中部編3
レオンとナレルは城壁のそばに車を停めて降りる.その壁を見上げる,下の方には絵が描かれているものの,上の方には何も書かれていない.点検用の足場が5層ほどあり,所々に鳥の巣がある.レオンは目の前の冷たい風が噴き出てくる塔,城砦と一体化した塔を見上げる.
「それは採風塔.この地域は湿度が高いから乾きにくい.さらに,ここは城砦で囲まれているから風がなくなってしまう.そこで作られたのがこの採風塔だ」
「似たような形のものがあちこちにあるな」
「この塔の内部は上から見るとXの形をした仕切りがある.どの方向からでも高いところにある強い風を受けて,仕切りにあたって下へと流れ込む.採風塔は城砦に取り付けてあって,町の外縁から空気を中央に送り込んで,古い空気を中央から上昇させるわけさ」
「なるほど」
「ただし,障害物があると風通しが悪くなる.この道路から塔が見えるだろう?あれは吸気塔.車道や水路がこういう風の道を兼ねているんだ.あの塔は中心が吹き抜けになっていて,煙突効果で空気を吸い上げているんだ.これが2つあって,あの塔は東側の担当だ」
「へえ,よく考えられているんだな」
レオンは採風塔の近くへ行く.
「近くには何も置いてない.まるで掃き清められたみたいだ」
「空気が澱んだら町全体が困るからね.暗黙のルールさ」
「この城砦,上に登れるのか?」
「転落の危険があるから一般人は登れないよ.見回りの軍人と点検の施工管理業者だけ」
「見晴らしが良さそうだ」
レオンは柵の奥にある梯子を見る.ナレルは視線の前に立つ.
「駄目だ.見晴らしがいい場所は他にある.あの吸気塔なら最上階は見渡せるようになっているから」
「そういうことなら早く行こう」
レオンとナレルは車に向かう.近くに別の車が止まる.
「あなたがレオン?」
扉を開けるなり初対面の相手に怯むことなく妙齢の女性が尋ねる.
「誰だ君は?」
「私はジェーン,あなたへ依頼をしに来た.まず場所を変えたいのだけれど…」
「怪しいな.俺のことを知っているのか?場所はどうやって?」
「…情報首都ミセオドアにはあらゆる情報を集積し,解析する人知を超えた装置がある.信じられないでしょうけど,あなたがここに来ることも,あなたがどこに行けばいいのかも予測できる」
「そんな話は聞いたことがないが?」
「だって機密だから.あなたも知らないでしょう,ナレル・ダウン」
「なぜ名前を!?」
「だからその装置の力だって.その機密を話すくらいなんだから信じてもらってもいいじゃない?」
「…なるほど,俺の好みの態度や喋り方まで知っているのか.その練習の努力に応えよう」
「行くのかレオン?車返さないといけないんだけど…」
「それなら,そこのお爺さんに天気の話をしなさい,その人が返してくれるようになるわ」
「?」
ナレルは言われた通りにベンチにかける老人に話しかける.
「こんにちは.いい天気ですね」
「ああ,こんにちは.本当にいい天気だ.昔は城砦が無かったから木は流されるわ,突風で木がへし折れるわだったからこんな木陰は無かった.天気のいい日は眩しくて暑くて辛かった」
「それはよかったですね.僕は山育ちで暑いの苦手だから助かってます」
「しかし昔はもっと多くの鳥が来ていたんだがな.いや,町の外にはいるのか?」
「見てみないと何とも言えませんね」
「ああ,風に当たっていたら時間を忘れていた…そろそろ戻らないとな.…車で来ればよかった」
「よろしければあれを使ってください.僕は使いませんので」
「いいのか?それはありがたい,では達者でな」
ナレルは老人を見送る.
「本当に車を返す手間が省けた….どうして分かったんだ?」
「仕組みは分からない.しかし,人の頭では処理できない膨大な量を読み込んで,何らかの法則性を見つけ,それに沿って得た解だろう」
「学者要らないな,もう.特に地震とか天気とか」
「未知の情報がある以上完璧ではない,ある程度は現在と地続きの発展形とはいえ….それに大事なことは,その学者たちがいないと装置に組み込む式が作れない.その知見を活かした発明だってできない.役割が変わる過程で人員整理はあるかもね」
3人は車に乗り込む.レオンとナレルは後ろの席に乗る.
「どこへ向かうつもりだ?」
「答えられない.教えてはいけないと判断された」
「なぜ?」
「分からない.ただ演算結果があるのみ」
「……」
「事前に知っていれば準備ができる.僕は全国を旅したからある程度は話せる」
「それでも教える気はない」
「…….目的地へは迂回しているのか?」
「……」
ジェーンは強張って表情を変えない.
