。
「レオンに聞いたら?光闇の民だったかな?その辺の話とか」
「全くの別世界の話だと頭使って、運転に支障が出そう。それにそういう話は落ち着いた時に本部でね」
「だ、そうだ。俺もこのタイミングでは話すようなことではないと思う」
「ああ、そう」
ナレルは両手を席に押し当てて体を浮かせて座りなおす。
「じゃあ、ヤマヨロイウオの話でも。あんまり詳しくないだろう」
「王国が保護してる魚ね。成魚の体長は2m前後で、寿命は20年くらい。食べたことは無いけれど、昔の記録によると美味らしいわ。でも当時の選択肢の中で美味だからねえ」
「僕もないけど、西部ではミカヅキに密輸していると聞くね。ミカヅキの人たちは食べてるから本当に味は良いのだろう」
「奴らの貪欲な胃袋の話はいいわ。他の話にして」
「味の話はするつもりは無かったんだ。で、その魚の産卵地は世界で1つ、これから向かう大湖のみ。彼らはそこで生まれると半年かけて湖である程度成長し、およそ3000キロの大河を下って海へ出てそこで長い時を過ごす。そして今度は大河を登って大湖へやってきて産卵して力尽きる。何とも面倒なことしてる生態だと思わないか?」
「湖の中だけで過ごせば楽なのにね」
「何か理由があるのか?」
「よく分かってない。元々、海にいたのが安全な産卵場を求めて川に登ったのが始まりじゃないかという説がある」
「ま、人間だってこうやって遠くまで動いているからな。できるんならするし、せざるを得なくなっていったのかもしれない」
「理由はどうあれ、生態系で重要な役割を持つ。重力に従って海へと流れた栄養を彼らが体に蓄えて、上流側へ運ぶのだから。これらを捕食する動物がより高いところへ栄養を届けるし、死体になっても水中に流れた栄養を取った虫なんかが空中に出ることで陸地に栄養が、その虫を食べる鳥がさらに高く、その鳥を食べる鳥がさらにさらに高く…上手く循環しているところに美を感じるね。逆に言えば、うまく循環しているから人間が住む余地があったといったところか」
「それで保護か」
「寿命が長くてサイクルが遅い魚だってのにミカヅキが海で獲り過ぎるから。密輸防止も協力しないし、あいつらの上に隕石でも落ちればいいんだわ」
「どんな生き物でも何らかの役割を担っているものだけどね。ただ、ヤマヨロイウオは特にサイクルが遅くて回復力が低いから保護しないといけない。土地が枯れていくのに加えて、あの魚は上位捕食者にとっての冬越しの食料だから、それが減ると上位捕食者も減る。そうすると、草や小さい木を食べる動物が増えて、山林が世代交代できずに土砂崩れしたり、そういうところに住む鳥や虫がいなくなって、害虫を食べる奴がいなくなる。数が少ないうちは害虫や害獣でなかったとしても、数が増えて葉を食べつくすとか糞が多すぎて病原菌ばら撒くとかが起きて害虫や害獣になることだってある」
「今までは、詩に詠まれるような鳥が将来は害鳥扱いになることもあるのね。何だか嫌ね」
「上位捕食者は存在するだけで、下位の捕食者を牽制できる。その目に見られていると思うと委縮して堂々としない。だから、本来のポテンシャルよりも低く、天敵がいなくなれば爆発的に増えることができる」
「ふーん、でも上位捕食者ってずるいと思わない?まあ、私たちが言えた義理じゃないけど」
「どうして?」
「食物連鎖の下が作ったものを横取りしているじゃない。よし、育ったな、じゃあ寄越せってね」
「動物ってそういうものだろう」
レオンは外の景色を眺めつつ、気の抜けた様子で答える。
「でも国や家を育ったところで取られたら嫌じゃない?」
「自分が取られたらね。取る方は楽しいかもね」
「…まあ、それはあるだろう」
「牧草が文明を作ったら、人間とは違う哲学を作るかもね。あ、そろそろ到着よ。前もって言っておくことはない?」
「おっと時間切れか。合言葉を考えていたんだ。相手が変装するなら、お互いが分かるように、しかし有効なのはおそらく1度きり」
「難しすぎても余裕がない時に使えない。シンプルに行こう。海と言ったら陸、陸といったら海だ」
「了解。じゃ、集中するから話しかけないで」
円盤は地上に向かって降りていく。
遠くに小さく見えていた湖畔都市は建物の形が区別できるようになってきた。その中に一つ、白塗りの整った宮殿があった。中央にある通り抜けの天井には青色を多く使った模様が描かれていた。
湖畔都市へ到着した。




