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運命の混紡者  作者: Ridge
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中部編11-2

 病院の一室、患者たちの休む病室があった。そこに1人、何者かが扉を開けて入って来る。

 その歩調は自信に満ち、力を持つことを暗に示していた。

 患者たちのベッドはそれぞれ離れ、仕切りで分けられており、あえて体を乗り出してまで姿を目で追うことはしなかった。ただ歩く音が聞こえたまで。誰かの見舞い客だろうと気にせずに横になっている。

「さあ皆さま注目!僕から皆さまへのプレゼントです!」

 軽快な口調で宣言し、手を鳴らし始める。人々は起き上がって、起き上がって相手の顔を見ようと前に出て来た。3人は寝たままだが、5人が手を叩いている者が見える場所まで出る。

 そこには背の低い男がいた。

「さあお兄さん、膝をついて額を出して」

 病人の若い男は何だ一体という顔持ちで膝をついて、左手で前髪をかきわけて額を出す。

「そのまま!」

 背の低い男が人差し指と中指をその額に当てると、体が黒い霧に包まれる。

 周囲はどよどよする。

「心配ありません。手品の類ですから」

 霧が晴れると一回り大きくなった男がいた。

「どうです?体が軽く、気分がいいでしょう?ほら、取ってください」

 背の低い男は小さな薪を持って、目の前の男に弧を描いて投げる。

 男は両手で掴みかかるが、早すぎて薪の下を両手で挟む。薪の押された部分が凹む。

「すごい力でしょう?寝たきりだったあなたが鍛えればそれ以上ですよ。寝込んで失っていた時間などすぐに取り戻せる…」

「体が軽い…こんなに動きやすく…これが俺の体なのか?」

「ええ、そうです。どうです、皆さんも治しましょうか?」

「代償は?」

「そうですね…。あまりにもすばらしいものだから、ついつい過信してしまうかも。僕は人を救えればそれでいいのですよ」

「これを手に入れないなんてありえないぜ!」

「フフフ…お喜びのようだ」

「君は一体…」

「僕ですか?僕の名はイリトット。あなたたちを救いましょう。僕の力を使って。フフフ…」

 イリトットはニタリと笑い、行動を始める。


 ノーマの居る病室。鏡の前に花瓶がある。鏡にはレオンたちの様子も映っている。

 ルードはノーマの近くについて、ノーマに自分が仲間を連れて来たことを示すように、しかし目を合わせることなく、レオンたちの方を向いて言う。

「こいつの名はノーマ、俺の妹だ」

「あら?死神?」

 ノーマはレオンとナレルを見て声を出す。浅い呼吸から繰り出され、口で微かに抑揚をこめたその声は、自身の不甲斐なさを嘲笑うかのようなものだった。

「おい!」

「残念ながら違う。目当ての客人でなくて悪いな」

「どうにも死神と人の区別がつかないわ。色が薄くて、何も分からない」

「おい、失礼なことを言うな!」

「いいよルード、そんな余裕がある状態でもないだろう…」

「お前らがそれでいいなら」

 ルードはレオンを見る。レオンは頷き、ノーマの姿を注視する。

「これは…」

 レオンは眉を顰めると、ノーマの手を自身の手のひらに乗せて近くで見る。ノーマは全く動じる様子はなく、引っ張られた手を見つめる。

「手には特にないか…喉や肺に何かがへばりついている…」

「見えるのか。そういえば、不思議な目を持っていたな」

「ルード、君はこの子の病気を知っているのか?」

「…ああ。しかし、ノーマが病気であることを思い出させたくない。病気を忘れて、面白いことを思い出して元気を出して…」

「無駄よお兄ちゃん。面白いことなんて思い出せない。昔、なんであんなので笑えたのか不思議だわ。面倒臭さが先に来る」

「う…」

 ルードは妹の顔を見ることができずに、周囲に視線を落とす。

「これは2人とも参っているね」

「順に解決するしかない。教えてくれルード」

「…肺や気管がだめになってきている。病気はカビによるものだ。原因は東部からやってきたカビ。ナッツ類や果実についていたもので、東部であれば周囲の木から出る成分や風の動き、そこに生息する別のカビなどによって、人に害を与えるほど増殖しない。…しかし、それらの、いわば天敵といえるものがない中部においては、餌がある限り増殖をしてしまう。そうして増えたものを吸い込んで体の中に残ってしまうのだ」

「治療法は?」

「体の中にあっても無害な場所はある。だからそれらは置いといて、体を切って洗浄したり薬を飲んで殺菌、それから体の機能を高めての抵抗だ。もちろん、これらは体にダメージを与えるもので、そう何度も行えないし、余裕があるうちにしかできない…。手術が有効な時間は残り少ないが、体力をつけなければ手術を乗り越えられない」

