中部編10
レオンたちは列車から降り、街区に足を踏み入れる。王都のように城砦はない、都市の境界は曖昧で、今もなお膨張している。ここは情報首都ミセオドア。
「この町は我が国のほぼ中央に位置するんだ。法律によって、ここの出版物や放送物を第一級と呼称するように定義されている。どうにも意図的に誤解させそうな名前だと思わないか?政治家はそういうことする」
「この町が情報首都と呼ばれるのは、情報が集まり、売買されているから。例えば調査や研究結果、主要都市の20代女性の流行とか効率的な工場経営法とか。あとはデザインやアイディアなども物によってはある。新聞や放送も、そういう無形物が取引されているわけね」
「外では買えないのか?」
「売っているものもあるけど、販路を拡大していなければここでしか売っていないものもある」
「自分で研究や調査をすることはしないのか?買わなくて済むけど」
「確かにそうだけど、それでも結局コストがかかるのは同じ。値段の違いなだけ。実験設備が無かったり、十分な人がいないと調べられないこともあって、それは売り物となっている」
「なるほど」
「ここには省庁のうち、司法省、総軍省、情報庁がある。商業やってると裁判が多くて実例を間近で見られるように司法省がある。総軍省は情報収集のためと国の真ん中で外国から遠い場所のここにある。情報庁はその名の通りね。窓口からの情報の入手はこの町からが一番便利だから。3者はあんまり仲は良くない。案内するからこっちへ」
ジェーンは先頭を切って歩く。レオンとナレルは周囲を眺める。建物は不揃いに所狭しと並んでおり、時々延焼防止のためか空きスペースがあり、中央に燃えにくい蒸散量の多い木が植えられている。隣の王都とは違い、整っていない様子の町である。ただ、道路と街路樹は直線と等間隔で整理された雰囲気を受ける。横から見れば情報量が多くごちゃごちゃした街並みも、離れて振り返って見ると街路樹の枝葉に隠れてすっきりとしたものである。
ジェーンは門の前に立ち止まる。庭の奥にシンプルな建物がある。国旗が風に揺れており、わざわざ何の建物か説明しなくてもいいと言わんばかりの簡素で整った建物である。
「ここが情報庁。窓口はここにあるから、重要な情報や採用の話はここへ。次行きましょ」
「入らないのか?」
「本部はあっち。あれは窓口だけでダミー。あなたたちには特別に教えるわ」
ジェーンは塔を指さす。その塔はこの町のどこからでも見えるほど高く大きいものである。
塔に着き、中へ入る。壁に広告が多数並んでいる。フロア案内を見ると、1階から9階まで店が入り、10、11、12階は研究所が入っているようだ。屋上階は展望台となっている。
3人はスタッフ用のエレベーターに乗り、扉が閉まる。
「このエレベーターは12階までと、屋上のみに繋がっている。ただし、特殊コマンドで12階と屋上の間、つまり情報庁本部へ行ける。やり方を教えるから覚えておいて」
「教えていいのか?」
「もうだいぶ話しているから今更。それに裏切りなんて許さないから」
ジェーンは操作盤に触れる。光沢のある石板に数字と屋上、開閉マークが浮かぶ。
「12階のボタンを4回押す、次に3、4、5の順に押して、3、2、1の順に押す。7から11のどれかを押して、また12階を4回押す。これで終わり。7から11については、情報庁の1階から5階に相当する。今回は7ね」
エレベーターは動き出し、上へと向かう。間の階には1つも止まることなく、本部へと着いた。 三方を金属板で囲まれ、正面扉の左右に長方形の穴が複数ある。エレベーターは降りるとすぐに閉まった。
ジェーンはカードを穴から向こうへ店、親指でサインを送る。
「目当ての狩人」
「連れ人は?」
扉が開く。その先は正面に仕切り台で目隠しされている。
「さ、入って。ここが私たちの本部。武器はしまわなくていいわ、信じているから」
「圧をかけてくるなあ」
レオンとナレルは奥へ進む。壁の裏側には武器が置かれていた。
奥にガラス張りの円柱があり、その中央に機械がある。その円柱を軸に半円状に席があり、鏡が大量に置かれている。人々はそれに触れて、文字列や画像を読んだり、タイプしている。
「ご苦労だったジェーン」
中年の男が席を立って近づいてくる。
「私は情報庁の副長、フォルス・グリムベインだ。この本部での最高責任者にして指揮官をしている」
「副長…?長官ではなく?」
「長官は幕僚として表との繋がり。外では最高責任者は長官としているが、この組織内での最高責任者は私だ。長官は政治家、副長以下は役人、そんなところだ。客室はここには無いので悪いが、私の席に来てくれ。立ったままでは疲れるだろう」
「いや、必要ない。それより、君らが口にする『予測』の正体は何だ?」
