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空想学園シリーズ

ヒーローは少年と逢い、赤ずきんとオオカミ少年は漫画家と出逢う

作者: 文房 群

「…………ない」



 そう呆然と呟いた広瀬(ひろせ)は、自分から血の気が引いていく音を聞いた。

 いやそんなはずはない、という、認めたくない気持ちと、きっとちゃんと持っているという期待から、制服のポケットやブレザーの裏地までしっかり手を入れて確認してみるが、冷たいあの感覚はない。

 もう一度だけ首回りを両手でまさぐって、いつもの鎖が首にかかっていないことを確認する。




「…………ない!」



 いつもそこに『あるはずのもの』は、なかった。



「お? どうした広瀬」



 さぁぁっ、と潮が引くように青ざめた広瀬を見て、隣の席の縄跳びの達人こと注連縄(しめなわ)が話しかけてくるが、広瀬にとって今はそれどころではなかった。

 カバンをひっくり返し、机の中を探し、筆箱の中もぶちまける。

 必死で探し物をしている内に普段連む面々が「どうした?」「さあ?」と机の周りに群がり始めたが、彼らに時間をかけている余裕はない。


 だんっ、と机を叩き、自分の身の回りに『あるはずの大切なもの』がないことを確定させた広瀬は、授業開始のチャイムを聞き流しながら一言。



「探して来る…………!」

「え? なにを? つーかどこに?」

「いやそれ以前にチャイム…………」

「探して来る!」

「広瀬ぇぇぇぇ!?」



 椅子を引き、注連縄の横を通り過ぎ、教室の前の扉まで闊歩していく広瀬。

 引き戸を開けると同時、世界史の授業の教師が全く同じタイミングで同じ戸を開けるも、我関せずとばかりに広瀬は教師とすれ違い廊下へ出ていく。



「おい広瀬、授業だぞ! 広瀬!」

「腹痛! です!」

「いや腹痛にしては堂々としすきじゃ…………っておい! 広瀬!? 広瀬ぇぇぇぇ!?」



 早足でその場を立ち去る広瀬を教師は呼び止めるが、無視する広瀬は人気のない廊下を歩きながら考える。

 一体どこで『あれ』を落としたのだろうか。

 一時間目の体育の授業か。それとも遅刻ギリギリのために走った廊下の途中か。下駄箱か。

 今日自分が行った場所、行った事を事細かに思い出しながら、とにかく見つかるまで片っ端から探そうと決める広瀬は、『あれ』がもし見つからなかった時のことを考え――――背中に走った寒気にぶるりと身を震わす。