「目的地を教えれば迂回しているか否か分かるかもしれない.だから教える気がないということか?」
「教える気はない」
ジェーンは尚も口調を崩さずに事務的に答える.
「レオン,どういうことだ?」
「最短の道では何か起きると予測しているのではないか?俺たちをより安全に目的地へ運ぶためにそれを避けている」
「なるほど,予測できるのならありうる」
「……」
「教えてはくれないのか?誠意が足りないのでは?」
「何と言われようと教える気はない」
「分かった,もう降りる」
レオンは扉に手をかける.安全装置を取り外して扉を開く.
「待った.私たちの協力は必要ないというのか?」
「構わない.元々身に余る話だったということだ」
ジェーンは鏡で後ろをちらりと見る.レオンの髪や服の袖は風を受けてはためいている.
「仮にも,仮にもだ.私があなた方を安全な方法で届けているとして,それのどこがいけないというんだ?」
「困っている人がいると分かっていながら避けるようなことはできない」
「私たちが出会わなければ関わらない人たちだ.責任を感じる必要はない」
「でも出会ってしまったじゃないか」
「…….しかし予測は絶対じゃない.入力されたデータと人の作り出した式からはじき出された演算結果に過ぎない」
「なら同じことだ.避ける選択を取らなくてもいい」
「違う.少し変えるだけでもしかしたら発生するトラブルを避けることができるなら,避けた方がいい!」
「…どうやら勘違いがある.俺は君の,いや君らの想像よりも強い.…だから心配要らない.寄り道に付き合ってくれないか?」
ジェーンは息を吐いて背もたれに寄りかかる.
「分かりましたよ.私はあなたと,私の勘を信じます」
レオンは扉を閉める.
「行先は都立魔術学院.ここから先が迂回する予定だったルート」
車は左折する.他の円盤車の上を滑って奥へと進む.
「予測ではこっちに行けば,魔族にボロボロにされる人間だった者がいる」
「なるほど….窓を開けていいか?このままだと反射して危険だ」
「…それなら仕方無いですね」
レオンは扉についているハンドルを回して窓を開ける.
歩道橋の上,岩を詰めた鞄を背負った男がいる.一瞬ジェーンと目が合い,鞄を両手で持ち上げて上に掲げる.直後に光線が胸を貫いて黒い霧が噴き出す.鞄を支えられなくなり,肩にのしかかり,膝をついて地面に崩れる.霧が晴れると人間が気絶していた.レオンとナレルは後ろを見て,人々が駆け寄るのを見て前を向いた.
「彼を人間に戻した.あの様子なら周りの人が助けている.なぜこの車に狙いを?」
「もしかしてこれ?」
ナレルは足元のケースを開ける.
「ああ,なるほど…」
トンネルの内部.横に広がる空間で魔族が2人で話している.
「おい,戻ってこないぞあの馬鹿」
「もう任せてられるか,行こう.じゃなきゃリオグミカ様に怒られるのは俺たちだ」
「ったく,置き忘れるか?普通」
「全くだ.しかしこいつらの車は共用だから面倒だ」
「11の駐車場ならどこに置いて行ってもいいからな.元の場所と決まってないのがまた…」
2人は愚痴りながら歩き出した.
「もしもし」
2人の後ろから誰かが話しかける.
「君たちの探していたのはこれかな?」
ケースを見せるナレルがいた.
「お前,それをどこで手に入れた?」
「これは君たちの探しているものか?」
「そうだ,それは俺たちのものだ!」
「だそうだレオン,当たりだ」
ナレルはケースを上に投げて2人から距離を取る.2人は目線に気づいてトンネルの先に人影に気づく.
「誰だお前は?」
「逃れられぬ渦,狩人レオンだ」
「そうかお前が!手柄は俺たちが頂く!」
レオンは柄を前に構える.2人は地を蹴り,壁を蹴り,天井を蹴ってレオンにとびかかる.1人目を前転して避け,光線を浴びせる.起き上がり,後ろに跳ねて2人目をかわす.正面から直線で殴りかかるところを光線で貫いた.2人は霧となって消滅した.
ナレルは鞄を拾いあげる.開くと札束が詰まっている.レオンとナレルは車に向かう.
「これはどこから出てきたのか不明ね.用途はおそらく現金でしか買えない買い物」
「こんなの持ち歩てたらヒヤヒヤする.どうする?」
「警察に届けておけばいい.落とし物として処理してくれるはずだ.この町の警官は大丈夫だ」
「ま,それでいいか.それが済んだら目的地へ行こう」
「ええ.行きましょう,都立魔術学園へ」
2人は車に乗り込み,その場を後にした.




