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運命の混紡者  作者: Ridge
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中部編9-2

 列車内の個室、少年は外を眺めていると廊下側の扉を開けて入って来る人に気づく。

「誰?」

「少しいいですか?この術の術者を探していて…」

「さあ?僕は知らないよ、それにどうせ出られないんだ。ガタガタ騒がずに静かに過ごしたい」

「何か見ませんでした?」

「何も変わったところはない。寝ていて気が付いたらこんなことに」

「そうですか…お邪魔しました」

「待てナレル、そいつが術者だ!」

「何だと…!」

「僕が術者?何の話を?」

 少年は相変わらず外を眺めたまま動かない。窓ガラスにうっすらとレオンたちの姿が映っている。

「俺の目からは逃れられない。魔術師の波長も、その能力使用時の波長も俺の目には映っている。寝ていたのに、どうして出られないと分かる?」

「へえ、面白いことを言う。その2つの問いに同時に答えよう。僕の魔術で脱出を試みてみたものの出られないから、これはもう脱出不可能だと思ったのさ」

「それもそうだな…」

「分かったら出てってくれ。静かにして欲しいんだ。閉塞空間でパニックを起こす群衆というのは醜い、できることなら見ずに死にたい。鍵をかけ忘れたのは僕のミスだけど、それで終わりだ」

「そうだろう、やはりお前が術者だ」

「しつこいな!痛い思いをしたくなければすぐに出ていけ!君らのような一般人が魔術師の僕に敵うものか!」

「俺たちは別に害を与えようという訳じゃない。勿論、臨戦態勢だというのなら話は別だが」

「その耳障りな音こそが害なんだよ」

「聞き逃してはいけない。俺の目が人間のものじゃないのは話から分かるだろう。機嫌を悪くすればお前にとっての未知の力で襲い掛かるかもしれない。反応もできないような速さで。そんな最期は嫌だろう?」

「脅しているのか。その勇気に免じて話を聞こうか、気が変わったんだ、一体どういう理屈で術者を説得するのか」

「レオン、大丈夫なのか…?」

「問題ない」

 レオンは向かい側の椅子に座る。ナレルは扉のそばに立ち、ジェーンは廊下を戻っていった。

「それで、仮に術者がいるとして、どうするつもりだ?」

「俺たちには目的が分かった」

「へえ」

 少年はそっけない素振りを見せながらも声は興味のあることをみつけたそれであった。

「説明を聞きたいな」

「術者はこの景色を気に入っているようで、永遠とか無限とかそういうものが好きなようだ。自慢したようにアナウンスしていた。そして死ぬという目的に偽りはないだろう。しかし、ある理由により無関係の人を巻き込む必要があった」

「本当かな?恐怖を起こすための方便じゃないか?ここから出られずに死ぬということをはっきりとさせるため」

「それはあると思う、ただしそれは方便ではなく、自分の置かれた立場を自分に語り掛ける意味もある。そして、やはり人を巻き込むことで誰にも聞こえない独り言ではなく、人々の記憶に共有されたものとなり、自分の行動を強力に制約する」

「ふーん、想像に過ぎないけど」

「同様にこの術中に人を巻き込む理由は、自分の行動を制約するためのものだ。それも、アナウンスとは違ってさらに強固な制約。術者にとってはそれほどに死は重い。どうにも俺には、その術者は死への憧れこそあれど、死自体には嫌悪感を感じているように思えてならない。だから後に引けない制約を課して実行した」

「へえ、いい感性を持っているね」

「そう珍しいことでもない。好きなことをしていても、つまらない時期があって、それを乗り越えるために離れられない制約を課す。それに近からず遠からずだろう」

「崇高の存在がその辺のものと同一視されるとむかつくこともあるから気をつけて」

「…なるほど、それはすまない。どうにも君は芸術家気質のようだが、現実世界について教えてもらえないか。分かっていないとイラつかせてしまうようだ」

「現実ね…、まあ喋ってもいいか」

 少年は正面を向く。その目は虚ろに相手を見る。

「僕にとっては虚構こそが現実」

「……」

「この世界において僕の欲望を満たす方法は無い、どうやったって邪魔なものがある。それを満たせるのは芸術…虚構の世界にしかない。本当の自分を表せるのは虚構の世界の中…僕にとっては虚構の世界こそが現実なんだ。生の世界にとても近い、むしろこれを投影したのが生の世界と言ってもいい」

「……」

「僕にとっては現実こそが虚構。人間というのは一人では生きられない。だから人と協調する、上手くやらないといけない。しかし僕は本質的に人付き合いが嫌いだ。人付き合いというのは僕にとっては作り物の偽物、作り上げた虚構を着飾るのみ。物理的に、心臓が動き、血が全身を巡り、呼吸をして頭を動かし生きているとしても、それは生でも死でもない。社会で定義される生の条件にすぎない」