 考えたくもない。

 もし、なくしたなんてことになったら。



「殺される…………」



 確実に、人気の無い山の中で、埋められる。



「絶対に見つけないと…………」



 嫌な想像をしながら、廊下の隅々にまで目を光らせる広瀬は探す。

 とても大切なものを。


 下手をすれば――――世界を一つ滅ぼせるような。

 大切な、預かり物を。






         〇




 ――――死ぬかもしれない。


 目深に帽子を被った銀髪の少年、ギンは割と本気でそう思っていた。



「ギンとこうして外を歩くのは、初めてですねっ」

「おう、そうだな」



 空は青く、手の届かない場所には白い千切れ雲。

 時折洗濯のため主婦がベランダに出ている以外は、特に変わったところの無い住宅街。

 普段通ることの無い閑静なその場所を、とある用事のため歩くことになったギン。

 周りの目を気にしながら歩く彼の隣を歩くのは、何を隠そうギンが密かに慕っている幼馴染みである。



「あっ。ネコちゃんがいますよ、ネコちゃん」

「おう、そうだな」



 名前をミイロ、という幼馴染みの彼女は、そもそもこの町に来て初めて目にするものに興味深々なのか。

 先程から何かに目を付けてはふらふらと近くまで近付き、無邪気にギンを手招いて「見てくださいよ!」と微笑みかけてくる。

 幼馴染みとしては昔からちょろちょろと動き回る彼女を「落ち着け」と叱りつけたいところであるギンであるが、どうにも本能に近い部分はそれを許してはくれない。


 ほんのり染まった頬。柔らかそうな唇の端から見える八重歯。きらきらと輝く無垢な瞳に、無防備にさらされた笑顔。

 最近幼馴染みへの恋心に気付いた年頃の少年としては、色々と辛いものがそこにはあった。

 視覚的には御褒美である。しかし一方で照れ臭く、あと子孫を残す本能が働いてしまうので目に毒である。


 守りたい、この笑顔。

 そして泣かしたい、この笑顔。



「あ! 犬です! 犬! ちっちゃいけど同族ですよギン!」

「おう、そうだな」



 男としての本能と幼馴染みという信頼関係の間で揺れるギンは、少女に笑顔を向けられる度に葛藤し、最終的に苦し紛れな素っ気ない返事しか出来ないという現状に陥っていた。

 好きな女が隣にいるという幸せと、手を出せない関係という苦しさ。

 その双方からの責苦に、本日何度目になるか分からない嬉しい悲鳴を、ギンは心の中で上げる。


 ――――死ぬかもしれない。

 ――――わりと、今すぐ本気で。



「…………ギン、さっきから同じことしか言ってないです。他の言葉も言ってください」

「おう、そうだな」

「もう…………」



 ぷぅ、と拗ねて頬を膨らませるミイロ。

 なんだその可愛い顔は喰っちまうぞこの野郎ホントに可愛いなおい――――という本音を噛み殺すギンは、日焼け防止のためと真っ赤なフードを被った少女の小柄な背中を無性に抱き寄せたい衝動に襲われる。


 そもそもどうして最近こういう気持ちになるからと避けていた彼女と、一緒に出かけることになったのか。

 元はと言えば現在、住居のないギンとミイロを住まわせてくれているとある男の忘れ物を、届けに行こうとミイロが言い出したことがきっかけである。

 忘れ物ぐらい放っておけばいいものを、どこか頑固で義理堅い彼女は「いつもヒロさんには世話になってますから!」と、言い出し寝間着のまま出掛けようとしたのを見てられなかったから――――ギンは「仕方なく」ついて行ったのた。


