中部編9-1
王都トカ・イザーク、西広場。空高く伸びる白い城砦に日が当たり、構想建造物に囲まれた広場が照らされている。露店が数多く開かれ、王宮は遠く小さく見える。
「さて、これから本部へ行くけれど、本部は隣のミセオドアにある。つまり、この先の農業地帯を抜け、山を抜けた先。円盤車はここでしか使えないから乗り換える」
「乗り換え…別の乗り物か」
「トカ・イザークからミセオドアに行くには陸路、その中でも鉄道が早い。30分で着く」
ジェーンは降りた跳ね橋の先にある列車を指さす。2本のレールの上に窓付きの銀色の8輪車両が6両連なって止まっている。
「乗車券を買って来るから待ってて。ここら辺は色々売っているから見ておくといいよ」
ジェーンは周りを手のひらで示した後、向きを変えて、建物の方を向く。
「この町へ入る前に預けた武器を返してもらわないといけない」
「私が忘れているとでも?こっちに届けてもらったからそこの門番に言えば、取り出してくれる」
「おお」
ジェーンは背を向けたまま横を向いて指さす。その後手を振って券売所へ歩いていく。
「僕は先に出て取ってくる。レオンはまだ残る?」
レオンは首を縦に振ってナレルを見送った後、周囲の露店を見る。肉や芋を焼いたり揚げたりしていたり、飲み物や菓子類、髪飾りやストラップなどを売っている。
レオンは輝きを感じて小物に近寄る。店員は客に気にする様子はなく商品を磨いている。これを買いたいという声に応じて顔を上げ、椅子から起き上がって値段を告げて売買している。売った後にある商品をじっと見るレオンに声をかける。
「お兄さん、それが気になるのか?裏にも模様があるんだ。手に取って見てもいいよ」
「じゃ、遠慮なく」
レオンは紐で吊られた球体を見る。透明な球の中に獣の目を象った宝石がある。
「これはどう使うんだ?」
「お守り、飾り。黄色の石に縦長の瞳孔の模様が入っていて、後ろの方には金と銀の曲線で模様がついてる。綺麗だろ?実用性で考えたらうーん、そうだな、綺麗なものに囲まれていると気分がいいだろう?きっと役に立つ」
「そうだな、綺麗だから飾る。それで十分だ。じゃあ、これを1つ買おう」
レオンは買って上に掲げて下から回しつつ見た後、鞄に取り付ける。
門の外でナレルと合流する。ほどなくしてジェーンが来る。
「お待たせ。これが乗車券ね、もうすぐ出るからもう乗りましょう。ん?それどうしたの?」
ジェーンはレオンの鞄についているストラップを見て言う。
「えっ?あっ、ほんとだ」
「さっき買った。どうよ」
「猫か蛇に狙われているようで何か怖い、きれいだけど」
「はは、ちょっと落ち着かないね。厄除けになりそう」
「これが怖い人もいるのか。手前側に向けておこう」
3人は乗車券を持って列車に乗る。2人掛けの椅子が向かい合った個室になっており、引き戸で開ける。椅子の裏と頭の上の棚に荷物が置けるようになっている。
「私たちはミセオドアで降りるけど、その北西にあるスギディングスにも行ける。けどその場合は結構長旅だからこうして個室な訳ね。他人の目を気にしなくてくつろげる壁があるわけ」
「へえ、いろいろ考えられているんだな」
案内の後、汽笛が鳴り、列車は動き出す。流れる外の景色が徐々に早くなる。城砦が遠く離れていく。
3人は無言で虚空を眺めている。特にやることがなく、車両の揺れに眠気を誘発されているためである。トンネルに差し掛かり、外は真っ暗になる。
照明が急に消え、暗闇に包まれる。車内はざわつき、車両は動きが止まる。
「事故か?」
「止まってるね。山賊でも出たのか?」
「そんなの聞いたことない。明かりをつけてよ」
「待て、もう少し様子を見よう」
再び動き出す。しかし明かりはつかない。
「こういうものなのか?」
「いや、何かトラブルが起きている」
「調べに行こう。レオン、明かりをつけてくれ」
「明かりをつけると狙い撃ちされかねない。俺の目ならこの車両から出る電波の反射である程度見える。俺一人で行く」