「そういうこと。過去に投薬も手術も行ってだめだった。これからまたやって失敗するくらいなら、何もせずにいたい。…もう辛いのは嫌だ」

 ノーマは最後にぼそりと呟き、手を引いて横を向く。

「…ノーマ」

 レオンは少女に声をかける。少女は振り向かない、しかし返事は面倒そうな声でする。

「なに?」

「また話したい。いいかな?」

「…勝手にすれば」

 ノーマは毛布を被って横になる。

 3人は病室から出て、庭の植栽帯に腰かける。

「どうすればいいか…」

「ルード、お前は疲れている。休まなければ」

「そうだ。君は自分では分からないかもしれないけど、弱っていてとても人を救えるような状態じゃない。僕らに任せてくれ」

「俺はまだいける」

「だったらそれは大詰めの重要な時に使ってくれ。とにかく栄養取って寝ろ。ナレル、ルードを任せていいか?」

「いいけど、君はどうする?」

「ここに来る前にフォルスの話を聞いて思ったんだ。あれは、感性の鈍った状態だろう。絶えずストレスを受けて、ちょっとやそっとじゃ感じない状態…。色を失った世界から彼女を救い出す」

「任せて大丈夫なのか?」

「任せろ。必ず助け出す」

「頼む…、俺にはもう分からないんだ」

「ナレル」

「分かっているさ。ルードに思い出させてやる」

「ああ」

 レオンは2人と別れて建物の中へと入っていく。

「さ、家に帰るんだ。ちゃんと家に帰ったか僕が見張る」

「その前に、もう少しここで休んでから」

「そんな悠長な…、いや…いいだろう。少し待とう」


 病院の廊下。レオンは階段を上るノーマの姿を見つけた。ノーマの通った階段を上ると、屋上へと着く。屋上には背丈ほどの柵があり、ノーマは柵の前に立って遠くを眺めている。

 レオンはノーマに歩み寄る。

「来たのね。もしかして私を助けるつもり?」

「そうだ」

「何のために?」

「困っている人がいれば助ける。それだけの力を持っている」

「つまり、力の誇示のためね」

 ノーマは淡々と、しかしその声には、挑発を楽しむような音色が混ざる。

「今の君に何を言っても否定的に捉えられるだろう」

「ふふ…じゃあ話をする意味はあるの?」

「楽しそうに話せるじゃないか。それで十分」

「楽しそう…。どうだか、無鉄砲、怖いもの知らず、無謀…いいえ、ヤケクソに話しているだけ。いっそ、あなたが挑発に乗って殴りかかりでもすれば、気分がすっきりするのに」

「……」

「不思議なものね。私は自分に価値が見つけられないわ。それなのに、皆が私を助けようとする。あっさり死ねば楽になれるのに、何かひっかかる」

「それで、助けようとする者では守れないということが、暴力で分かってしまえば大したものじゃなかったと分かってすっきりすると」

「へえ、よくわかってるじゃない。その通り。それなら早く私を痛めつけて」

「……」

「あれ、変なこと言ってしまったかな?まあでもこれで、私と話す意味がなくなったかな?」

「好奇心豊でいいことだ。病気が治ればもっと色々調べに行ける」

「病気ねえ…、私にその治療費を払って、高度な技能を有する人員を割いて、治すだけの値打ちがある?私は何も役に立つようなものは持っていない」

「若いのだからまだ持っていない。だが可能性を持っている」

「可能性?フフッ…何それ。私にあると思う?私は病に伏せていたのよ?大切な若い時期に訓練や教育を満足に受けていないこの私に可能性なんて無い。…何もないからこうしているの」

 ノーマは手をレオンの前に突き出して、何か言おうとするのを制する。

「つまるところ、私は臆病なんだ。私は臆病だから自分で死ぬ勇気がない。1人ではできないけど、2人ならきっと…。あなたの声は私の深部に届く。私の背中を押してくれる」

「そんな目的で来たわけじゃない」

「病室で寝ているお前がこの広い世界の何を知っているというんだ」

「……」

「やるだけ無駄だからというのは、知らないと正常に判断できない。何もしらないお前が分かるものじゃない」

「でも無駄なあがきの虚しさを私は知っている。この身を以てね。病に冒された体がそれを証明しているわ。私には失うものはこの体以外に何もない。何も…、何も無いのだから快調する必要性が見いだせない」

「美辞麗句を述べたところでその幻想からは逃れられないか。俺を見ていろ、君の世界の常識を破壊してやる」

 ノーマはちらりとレオンの目を見る。その後、衝突したみたいに目を離す。

「フフ…。勇気が出て来た、ありがとう…」

「……」

「(あなたの記憶の中にいられるのならば、もう私はこの肉体にこだわる必要はない。もう死の孤独への恐怖は無い)」

 ノーマはニッと笑って、軽い足取りで階段へ歩き出す。

「もう部屋に戻るわ。あなたも今日はもう帰ったら?」

「…分かった。また明日」

 屋上から降りていくノーマを見送って、レオンは一呼吸つくと、階段を降りていった。

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