 ついて行った先は天国と地獄だった。

 年頃の少年ギン、大いに頭を抱える。



「ギン! あじさいです、あじさい!」

「おう、そうだな」



 ギンの悩みも知らず、公園の近くに咲いていた花に気を取られるミイロは、いつも通りだ。

 ギンの記憶にある様子と変わらず、世の中の殺伐とした部分を何も知らない子どものように笑っている。

 少し目を離した隙に、どこかへ行ってしまう彼女。

 そんな彼女を昔から知る幼馴染みとして、やっぱり放っておけないという庇護欲が働くギンは、ため息を吐きながら小さな背中を追って。



 ――――いや。


 記憶にある彼女と、今の彼女の姿を比べ、思う。



 ――――変わったな。



 と。

 思えば昔の彼女は、どちらかというと家の外に出て遊ぶようなタイプじゃなかった。

 自分から何かをしたいと言うこともなければ、あんな風に誰かに無邪気に笑いかけるような子どもでもなかった。

 いつもの何かの陰に隠れて、様子を伺っているような――――そんな子どもだった。


 そんな、いつも控えめだった彼女が変わったのは、いつだろうか。

 村を出ると言った時だろうか、異世界から来たという少年と出逢ってからだろうか。

 それとも――――



「――――すいません」



 と。そんな思い出を振り返っているうちに、紫陽花のある場所から少し離れた場所に移動していた彼女は、誰かに話しかけられていた。

 見れば彼女に話しかけているのは、二十代後半に見える男。

 ラフにカッターシャツを着崩し、クセのある髪をカチューシャで後ろに流した――――いかにも頭の軽そうな、男だった。


 もしやナンパというものか。

 そう判断したギンは即座に男と幼馴染みの間に割って入り、「何か用か」という意思と敵意を込めて睨みつける。

 これまでミイロの大人しそうな雰囲気に目を付けて声をかけてきた男達には、ギンが一度睨みを効かせれば、そさくさとどこかへ消え失せた。

 今回のいかにもナンパな男もそうだろう。

 そう思いギラリと男を睨みつけたギンは、少しの間目を丸くしていた男と目が合い。



「ああ、ちょうど良かった。きみも来てくれないか?」

「…………は?」



 へらりと、非常にリラックスした笑みを浮かべた男は、眉を顰めたギンに、先程ミイロに言ったことと同じ事を言う。



「ちょっとね、きみ達を取材したいんだけど…………いいかな? まあ、取材料としてボクが奢るから、いいよね。じゃあ行こう!」

「は? ぁ、ちょっと、おいお前…………ちょっと待てええええええ」




         〇



 渡り廊下。体育館。更衣室。階段。保健室前。中庭。校門。グラウンド。昇降口。

 心当たりがある場所を全て探し終え、更には朝に行った記憶のない場所も草の根を分けてくまなく探索して回った広瀬は、がっくりと肩を落としながら上履きへと靴を履き替える。



「ない…………やばい、どうしよう…………」



 とぼとぼと重い足取りで、一度教室に戻ろうと思う広瀬。

 夏に差し掛かった季節のため、むんっと湿気のこもった大気が肌を舐める不快感が纏わり付く。

 毛穴から滲んだ汗が制服が濡れている感覚を味わいながら、失意に表情を暗くする広瀬はいつも『それ』がある鎖骨あたりを指で弄りながら、つい最近同居人となった二人になんと謝罪するべきか、考える。


