中部編5
ジェーンに案内されてレオンとナレルは理事長室へ来た.しかしちょうど理事長は外出中だった.
「ここにいないことも想定済みなのか?」
「いいえ,想定外.職員に聞いたら偶々外出中らしいからここで待つ」
「どんな人なんだ?」
「理事長は元王族で,3代前の王の妹の家系.今は一般人よ.母親思いで,聡明で表情豊かな人.若い頃は効率重視の仕事で改革して,それが済んで今は大人しくなってる」
「ん?ナレル,どうしたんだ?」
ナレルは石を見つめて近づく.ドアのすぐ横にある机の上に紙を敷いて置いてある.黒い表面が割れて中の結晶が覗いている.ちょうどドアが開いて3人はドアの方を向く.若い男性の教師が部屋に入る.
「あ,失礼しました.先生なのですが,どこに行ったか分からなくて…」
「いつもそうなのですか?」
「はい,気分転換に学内を散策されます.池の前や林の中によく行かれます.今回もそうとは限りませんが….仕事があるので戻って来るとは思いますが,寝ているのかもしれません」
「分かりました.急な訪問でしたのでこちらの準備不十分です.もう少し待って考えます」
「申し訳ありません」
「お気になさらず」
教師は石を見つめるナレルに気づく.
「それが気になりますか?」
声がやや上ずっている.
「ええ,これは西部のどこかで見たような…」
「私が買ってきた西部にある黄の都,コウオミで買った土産です.国家機密かつ一子相伝でもう失われてしまった結晶化技術ですが,残ったものが売っていました」
「ああ!道理で見たことがあると!行ってみてどうでした?」
「話すと長くなりそうです.私の研究室で座って話しましょう.それと敬語はいいですよ」
「なら僕にも敬語は不要.行こう」
ナレルはジェーンを見る.
「私はここで待っているからいいよ」
「じゃ,また後で」
ナレルは外に出ていった.
「…2人きりだな」
「…そうね」
「この際だから言いたいことがある」
「…それは?」
レオンは窓の方へ歩いてジェーンの正面を向く.
「ナレル,そしてダウン一族は俺の協力者であり仲間だ,信用している.対して君はいつも分からないばかりで通して,君らを信用できない.君自身はいい人だろう,しかし上司はそれを利用して,信用してもらうような情報を渡さずに信用させようとしている.君ばかりを責めているわけじゃない」
「今度帰った時に上に伝えておく.私もこの機会だから言うけど,都合のいいこと言ってるよね?個人的には気にくわないけど,組織の代表としては従うしかない」
「程度によるさ.本当に従うしかないのか?しかしすぐに答えを出すことはない.今はまだ俺を見てろ」
「…分かった」
ナレルと教師は椅子に腰かけて話している.部屋に他に人はいない.
「…聞けば聞くほどすごい都だ.特に町の壁や床を宝石で覆うなんてここじゃ無理だ」
「彼らにとっては宝石ではなく,素材の1つという扱いだったことだろう.大昔の話だが」
「朝は長閑な音色が聞こえてくることから始まり,果物を齧って糖と水を補給する.町には青果が途切れることなく店頭に並び,青い香りが目を覚ます.広場の中央,朝に帆を張った風車が回転,日中に曲が流れる.花が常に何かしら咲き街道を彩る.遠くの道,空を映して空の中のよう.道より低くに川がある.川の浅瀬,木陰の向こうに小鳥が水浴び.囀り見まわし水に潜り出る.木の上にて羽を乾かす.日昇,いまだ始まったばかり.…これが昔の様子か」
「ゆったりとした朝は羨ましい限り.私は朝中々起きれないからね」
「しかし,今は見る影もない.ほとんど砂漠だ」
茶を飲み,一息つく.
「かつての文明はここからさらに西の方で栄えていた.この国の西部とその更に西にある三日月諸島連合王国がこの地域の中心だった.しかし今は西部には砂漠が広がり,ミカヅキは先進国から途上国へと戻った.なぜだと思う?」
「搾取されているから?」
「それは結果であり,理由ではない」
「気候変動?昔とは大分違うと聞いたことがある」
「1つはそうだ.もう1つは何だと思う?」
「統治者がバカだった?」
「時々現れるが,それは砂漠化に繋がらなかった」
「…分からない」
「答えは人間の生産活動だ.農業,工業…といったものが原因だ.なんと1000年前の人口,今より10分の1以下ですら不毛の地にできるのだ.人の増えた今はもっと危険な状態であるのは分かるだろう?」
「何が起きたらそんなことに…」
「まず気候変動だが,西の方では過ごしやすい春と秋が縮まり,厳しい夏と冬が長くなった.それによって人の活動時間も能力も減少し,さらに作物も家畜も魚も生産が減少した.対してここ中部は夏や冬が伸びたとはいえ,耐えられないことはないレベルだ.西から有力者が逃げていって富はここ中部に流れていった」
「中部の有力者はその子孫と噂されるな」
「それは噂に過ぎない.それを存続できるとすれば王室のような地位が無ければ無理だから」
「そういうものか….もう1つは?」
「もう1つの不毛な土地に変えた人間の活動だが,農業や工業のために地下水をくみ上げ,川をせき止め,水や土砂の圧が減って海水が陸地へと流れていった.塩害化した土地で植物は育たず,砂漠となっていった.かねてより森林伐採で広げていった生活圏に加え,塩害で使えない土地を捨てて使える土地を目指して森林を切り拓く.そうして今の僅かな住処を残して砂漠へと変貌したんだ」
「どうやって止まったんだ?」
「豊かな支配地が独立して貿易を止めた.生きていけなくなって周辺国へ奪い取ろうと攻め込んだり,仲間内で殺しあい,敗者は奴隷として外国へ売り飛ばされ数が減って止まった.その後も若者がいなくて消滅した集落があり,現在の西部は僅か7つの都市しかない.これらが残っているのは,戦略的要衝であるから支援を受けているのであって自活しているとはいいがたい」
ナレルは物音を聞いてドアを見る.ドアは僅かに開いている.
