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運命の混紡者  作者: Ridge
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中部編6-1

 魔術学院の横,並木道で校舎と仕切られた寮がある.寮からも校舎からも互いに常緑高木の枝葉に遮られ向こうがほとんど見えない.風に靡く緑葉が運が良くか悪くか全て開くとき,僅かにほんの一瞬だけ向こうが見える.

 風で葉が擦れ,窓からは頭が冴えるような清涼感のある,しかし安心感もある香りが入って来る.ここは寮の三階.

「クラン,早く行こうよ」

 長い黒髪がさらさらと風に揺れる.クランと呼ばれた少女は窓を向いて立ち止まっている.体と平行に両腕と胸で本とノート,筆箱を挟んで立っている.

「クランってば!」

 クランはびくっと揺れた後,声のする方を向く.横を向き黒い横髪に隠れていた金色がかった緑の目が声の主を見つける.

「あ…ごめん.ぼーっとしていた」

 クランは走り寄る.


 クランたちは寮を出て校舎へ向かう.少女を見つけて声をかける.

「アカリ!」

 アカリと呼ばれた少女は振り向いて手を振る.

「係の仕事?」

「ま,そんなところ」

「次の授業の準備した?遮断室だよ〜」

「大丈夫,鞄に入ってる.今日は係があるから寮に戻る時間なさそうだったから」

 授業が1コマ目と3コマ目にあるというように,時間がある場合は持ち運ぶ荷物を減らすために寮に置いてあることが多い.

「遮断室か….あの電気出す術はうるさいから嫌だな.音やら光やら出してエクセルギー低そう」

「そうそう,うるさくて嫌.きれいなんだけどね」

「指から電気が出てどうするのさ」

「きれい.それだけじゃない?」

「……」

「どうしたのクラン,アカリの顔を見つめて」

「ん?私に惚れた?」

「そっ,そうじゃなくて…」

「じゃあなあに?」

 アカリはクランの後ろから両腕で胸の下を囲んで後ろから抱き着き,頬を背中に当てつけて下から上へ動く.腰の後ろに胸が当たる.

「準備いいなあ…って」

 背中のなぞる動きが止まり,胸の下にかかる圧が一瞬強くなる.背中から重みが消え,腕も離れていく.

「ああ,2度目だからね,最初から持っていればいいやって気づけたの.何か変?」

「ううん.…ちょっとびっくりしただけ」

「ひどーい,私を馬鹿にする〜」

「違うよ〜.ごめんってば〜」

 アカリはクランの肩を掴んでゆする.クランは笑いながら揺られていた.

 近づく人の気配に気づいてクランは奥を見つめて肩肘を張る.アカリは硬直を手から感じて,動きを止めて後ろを向く.大人の男2人と,その前に1人の女がいる.その女は少女たち近づき,男の1人は腕を組んでその様子を見ている.

「あなたたち,ここの生徒よね?敷地内の墓の入り口知っている?あの森の中なんだけど.さっき聞き忘れてね」

「知ってる?」

「知らない」

「怖くて行ったことない」

「私…知ってる…」

 アカリの発言に周囲は注目する.

「北側に木と木の間が離れているところがあって,そこから入って反時計周りに進むと道が出てくるからそこから奥まで行けます.草が茂っていて一見通れないように見えるけど通れます.ある程度進むと道が見えるから分かります」

「分かった,ありがとう」

「棘のある葉があるので気を付けてください」

「気を付けるね,ありがとう」

「迷いそうなので案内しましょうか?」

「…….いや,いい.こっちには目がいい奴がいるから大丈夫」

「ん?俺のことか?」

「君のことだろう」

「(アカリ…また,そうやって人に優しくして….そうやって誰にでも….一度痛い目を見ればいいんだ,そうすれば止めるはず.恩を仇で返すような…,気があるんだと勘違いした子に強引に迫られるような…,いいや,その差し伸べる手が焼け爛れて恥ずかしくて見せられなくなってしまえば…,…!)」

 クランは我に返って前を見る.目のあった男は優しく微笑んだ.

「(自分が嫌になる.どうしてそんな酷いことを思いついてしまうんだろう….アカリは何も悪いことはしていないというのに.私はただ…….やめよう,考えていると本当に起きてしまうかもしれない)」

 3人はクランの横を通り過ぎていった.

「何だったんだろうねあの人たち?」

「誰か先生の知り合いじゃない?止まっててもしょうがないし教室に行こう」

 少女たちは教室へと向かった.


 少女たちは授業を受け,電気を制御する方法を学ぶ.

「私たち魔術師は世界中に普遍的に存在する魔力を作用させて別の形に変えることができます.しかし鍛えなければ上手く使えません.呼吸するのはごく当たり前にできますが,それを短距離の呼吸や長距離の呼吸,水泳時の呼吸など使い分けるには訓練が必要です.正しく覚えずに変な癖がつくと直すのが大変です.焦らず正しい制御法を身につけましょう」

……

「休憩がてら小話をしましょう.電気については,上手く使えるようになれば脳や脊髄を介さずに体を動かすことができるようになれます.その精度が高ければ相手の手を動かして針に糸を通すようなことも可能です.汚染が漏れないように壁で隔てられた向こう側のアームを人間の手のように動かすことも可能です.それらができる人は限られていますが,それゆえに高い給料が払われます.電気分解も使い勝手がいいので,基礎となるでしょう.どうです?いいものでしょう?」

……

「魔界という場所には,この世界よりずっと濃い魔力が存在するとか.私たちが行ったら寿命が縮まりそうですね.少量なら便利に使える上,耐えられますが,多いと体に悪いのです.…もう時間ですね.今日はここまでです.続きは次の時間にしましょう」

 授業が終わり,少女たちは机に置いたノートなどを畳み,集める.

「先に行ってて.私はこれから先輩の手伝いがあるから」

 アカリはそう言ってノートを抱え上げる.

「手伝い?大変なの?」

「うん.でも私が手伝うから大丈夫だよ」

「危なくない?」

「全然危なくないよ.簡単な研究のお手伝いだもん」

「私も行っていい?」

「だめ.研究内容は秘密だから」

「なんでアカリだけ?」

「秘密」

 アカリは右手人差し指を唇の前に軽く当ててニッと微笑み,小走りで廊下へ出ていった.


 敷地内の一室.巨大な装置がうねりを上げている.そこに背丈が不揃いな何人かがいる

「今日も手伝ってもらって悪いね.この繁忙期を乗り越えれば終わりだから」

「変なこと言わないでよ.終わっても来るから」

「そういう意味と受け取っていいかな?」

「うん,先輩は素敵だもの.だって」

 アカリは顔を上げる.その瞳には相手の髪の乱れた男の姿が見える.

「大人だから」

 瞳に映る影は,顔を正面から反らし首を傾けつつ右手で前髪を横へ流す.

「そうか.そして君は素敵なレディーだ…」

 そういって男はアカリの軽く頭をポンと叩いて振り向いて歩いていく.残された少女は椅子に座っている.頭と腕に配線の伸びた輪を被り,輪の先が固定された椅子に腰かけて目で跡を追う.

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