 広瀬が身に付けていた『それ』は、同居人の二人から貰ったものではない。

 だが、『それ』は二人が元いた場所では至宝とされているものだった。

 それをとある事情から広瀬が預かり、肌身離さず持ち歩くようにと頼まれ、いつも身に付けていたのだ。

 それが無くなることで、広瀬が困ることはない。

 しかし、それが無くなれば二人と、二人のいた場所の人々が困ることになるのだ。

 そのことを広瀬は重々、理解していた。

 理解していた、はずなのに。



「なくしちゃう、なんてなぁ…………」



 悲嘆の息を、吐く。

 謝って許されることではない。

 しかし『それ』をなくしてしまった今、謝る以外にどんな方法があるのだろうか。


 ――――これは命を持って償うしかないか。

 一階から二階へ上がる階段。

 重たい脚を動かし、億劫だと思いながら教室へ戻る道を辿る広瀬は、深くため息を吐く。

 ため息は、誰もいない階段をするりと通り抜けた。


 そして、



「ねえ、キミ」



 誰もいないはずの階段で、広瀬は後ろから話しかけられた。




         〇




 ――――ギンは、目の前にいる男から不信感を拭い取れないでいた。



「へぇぇ…………それでこれまで旅をし続けてきたんだ」

「そうなんです! 私一人じゃ無理だったかもしれないですけど、一緒にギンが来てくれたから、平気でした!」

「おう、そうか」



 さり気なく胸がキュンとするような事を言う幼馴染みに、やはり素っ気ない返事をしてしまうギンは、正面に座る男に目を向ける。

 背負っていたリュックから当然のようにスケッチブックを取り出し、幼馴染みから聞いた話の内容をメモしているらしいこの男は、漫画家であるという。


 ヒトジカ、と名乗った男の職業についてよく知らないギンは、どうにも胡散臭い感じのする彼の行動に目を配りながら、運ばれてきたアイスティーに口をつけた。



 ギンがミイロと共に男に案内されたのは、駅前にある小洒落た喫茶店だった。

 程よく空調が利き、小ざっぱりとした装飾のされた店で、爽やかなレモンティーの香りがどこからか漂ってくる、印象の良い店だった。

 正直慣れない帽子のせいで頭に熱がこもっていたギンが「ここは天国か」と入店直後そう呟くほどだ。座ってしまえば二度と、あの蒸し暑い外には出たくないと思ってしまう。

 室内でも帽子を脱がないギンやフードを外さないミイロに対しても、店員は不審な目を向けず店内の香り同様爽やかに対応してくれる。

 入店してから数分でギンはこの店を気に入った。

 当然取材に応じてくれと言った男が案内したにしては、良い場所である。


 おそらく前もって調べていたのだろうな、と。

 迷いもなくこの店へ足を運んだ男に思いながら、男の質問にころころと表情を帰る幼馴染みを見守るギンは、「ところで」と男から話を振られる。



「きみの話も聞きたいんだけどなぁ…………そんなに警戒しなくても良いと思うんだけど」

「はあ? いい歳した男がこんな時間に彷徨いてんのに、警戒すんなって無理な話だろ」

「漫画家って時間の使い方がわりと自由にできる仕事なんだけどなぁ…………それに今週分の仕事は済ませてるし…………あ、何ならサインと似顔絵も取材料に入れておこうか」

「いらねぇよ」



 と、断ったはものの、どうやらヒトジカという男は我が道を突き進む系統の人間であるらしく。

 リュックから色紙を二枚取り出すと、色紙と共に取り出したサインペンをスラスラと走らせ、あっという間にギンとミイロの似顔絵を完成させてしまった。

 色紙の端には『一字架メザト』というサイン付きである。


 似顔絵のクオリティが高いため、思わず差し出された色紙を受け取ってギンは隣で「ギンそっくりです!」と嬉しそうに顔を綻ばせている幼馴染みと、色紙に描かれた幼馴染みを見比べ、心の中で唸る。

 ――――絵は、とんでもなく上手ぇな…………。



「それで、二人はどうしてこの町に?」



 サインペンを仕舞い、代わりにメモに使用しているシャープペンシルを手にしたヒトジカは「ボクは最近こっちに引っ越してきたんだよ」と一言唱えてから、ギンとミイロに回答を促す。



「あっ…………私達はちょっとした事情があって、以前世話になった人の家に泊まらせてもらってるんです」

「ミイロお前…………」

「そうなんだ。大変だね」



 詳細は誤魔化してはいるが、正直に答えてしまった幼馴染みに注意を促すギン。

 そんなギンの様子を横目に見ているヒトジカは、半分近くまで手をつけていたメロンソーダを口につけると、ミイロの手首を指さす。



「それ、随分高価そうなものだけど…………誰かからの預かり物?」

「これですか?」

「うん、それ。ブレスレット…………にしては鎖が長いね。ネックレスかな? そのまま、ちょっと見せてもらっていいかな? そういうの、ボク結構目が良いから分かるんだよね。色々と」



 指さされ素直に手首を持ち上げるミイロ。

 その手首に巻きついてあるのは、これからギン達が世話になっている者が忘れていった物だ。

 ミイロが手首に着いているものを、机を挟んで反対から見ると言ったヒトジカに、ギンは怪訝な顔をする。

 目利きをするにしても、物と人が遠すぎる。

 そんな状態で一体何を見るのか、と疑問に思ったギンは、次にヒトジカが口にした言葉に息を呑む。



「うん…………鎖と、鎖についてる宝石と、真ん中にある金細工混じりのそれ――――『剣』は、元々は別物だったみたいだね。最近取り付けられた形跡がある」

「なっ…………!」



 さっと、驚愕に顔色を変えるギン。

 ヒトジカはじっと、『剣』のブレスレットを見ながら続ける。



「鎖の造り方は時代は中世…………にしては『剣』の細工が最近のものだね。なのに鎖より『剣』の方が古い。

 宝石は全部で七つあるけど、それぞれが別々の場所で保管されていたみたいだ。一つは火山、一つは海、一つは雪山…………森の奥にある祠、みたいな場所で保管されていたものもあるね」