「陸だけではない.海中はよく見えないことから,魚の取り過ぎや底引き網での海底生物の住処の破壊を気にせずに行い,結果として生物の乏しい海となった.庶民の食料を作り出すことはできなくなり,支配構造の崩壊の遠因となったのだ」
「部屋の前に誰か来ているんじゃないか?」
「部屋の前の近くに外への出入り口がある.その音だろう.いつものことだ」
「そうか…ならいいけど…」
ナレルはドア付近の影を見,耳を澄ますが,人がいるのか分からない.
「私たちがもし,宇宙人に生活を観察されたとしよう.朝起きてから夜寝るまで遠くから見えるところまで見る.すると,こう思うはずだ.人間たちは排泄物を出さない,部屋に置いておくと照明をつけることができる…と」
「…なるほど.遠くから見れば,水道も燃料も見えないところにある」
「そうだ.人間も自然相手に同様の見方をしていないか?土に種をまくと作物が育つ,肥料は可能な限りやるといい…,いいやだめだね,土中の生物のことを考えていない.彼らを殺してしまうような農業は続かない,土地が死に,再生に時間がかかる.はて,何百年,何千年かかることだろう」
「僕たちが付き合わないといけない問題か…」
「そう.本来…そうだよ」
「?」
「人は愚かだ.自分たちでは上の代が怖いから変えることはできないと言い,かといって余所者が口を出すなとも言う.不安をぬぐい去ろうと十分に検討されていない対策をして,それで満足する.皆やっているから自分だけ無駄にコストをかけるのは無理,というのは分かるさ.だってそれをどうにかするのが法なのだから.だが,話し合う気がない相手には考えられる唯一の方法を使わなければならない.数が減れば止まるんだよ」
「何を言っている?」
「分かっているだろう?簡単な方法だ.この機会に,それをあえて選ばないのは舐めている」
「この機会…?まさか魔族の…」
「ナレル・ダウン.お前は同意できないか」
ドアを開け,眼光の鋭い男が部屋に踏み込む.
「ユーム,2人で話しているんだ」
「上手くいきそうに無いじゃないか.こいつは俺たち魔族の敵.仲間に引き込めないのならば容赦は要らない.あの狩人のことを喋れるだけ喋ってもらう」
「お前が唆したのか?」
「人聞きの悪い.俺がいただけだ.鍵のかかった箱の前にバールが落ちてきたら,それを使うのが上策だろう?」
「そんな上等なものじゃない.お前は災害だ」
「災害か,それもいい.ただし天災だ.人災は原因を憎むが,天災はどうしようもなく受け入れ,忘れるしかないのだ.俺たちとお前たちとの間にはそれほどの力の差がある」
「もしそうだとして,嵐に対して剣で立ち向かうかな?」
「剣じゃないなら何ができるというんだ?…!」
ユームは地面の焦げ跡に気づく.ナレルの指輪に目を向け,光こそ見えないが直進すれば焦げ跡に一致することに気づく.
「貴様!仲間を呼んで…」
ユームはナレルに手を伸ばす.背後から現れた光る縄に首を引っ張られて地面に倒れる.
仰向けで頭の先を見ると,曲げた膝を起こし縄を消して柄の先を構える姿があった.
「待たせたなナレル」
「貴様は…」
「地を払う旋風,狩人レオンだ」
レオンは光線を放ち,ユームは横転して避け飛び上がる.レオンが構えるとユームは正面にとびかかり,右腕で殴りかかる.レオンは刀身を出して左足を下げて避け,次の瞬間に前に踏み込む.拳を引く前に首筋に剣で斬り払いつつ,押し込んで前へ抜ける.ユームはのけぞり首には跡がつくものの,斬り落とせない.レオンは後ろを向いたまま手だけを動かし,刀身を消して光線に変え,距離を取ろうとするユームに光線を浴びせた.霧となって消滅した.
「ありがとうレオン,助かった」
「遠慮するなよ,これからもどんどん呼べ」
「そうさせてもらう」
「……」
「…見ただろ?頼ろうとした力は消えてしまった.もう馬鹿なことは考えないでくれ」
「すまない….悪い夢を見ていたようだ,そんな短絡的な思考に陥るとは…」
「君は世界が狭まってしまったんだ.休もう,別のことをしよう,そうしたら分かるはずだ,まだまだ捨てたものじゃないということが」
「そう,か….ありがとう止めてくれて.これからはもう同じ間違いはしない」
「できるさ.君ならきっと」