「…分かった。やはりお前が術者だ」

「酷い言い草だ。もう話すだけ無駄だと口をつぐむぞ」

「どうだか、俺以上の理解者は他にはいまい。本当に黙ってしまっていいのか」

「なら教えて欲しい。僕の望みはなんだ?」

「お前の望みは、生きている実感。現実世界においては自分を偽り、不安定な虚構の世界に本心が存在する。生きている実感を望んでいる。死に直面することで生きていることが浮き彫りになるように、憧れる死に近づくことで満足感とそれによる生きている感覚を得る。だが、その臨死は偽物であってはならない、それでは次から本気になれなくなるから」

「ふふふ…そこまで見透かされているのならもう隠す意味はない。そう、僕こそがこの術をしかけた魔術師。だが残念だ。君には間違いがある、それは君以上の理解者がいるということ…」

「誰だそれは?」

「エスログ様だ。彼は僕の一番の理解者で僕を認めてくれた。この計画もエスログ様の立てたもの。だから僕に何を言っても無駄だ、止める気はない。恩人に背くような真似は僕はしない」

「本当の理解者でないな」

「君が何を知っていると言うんだ?」

「本当に分かっているのなら、こんな計画は立てない」

「君は分かってないからそう思うんだ。だから君はエスログ様よりも下だ、いい線いっていたけどね」

「本当にそうだったか?そいつは肯定しただけで、分かってはいなかった…なんてことはないか?」

「な…に…」

「え?……。…自分ですら気づいていない、認めたくないものに相手が気づいていることもある。その言葉を疎ましく思うこともある」

「お前がその言葉を投げかけるものだというのか」

「そうだ。さあ術を解け!エスログの下へ案内しろ!」

「だ、誰がするか…」

 少年の周囲に電気が僅かに発生する。隠しきれない電気が漏れているように、僅かにパチパチと起きる。

「レオン、持ってきた!」

「ヒッ!」

 戻ってきたジェーンが鞄を上に掲げてレオンに見せる。

「蛇があ!なぜここに!」

 獣の目を象ったアクセサリが少年の目に映り、少年はコントロールを失って魔力が暴走して黄金の畑の空間が消滅し、真っ暗闇に戻る。

 ほどなくしてトンネルを抜けて、大草原の途中で列車は停止する。

 外から扉を蹴り破って入って来る者たちがいた。

「何だ?話と違ってミイラになっている様子はないぞ」

「しくじったんだろう、あのバカ。処理する」

「いいのか?随分懇意にしていたようだが」

「は?くたばろうと知ったことか。あんなキモイ奴、歩く災害以外の使い道があるものか」

「エ、エスログ様…」

「げっ、お前…生きていたのか?」

 エスログは廊下に這い出た少年を見つけて近づく。

「嘘ですよね?」

「は?まだ騙されたことに気づいていないのか、弱り切ったお前はもう怖くない。変な術に価値があるだけだ、じゃなきゃお前みたいなキモイ奴の相手をするもんか」

 エスログは少年を踏みつぶそうとするが、少年は引っ張られて逃れる。

「君らが恐れるこの少年を弱らせた相手がいると考えなかったのか?」

「誰だ?」

 エスログは扉を乱暴に引きはがす。投げ飛ばされた扉は廊下に滑って突き当りに当たって止まる。

「棺を突き破るもの、狩人レオンだ」

 レオンは腕を突き出して柄の先から光線を放つ。扉を投げて姿勢が低くなっていたエスログの上を通過して背後の魔族が霧になって消滅する。

「チッ…」

 エスログは重心を落として足払いをかける。ナレルは剣を床に突き刺して足払いを剣で受けて止める。

「くそっ…」

 上を向くと柄の先が光り、胸を光線が貫いてエスログは消滅した。

「ありがとうナレル」

「どういたしまして。狭いから狙いを外すと危ないだろう?止めることで役に立てて良かった」

「良く分かっているじゃないか相棒。さてと…」

 レオンは少年に麻痺光線を当てる。窓に手をかけていた少年は痺れて椅子にもたれかかる。

「後は法に詳しい人たちに任せる。席に戻ろう」

「くくく…無様だな…。これで僕は全てを失うんだ」

「それは違う、それはお前次第だ。現実がどうにもできないものだから、と考えて虚構の方へ力を使ったようだが…果たしてそれはその虚構の中でしか通用しないものばかりだったのか?」

「……」

「その力は悪い方に使ってはいけない。…思っているより強いぜ、お前は」

 少年が目線を上げると3人はもう見えなくなっていた。向かい側の個室の扉が見えるのみ。

「ああ、そうか…。そうだったんだな」

 少年は力を失わせずに良い使い方をしようと決心した。

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