「お前、一体…………」



 何者なんだ、と。

 思わず立ち上がり、そう尋ねようとしたギンを手の平を翳して遮り、メロンソーダを一口飲み込んだヒトジカは、粛然と言う。



「言っただろう。ボクは人より目が良いんだ。だからモノを見ればある程度のことは分かる。

 それにボクはただの漫画家だ。争うつもりはないし、気に障るようなことがあったなら、謝る。

 ただね、ちょっときみ達と話していい子だと思ったから、言いたくなったんだ。

 未来予知というか、なんというか――――『忠告』をさ」



 トン、と。

 シャープペンシルの底でスケッチブックを叩き、すっとギンとミイロを見据える男。

 ヒトジカと名乗った漫画家は、薄膜のように張り詰めた奇妙な緊張感の中で、告げた。

 ひどく、憐れみのこもった目で。




「これから一年以内に、この町で良くない事が起こる。

 それは誰にも結末は読めない、たくさんの人を巻き込むことだ。

 だから、早い内にこの町から出た方がいい。


 ――――でないと、死ぬ事になる」




 カラン、と。

 水滴の浮いたグラスの中で、氷が音を立ててグラスの底へ傾いた。





         〇





 今は二時間目の授業中だ。

 なので校内を彷徨く生徒といえば不良か、特例として授業の公欠が認められている警備委員会の者か、そのどちらかだ。

 しかし広瀬は知っていた。直前まで、自分のいる周辺には全く人影がなかった事を。

 それこそ姿を形、影すらなかったのだ。



 なのに、誰もいないと確信していたはずの背後から、声をかけられた。



 足音も気配も感じなかった。

 一瞬で背後に立ったとしか思えない声の人物に、もしや幽霊かと、ごくりと唾を呑んだ広瀬は恐る恐る振り返る。

 すると、いた。

 自分が今登っている階段の下、踊り場という場所に、一人。

 いつの間にか、少年が立っていた。


 ぎこちない動きで振り向いた広瀬に、少年は何を感じたか。

 少し困ったように目尻を下げた彼は、小首を傾げなから言った。



「…………その、突然声をかけたのは悪かった。けど、そんな幽霊を見るような目で見られても困るんだけどな」

「えっ。あ、ごめん」



 気配こそ薄弱だが、仕草といい表情といい、それは生きる人間のするものだった。

 咄嗟に謝罪を口にした広瀬は少年へと体を向けて、踊り場降り立ち、正面から少年と向き合う。

 向き合って広瀬が気付いたのは、少年の持つ空気の独特さだった。

 一切の刺がなく、壁がなく、何もかもをさらけ出しているような、隙の多すぎる空気。

 無防備とはまさにこの事を言うのだろうか。

 眠たげな印象のある無表情。だが冷たさというものは微塵も感じず、代わりにひたすらに穏やかな雰囲気が流れている。

 雑踏に紛れてしまいそうな儚さを持ちながら、しかしどこか存在感がある。

 これまでに逢った事の無い、不思議な雰囲気の少年だった。


 少年は広瀬の上履きへ目を落として、「あ」と零す。



「先輩でしたか。すいません、馴れ馴れしくして」

「ああ、いえ、お構いなく…………」



 敬語になった不思議な少年は広瀬より下の学年であるらしい。

 広瀬の高校は上履きが指定のものであり、上履きのゴムの色で学年が分かるようになっているのだが、意識して見てみてれば少年の上履きは広瀬が履いている高校指定のものではなかった。