「車両全体を明るくできない?見られているかもしれないと考えれば、相手は満足に身動きが取れなくなる」
「廊下の中心に光源を置けば…」
急に外が黄金色の太陽に照らされ黄金色に輝く小麦畑になる。地平線の向こうまで畑が広がっている。
「トンネルを抜けた…?」
「ありえない、こんな場所存在しない。それにこんなに全く同じ草はありえない。現実ではない」
アナウンスの入る雑音が聞こえ、3人は沈黙して耳を傾ける。
「ようこそ、儂の空間へ。綺麗だろう?」
しゃがれた声が聞こえる。
「この空間に終わりはない。永遠に走り続けてそのまま儂と最期を迎えよう。お話はお終い」
アナウンスはそれきり終わる。外は延々と畑が広がる。
「綺麗なのは確かだ。心中はごめんだがな」
「ここから脱出しよう」
「おそらく幻覚の類じゃない、異空間に飛ばす術ね。体系化された汎用魔術じゃない。個人が持つ特別なもの。術師を倒すか、解除させれば出られる」
「術者はどこだ?」
「この車内のどこかにいるはず」
「声からして老人か…」
「そうとも限らないわ。そう誤解するように騙した可能性がある」
「魔術師は波長を見れば分かる。探し出して止める」
「荷物を盗られないように鍵をかけておいて出よう」
3人は部屋から出て廊下に出る。
操縦室で車掌はブレーキをかけるが動かない。速度は変化せずに列車は動き続ける。
「無駄だ、やめた方がいい」
「お前がこれを…私たちをここから出せ」
「それはできない相談だな。僕たちはここで死ぬんだ」
「誰に諭された?」
「諭される?これは僕の考えさ。そうだな…エスログ様は僕の考えを後押ししてくれたという意味なら君の答えになるかな?」
「なぜ死ぬ必要がある?」
「この機を逃す気はない。僕の力が有効で、感性が死んでしまう前に」
「それらを失っても生きられる」
「そこまでして生きたいとは思わないな。君は理想の死というのはあるか?」
「何を…。天寿を全うして死にたい、その質問に何の意味がある」
「質問の意味か。君は僕が分からないから、僕は君に説明をしようとしている。でも考え方が違うと説明が伝わらないから確認さ。そのことを意識して次の説明を聞いてということのね」
「それほどの自身があるのになぜ死にたがるんだ…?」
「まあ聞きなよ。理想の死というのは、死の世界に近いようで最も遠いところにある、むしろ生の世界の中央近くにある。というのも、通常の死というのは理想的とはいいがたいものだ。それは残酷で悲しみに満ちたものだ。理想の死というのは生きる希望なんだ。逆に、この死に方は嫌だと言う生きる強い意志。対して、病人や蛇は生の世界にいるようでその本質は死の世界に近い。逆にこうしなければ死ぬというものを明白に映す。目をそらそうと、その醜い腫瘍や鋭い目が理想と程遠い現実の世界へ引き戻し、さらに死の世界をまざまざと見せつけてくる。要らないんだ!そんなもの!」
「……」
「ああ、ごめん。気が高ぶって。ええと、そうそう、お待ちかね、僕の理想の死というのはね、僕の空間、美しいこの終わりのない空間で僕が美しいと思って幸福感を噛みしめて意識が遠のいて死ぬこと。しかしこれが矛盾を孕んだ存在であってね、僕はその死への羨望に生きる希望を感じているわけだが、実現するとそれは生の世界ではなく死の世界にいたことになるんだ。だから僕は1人だと途中で出て行ってしまう。だから出られないような楔が要る。…もう分かったかな?楔は君たちだ。外に出れば僕は刑務所行き、能力は剥奪されてもう戻らない。だからもう戻れないようにした。機を逃さないというのは、僕の力も感性も衰えを感じてきているから失う前に、ということだ。分かったかな?そして…」
拳を空中で止める。拳は透明なクッションに包まれたように動かない
「僕は魔術師、一般人では僕を止められない。さて、僕は席に戻るよ。大人しくしていてね」
車掌に電流を浴びせて体を動かし、椅子に座らせる。
「さて、時間が惜しい、じっくり眺めよう」
姿を変えて部屋に入って外を眺める。
列車は止まることなく、無限に広がる黄金の畑の中を走る。




