あの人と私
「と、とりあえず今日はもう帰るよ。ごめんね、舞桜ちゃんまた明日」
粗相をするまで怯えている蒼海ちゃんをこのままにしておくわけにも行かないので舞桜ちゃんに別れを告げ蒼海ちゃんを支えながら帰ることにした。
肩から感じる震えは感じている恐怖を僕に教えてくれた。
蒼海ちゃんは震えながらごめんなさいとつぶやいている。
家に着き僕は蒼海ちゃんをお風呂場に連れていった。
汚れた服を着替えさせないといけなかった。恥ずかしさもあったがそんなこと言っている場合じゃない。
シャワーを浴びている間も蒼海ちゃんの震えは収まらなかった。
暖かいお湯の筈なのにまるで氷水をかけられているようにガタガタと震えている。
震えている蒼海ちゃんの体を洗い終え浴室からでる。
バスタオルで拭こうとした時、蒼海ちゃんが僕に抱きついてきた。
「ど、どうしたの蒼海ちゃんっ」
声をかけるが蒼海ちゃんは返事をしない。
しかし抱きつく力は強くなっていた。
しばらく抱き合いながら落ち着くのを待っているとふっと抱きつく力が抜けた。
蒼海ちゃんは顔をあげ恥ずかしそうにタオルを羽織った。
「……ごめんねお兄ちゃん……ありがとう……」
「う、ううん。そ、それじゃあ僕外に出てるからちゃんと着替えるんだよっ」
「あっ……」
そう言って僕は自分の部屋に戻った。
ベッドの上でさっきまでのことを考える。
蒼海ちゃんのあの否定の仕方、そして怯え方は異常だった。
何もないと蒼海ちゃんは言っていたが、あれを見てしまったらもう何かあるのは間違いなかった。
何故蒼海ちゃんは僕達のことを否定したんだろう?そしてあの怯え方の理由は?
思考を巡らせているとノックが鳴った。
「お兄ちゃん…入っていい?」
「あ、うん。いいよ」
着替えてきた蒼海ちゃんが部屋に来た。その表情は曇っていた。
「お兄ちゃん……さっきはごめんなさい」
「僕は大丈夫だけど…蒼海ちゃんは?落ち着いたの?」
「うん…」
「そっか。………ねぇ?蒼海ちゃん、舞桜ちゃんとのこと話してくれないかな?」
「………ほんとに、何もされてはいないの。」
「本当に?それだけであんなに怖がったの?」
「……あの人に初めて会ったのはね、お兄ちゃんのお見舞いの時だったの。」
蒼海ちゃんはゆっくりと話し始めた。
「わたしね、小学校に入ったばっかりの時お兄ちゃんのお見舞いに一人で行ってたの。それでね、いつもみたいにお兄ちゃんのお見舞いに行ったらね…」
手をギュッと握る蒼海ちゃん。
「あの人がいたの。病室で、お兄ちゃんの手を握りながら笑ってお兄ちゃんを見てたの。」
小学生ということは、四年前だろうか?
舞桜ちゃんはその時からお見舞いに来ていた?
「それでね、私…お兄ちゃんがいたずらされてると思って手で払い除けちゃったんだ。そしたら…」
その時のことを思い出しているのだろうか?声に怯えが混ざってきた。
握られている手もよく見ると震えている。
「貴女誰って……聞かれて……その時のあの人の顔がすっごく怖くて……殺されちゃうって思って……」
おそらく舞桜ちゃんは僕を守ってくれたときのような表情だったんだろう。
温度を感じさせない目と声。
「私、怖くて……お兄ちゃんを守らないとって思ったのに、動けなくて……」
蒼海ちゃんの声はついには涙を含んでいた。
これ以上、怖がらせてはいけない。
「……ごめんね、蒼海ちゃん。話してくれてありがとう。」
「あっ……」
僕は震え泣いている蒼海ちゃんを優しく抱きしめた。
何故だか自分でもわからなかったけど、怖がらせないようにと思ったらこうしていた。
「ごめんね、気づいてあげられなくて。」
「………ううん。いいの……お兄ちゃんがこうしてくれれば、それで…」
蒼海ちゃんの震えは止まっていた。
「あと、舞桜ちゃんのこともごめんね。舞桜ちゃん、僕のことになるとちょっと周りが見えなくなることがあって……」
「うん、しってる……あの人、お兄ちゃんのことしか考えてないもん…」
「多分、今日のことも僕を守ろうとしてあんなことしちゃったんだと思う。……今度、三人で一緒に話してくれないかな?蒼海ちゃん」
「……お兄ちゃんが、隣にいてくれるなら、大丈夫だよ…」
「ありがとう。舞桜ちゃんには僕から伝えておくから。」
「うん…」
話が終わり、蒼海ちゃんも落ち着いたので手を離そうとすると逆に引き寄せられた。
「……もうちょっと、お願い…します……」
「…まったく、蒼海ちゃんは甘えん坊だなあ」
そう言いながら蒼海ちゃんの頭を撫でる。気持ち良さそうに目をつぶりながら微笑んでくれた。
しばらくして落ち着いたあと蒼海ちゃんは自分の部屋に戻っていった。
あとは舞桜ちゃんと3人でいつ話すか決めるだけだった。
それを考える前に、父さんがご飯の支度ができたと声をかけてくる。
食後に考えようと思い僕は部屋か出るのだった。
お兄ちゃんがあの人と付き合い始めた
とても信じられない。いや、信じたくなかった。
天使のような……いや、天使より崇高な存在のお兄ちゃんがなんであんな人と、と思う。
でも認めるしかなかった。あの人を目の前にすると私は私じゃいられなくなってしまう。
心の底から怖いと感じてしまう。
お兄ちゃんと同い年で、1個しか変わらない筈なのに。
あの人の目を私は何度も見たことがあるような気がするのは何故だろう。
あの冷たい目を私は何度も経験した感覚がある。
わからない。
ほんの数回しかあの人の目を見ていない筈なのに。
お兄ちゃんを心から天使だと思うように、あの人のことを心から悪魔だと感じる。
私からお兄ちゃんを奪ってしまうような恐怖を感じる。
私の、唯一の天使さんを。
わたしを救い出してくれた、先輩を…………………
微かに戻ってきてる蒼海ちゃん
今週はいくつか番外編を投稿するつもりですー




