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『エルヴァ国 首都ダマカス郊外 5月2日 1300時』
エルヴァの首都、ダマカスの郊外は殺風景である。7年前、まだ日本が転移してくる前の年から、宗教、貧富の差による内戦が続いていた。そのため、全国の都市の4割が破壊されており、人々は廃墟と化した街にテントを張って暮らしている。
そんなエルヴァに、とある人物が訪れていた。西側の過激派武装勢力と深く交流があると言われている、ヴァール教の導師、イデンサ・ジージョだ。
そんかイデンサは、古い輸出用の日本車に乗っていた。目的は、スタルク武装騎士団たちの支配地域であるアッセムへと向かうためである。
古くから、スタルク武装騎士団のトップやフィラレルデア帝国の政府関係者と交流のあるイデンサは、ただでさえ秘密のヴェールに覆われているスタルク武装騎士団との対話のルートとして、各国の諜報機関にマークされていた。
『本日未明、国連はスタルク武装騎士団に対しての安保理決議を可決、世界各国に派遣兵力の要求をしています』
ラジオ放送で、アナウンサー昼のニュースを伝えている。イデンサの乗る日本車の前後には、荷台付きの四輪駆動車が走行している。しかし普通の車ではない、荷台に機関銃を搭載している俗に言う武装車両だ。その後ろには、兵士たちを乗せたトラックが続いている。
武装車両に乗るのは、イデンサの護衛のためにアッセムの支配地域から派遣された、スタルク武装騎士団のメンバーたちである。
メンバーのほとんどが、素肌をあまり晒していない。これは、彼らにとっての秘密保持のためでもある。日本の導入する監視衛星が、いつ自分の居場所を特定するか分からない。日本には、武装勢力の幹部や指導者の情報が多く存在する。最近では、テロリストと呼ばれる彼らを見つけた途端、空中待機していた小型の無人機から対地ミサイルが飛来するようになる。
すでに、日本や東側の国連による軍事作戦において多くの犠牲者を出した武装騎士団は、過去の戦訓を踏まえて様々な対策を取っていた。覆面など、数年前では顔を晒して武勇を誇ることが一般的だった彼らにとって、小さな進歩の一つだろう。
今日は特に警戒が厳しい。荷台の機関銃を構えるスタルク兵士が、四方八方に目を凝らしている。噂では、日本人がイデンサの身柄を狙っていると言われている。エルヴァ国の首都ダマカスに置いて作戦が行われなかったため、警戒が行われていた。
すると、どこからともなく爆音が聞こえてくる。音を聞いたイデンサが車を停車させて空を見上げると、東の空から何かが飛んでくるのが見えた。
卵のような姿をした回転翼機MH-6と、陸自の輸送ヘリUH-1Jだった。
「ニホン軍だ!」
「撃て!撃て!」
兵士が声をあげて慌てて迎撃態勢を整えるが、すでに車列の周囲を旋回していたMH-6ヘリコプターのサイドベンチに腰掛けていた隊員たちの銃弾に、なす術もなく倒れていく。
荷台の上で機関銃を構える兵士が集中射撃で倒れ、車両の影に隠れていた兵士は狙撃銃によって頭部を撃ち抜かれる。果敢にも、空へ向けて撃ちかえそうとした者は、UH-1に搭載されているM2重機関銃を構えるドアガンナーによって薙ぎ払われる。
着陸してきたMH-6から、武装した陸上自衛隊特殊作戦群の隊員たちが吐き出される。M4カービンを構えた隊員は、残った兵士たちを射殺しながら車へと近づいていく。
「そこまでだ」
隊員の野太い声に、足元から拳銃を引き抜こうとしたイデンサの動きが止まる。割れた窓を銃の銃身で取り払い、無言のプレッシャーを与える。
「降りて」
顔全体をバラクラバで覆った隊員に指示された通り、車からゆっくりと降りる。その間も、イデンサに向けられた多くの銃口は動かない。
「私に何の用かね?」
「貴方が導師イデンサ・ジージョですね?」
「いかにも、私がイデンサだ」
「貴方に逮捕状が出ています。国連の規定に基づき、テロ組織への援助やテロリストの育成などの罪により、ご同行願います」
「さすがはニホンの特殊部隊だ。そうだろう?」
「貴方に答える理由はありません。従われないようでしたら、力尽くでも連行します」
「分かった。言う通りにしよう」
特殊作戦群の指示に従ったイデンサは、両手を拘束されUH-1のキャビンへと押し込まれる。
襲撃開始から5分、多くの死体と破壊された車を残して、ヘリ部隊は飛び去ってしまう。