「それを説明しよう。その正体はずばり、あのガラスの向こうにある装置だ。名前はメティス、装置だが私たちは愛情をこめて彼女と呼ぶ。このガラスの向こう側は冷却されているから入らない方がいい。簡単に言うと人工の頭脳だ。ただし、人の物と違って検索能力は遥かに劣るし、忘れる能力は持ちえない。しかし、人より優れているところがある。それは、驚異的な演算能力、記憶力とそこから規則性を見つける能力だ」
二重のガラスの奥には、冷気に晒された装置がある。風は下から上へと抜けていた。
「検索能力が劣るのに規則性を見つけられるのか?」
「ああ。人が思い出そうとして脳裏に浮かぶのに対して、彼女は総当たりで一致するものが多い組み合わせを見つける。時には片方を何倍かしたり何乗かしたりする。それによって規則性を見つけ出すのだ。人の頭脳では一生かかっても終わらないような計算も彼女にかかれば1日で終わる」
「なるほど。しかし、足りない情報の中で無理に整合性を取ろうとするとおかしくならないか?」
「確かにそれはある、しかしそれは人でも同じこと。私たちだって、彼女を全く正しいことを言う存在だとは思っていない。入力する情報だって、人の目から得られるものだ。赤色だとか晴れだとか入力しても観測者の捉えられる情報に限られる。もしかしたら、同じに見えた赤色は違うかもしれないし、この範囲内で晴れとしているが、規則性を見つける上では違う区分けでなければ正確さが低下するかもしれない」
「そうか…それで、なぜだか分からないけどそうなると予測できていた訳か」
「情報庁のみが持つ秘匿された最高級の技術だ。使いたいと思わないか」
「それは確かに…」
「そうそう、検索能力が低いと言ったが、それは彼女自身のことで、私たちがキーワードを設定して呼び出す分には問題ない。消去能力も持たないが、私たちが操作すれば消せる。君たちは西へ向かっているんだろう?西にある門について検索しようか?」
レオンは首を縦に振る。フォルスはスイッチを押して鏡に操作盤を出現させ、文字をタイプして検索をかけた。
「結果が出た。西部地方の首都スナビエにある都庁の中にあるバーク門のことだろう。かつては王宮だったが今は都庁だ。現在は、その門のある塔とその周辺は立ち入り禁止となっている。もっと遡れば他にもあるだろうが精読に時間がかかる。私は他の仕事があるので続きは他の人に任せよう。他に、最高責任者である私でしか答えられない質問はあるか?」
「情報の新しさは?この検索に限らず」
「物によるが…この国の各地に光速で通信する回線を引いており、各地で入力されたものは一瞬で届く。ただ、高価であるのとこの技術が悟られないように回線の数が少ないので、手紙の方が早いこともある。一般公開すれば儲かるかもしれないが、その予定はないので結構な金食い虫だ。ただし、それでも予算が下りているのでそれだけ認められているということだ」
「まだ訊きたいことはあるが、もう少し自分で調べてから」
「ジェーンについていてもらえば、操作を認める。…ただし、ここまで機密情報を話したんだ、敵対は認めない」
「敵対しないと踏んでバラしたんだろう?彼女の予測で」
「さあ、どうだろうな。ただ、君やナレルの能力を考えた上で、黙っていることは損だと思ったというのは真実だ」
「用が済んだら口封じに殺すのか?」
「殺すだけが口封じじゃない。そんなことをしていたらこの組織に忠誠を誓う者などいなくなる。尤もスパイなんてやっていて碌な死に方はしないだろうということは皆分かっているさ。それでも従うのは自分だけのためじゃないからだ」
「俺たちは情報庁に属してない、仲間を守るのとは別じゃないか?」
「自国民や国益となる人に害を与えるものか。隣国の水産庁や司法省じゃあるまいし。…この世界で最も重要なことは信用だ。信用があれば、10の段階が必要なことを1にできる。それによるアドバンテージはとてつもなく大きい。だからその信用を得るための出費は安いものさ」
「なるほど、意気込みは分かった。しかし俺は異邦人。サンクベルト王国の情報庁の従者という立場になってしまうと俺の持つアドバンテージも消失する。今は信じよう。だがこれから先も信じ続けるかはそちらの動き次第」
「フフ…、そうだろうとも…そうでなくては!私たちは期待に添えるように努力する。すまないが、外せない用事があってここで失礼する。ジェーン、後は任せた」
「了解」
フォルスは席に戻り、鞄の中身を確認して階段を上って上の階へと向かった。
「何を複雑そうな顔をしてるの?この塔の外で買ってたら破産するレベルの情報を破格で得られるというのに。簡単なことじゃない?」
「簡単?」
「あなたたちはこの塔の中枢近くにいる。私たちの裏切りを感じたらぶっ壊してしまえばいい。それだけでしょ?」
「物騒だな。本部に戻ってテンションがおかしくなった?」
「ま、でもその通りだ。いいだろう、使い潰してやる」
「お手柔らかにね。大切なものだから壊さないで…」
レオンたちは心強い味方の協力を得た。敵により近づけるであろう。