 最近転校してきたのだろうか、と推測する広瀬に、少年は問う。



「ところで暗い顔をしてましたけど、何かあったんですか?」

「あ、ああ…………ちょっとね。大切な物をなくしちゃったんだ」



 広瀬個人としてはどうして授業中に少年が彷徨いているのか。

 そちらの方が気になったが、親切で声をかけたらしい少年の事情は横に置いた広瀬は、逢って間もない下級生を心配させぬようにと、愛想笑いを浮かべる。



「一緒に探しましょうか?」

「いや、良いんだ。見つからなかったから。これから授業に戻るところなんだよ」

「そうですか…………」



 困った人を放っておけない性分なのか。

 一緒に探すと申し出てきた少年の親切心をやんわりと断った広瀬は、無表情な顔貌に少し歪めた少年に、申し訳なさを感じて。

 ふと、思わず。

 『大切な物』について、口にしていた。



「…………それは、さ。預かり物だったんだけど…………俺にとっては、さ。凄く思い出のある物なんだ」

「思い出、ですか」

「うん。なんというか…………それがあったから、今の俺があって、仲間がいて…………っていう。なんだろう。目に見えない繋がりがあった事を、目に見える形として証拠付けてくれる…………そんなもの、だったんだ」



 言ってから、広瀬は少し後悔した。

 自分は逢ったばかりの後輩に、何を言っているんだろう、と。

 こんな重たい話をされても、相手は困るだけじゃないか、と。



「あ…………ごめんね、こんな話しちゃって! その、なんていうか…………つい…………」

「いえ」



 慌てて謝った広瀬は、少年の返答を聞き「『いえ』とか言ってるけど絶対に困ってるだろうなぁ…………」と思いながら、なんとなく背けていた目を少年へ向ける。

 そうして改めて少年の顔を見た広瀬は、言葉を失う。



 少年は、微笑んでいた。

 ただそこに佇む花のように、そっと。

 慈しみに満ちた、眼差しで。



「先輩は、『巡り合わせ』って信じてますか?」

「え…………いや…………」



 少年の質問に、広瀬はぼんやりとしながら首を横に振る。

 運命や宿命について考えたことはあるが、巡り合わせについては、考えたことはなかった。

 そう言う広瀬の答えを受け取った少年は、微笑みながら続ける。



「偶然でもあって、必然でもある。今こうしている間にも、どこかで知らない誰かが、誰かとすれ違ったり、出逢ったりしている。運命に関係なくても、そういうの宿命でなくても。

 理由なく出逢って、別れて、また会って、そういうことが無限に繰り返されている――――

 僕は、そういう『巡り合わせ』がある事を信じています。

 今、こうして先輩と僕が巡り逢ったように」



 少年はどこまでも穏やかだ。

 穏やかに、優しく、お伽噺を読み聞かせるような、柔和な言葉を奏でていく。


 そんな少年から目が離せなくなってしまった広瀬は、人の領域を超えた神秘を目にしたかのようにその場に立ち尽くし――――次に少年が浮かべた表情に、思う。



「大丈夫ですよ、先輩」



 ――――嗚呼。なんて彼は……………………。



「『それ』は絶対見つかります。先輩が諦めない限り」





「大切な人との巡り合わせで、繋がっているから」



 綺麗に、笑うんだろう――――と。





         〇




「ヒロさーん! 忘れ物届けに来ましたー!」

「あっ! 良かったあった俺の聖剣んんんんんん!!」



 昼休み、校門前にて。

 百年来の親友との再会のように互いに駆け寄る幼馴染みと、現在世話になっている少年ヒロ。

 普段のギンならば彼らが友情のハグをする直前に止めに入るところだが――――今回ばかりはそんな気分ではなかった。


 先程からずっと、あの男が喫茶店で言った言葉が気にかかっているのだ。



『この町から出た方がいい』

『――――でないと、死ぬ事になる』



 ――――嘘、を言ってるようには思えなかった。

 ああいう、本気の目をした人間の事をよく知っているギンは、「巡り合わせってあるもんだな…………」と感慨深く呟くヒロと、「なんか不思議な匂いがしますね」と鼻をひくつかせるミイロを眺めながら、最後に別れる時、喫茶店の前で漫画家の男がギンだけに囁いた言葉を思い出す。



 ――――じゃあね、『赤ずきん』と『オオカミ少年』。



「何だったんだ、アイツは…………」



 正体不明の、男ヒトジカ。

 最初から最後までよく分からないやつだったと、目を細めるギンは空を見上げた。

 どこまでも澄み渡る、からっと晴れた空。

 透き通ったその青色を睨みつけながら、『オオカミ少年』と呼ばれた彼は思う。



 ――――一体この町に、何が起こるんだ?



 雲のように、掴めぬ不安に胸をざわめかせる彼は、これから待ち構える『何か』予感し。

 一人、空を睨みつけていた。




「あっ。ヒロさん見てください! これ、ここに来る前に逢った人から貰ったんです」

「え? なにこれ似顔絵!!? うわリアル! うま…………って、この、サイン…………」

「ヒトジカさんです!」

「ヒトジカ、っていうか…………『ケイテキノブラストセイバー』の一字架(ヒジカ)先生えええええええええ!?!!?!?」

「…………あ?」

「ちょっ、俺大ファンなんだけど!? どこで会ったんだよ先生に!!? どういうことだよギンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!!!!」



 ――――ギンはこの後、漫画家『一字架メザト』がどのような人物かを長々と語り聞かされ、次に会った時は無礼を詫びるようにとこっぴどく叱られた。

 ついでに、次に会った時は「俺の分のサインも貰ってきて!」と頼まれるのであった。





<了>

×あとがき×



一日で仕上げました。

人間踏ん張ればわりといろんなことが出来ると知った、今日此頃です。


今回突発衝動企画第19弾として書かせていただきました短編。

お題『アクセサリー』となっている今回のお話ですが。



アクセサリーほとんど関係ないですよね。



ちらっと出てきている程度で、ほとんど出番ないです。

でも、一応この『アクセサリー』を忘れたからこういう出逢いがあったということで…………その…………許していただけたらと思います。

締切ギリギリの滑り込みですいません。



さて。今回もお得意の『空想学園』シリーズでありますが、いい加減本編の方を書きたいなと思っています。

二年ぐらい本編が進まないでサイドストーリーばっかり増えていってる気がしてます。

この前「いい加減本編考えよう」と思ってプロットを書こうと紙を引っ張りだしましたが、キャラの設定で今のところ止まっています。

あと三年くらい終わる気がしません。

いつになったら終わるのでしょうか。


そんな空想学園シリーズでありますが、実は残る二つのグループで全勢力が揃ったりします。

本編に入って数人ばかり新キャラクターが追加されますが、ある程度出揃いました。

これをどう纏めていくのか。色々と試されている気がしてます。

どう纏めましょうか。



今回登場したのは『漫画』を題材に書いた短編の漫画家さんと、今回の主役である広瀬くんと、『オオカミ少年』ことギンと、『赤ずきん』ことミイロちゃん。あとチョイ役で注連縄と、少年が出ました。

広瀬くん、ギン、ミイロちゃんにはまた別のお話があったりしますが、そちらもいつかは書けたらな、と思います。

そして名前すら出てこなかった少年ですが、実はこの人の登場のおかげで一日で今回の作品が書けました。

この人のおかげで話の流れが決まりました。実は古株で1番書きやすいヤツです。

少年も今後じわじわとこの『空想学園』シリーズに関わってきます。

どう関わって来るのかは、お楽しみに。



さて、それではそろそろあとがきを終わらせていただきたいと思います。

最後に! この企画の主催者兼相棒である雪野さん!

膨大な質の課題を出してくれた教師の先生!近付く期末試験!全くやっていない勉強!長い休み時間をくれた弟!

そしてこの短編を読んでくださった全ての方々へ!


ありがとうございました!

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