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異世界の日出ずる国  作者: ヴァーリ
第一章 災厄の前兆
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『ガリアル共和国・西部国境地帯 5月1日 0300時』


前世界の月より1.5倍ほど大きな月、その月明かりの下に真っ黒な平原が広がっていた。平原の先には、同じく黒々とした丘陵地帯が続いている。その丘陵の間を何本ものパイプラインが並行して伸びていた。ガリアルからルーデア共和国へと送られる、天然ガス供給用パイプラインである。


そのパイプライン沿いの山道を、迷彩塗装の上にUNと描かれた二台の軍用車両がエンジンを轟かせて走っていた。ヘッドライトがパイプラインを暗闇に明るく浮かび上がらせていた。


国連平和維持軍の一員として、隣国のルーデア共和国から派遣されたルーデア共和国陸軍PKO国境警備隊第一大隊所属のネデーロ少尉が率いる分隊は、いつもと同じように定時のパトロールの任務へとついていた。


ネデーロ少尉が乗る車は、同盟国の日本から輸入されている日本製のジープである。ジープを先頭に、二台のルーデア製装輪装甲車が追従していく。


ガリアルのパイプライン、フィラレルデア帝国の植民地であるアッセルと隣接する国境近くに存在しているため、過激派の攻撃目標として最適であった。そのため、ルーデア共和国は大規模な部隊をパイプラインのあるアッセルとの国境近くに展開し、警戒を怠らなかった。


国境といっても、アッセルとガリアルは国境線の引かれている丘を挟んでいるだけである。国境を越えるにも、鉄条網や壁がないため、移動許可証や身分証明書は必要ない。パスポートの所持や査証の手続きすら不要である。


この辺り一帯を担当する国境警備隊の主な任務は、ガリアル国内を通るパイプラインを過激派から防衛することだった。


ルーデア共和国政府とガリアル政府、さらには東側のガス会社との間で、密かにパイプラインを防衛する協定が結ばれている。そのため、協定の当事国であるルーデアは、ガリアルに陸軍の国境警備隊の中でも精鋭である第一大隊を平和維持軍として送り込んでいた。


そんな政府間の思惑など、国境警備隊員のネデーロ達には全く関係のないことだ。日々、言い渡されるルーティーンな任務として、上官に命令された通り、自分たちの担当する区間をパトロールし、過激派による破壊工作がないかを監視する。


因みに、過激派の本拠地はここから数十キロ西の地点であり、その間にはガリアルの陸軍部隊が駐屯している。ネデーロたちの任務は、国境と首都に挟まれたこのパイプラインを監視して回るだけである。


ネデーロ少尉は、ジープの助手席に座り、タバコを口にくわえながら足を伸ばす。運転席では部下の伍長が日本の歌手が歌う人気曲を口ずさみながら、ハンドルを握っている。ヘッドライトに浮かび上がる車の車輪跡を目印に、ジープを動かしていた。


「ほんと、毎日大変ですよね……」


ハンドルを握ってアクセルを踏む伍長は、暗闇で黒さの増した顎髭をネデーロへと向けてボヤく。


「仕方がないさ、これが俺たちの任務だからな」


「そうですよね。はぁ、次の休暇が待ち遠しいですよ」


「休暇かぁ。そういえば、伍長は今度の休暇はどうするつもりなんだ?」


「自分は家に帰りますよ。まだ5歳になったばかりの息子に誕生日プレゼントを渡さないといけませんし」


「ほぉ、ヤーダ君はもう5歳か」


「一度、少尉にご挨拶に行かなくてはなりませんね。ちなみに少尉は?」


「俺か?俺は家に帰って女房のご機嫌取りだ、その後は熱い風呂にでも入って家に保管してる日本酒でやりながらのんびりするさ」


「そんなこと言って、また街で可愛い女性を引っ掛けてくるんでしょう?」


「馬鹿、んなことしてみろ。あいつに殺されちまう」


「この前の休暇は、家に帰らないでガリアルの美少女を持ち帰ったという噂がありますが、本当はどうですか?」


後部座席から、備え付けの機銃を握る通信兵が少尉をからかう。


「ちげーよ、あれはな……」


「待て!止まるんだ」


ネデーロは伍長に命令する。伍長は命令通りブレーキを踏み込み急ブレーキをかけた。後続の装輪装甲車も同じように急停車する。


「どうしました?」


「何か、聞こえないか?」


「いえ、何も」


少尉は再び耳をすます。伍長も通信兵も、同じように耳をすます。確かに、西の方角から何かが聞こえてくる。


「銃声か?」


「それにしては小さいな」


長々とパイプラインの影が伸びている。特に、何かが起こったような感じは見られない。


「隊長、本隊に連絡を取ってみます」


「よし、やってくれ」


通信兵が背中に背負っていた通信機を使い、本隊との通信を行う。その間、ネデーロは手持ちの双眼鏡で音のする方角を見つめる。


「軍曹!何か見えないか!?」


「見えません!しかし、音は聞こえます!」


装甲車の車長用ハッチから身を乗り出した軍曹が、同じように双眼鏡で前方を確認する。


「異常なし」


「電気を消せ、こちらの位置を悟られるな」


「了解!」


異常が確認されず、ネデーロの緊張はほぐれた。しかし、嫌な予感は続く。


「隊長、800メートル先で銃撃戦が発生中!スタルクの奴らです!」


通信兵が声を上げた瞬間、暗がりから閃光がほとばしる。光る矢、銃弾はするすると装甲車へと吸い込まれた。


次の瞬間、空に輝く星が打ち放たれる。閃光、おそらく照明弾だろう。あまりの眩しさにネデーロは目を手で覆う。


装甲車が浮き上がる。どこからか発射されたロケット弾によって、運悪く命中した装甲車は炎に包まれた。


大きな音とともに車体は真っ二つに引き裂かれる。まるで、獣に体を引き裂かれた小動物のように。爆発した車体の破片が周囲に容赦なく降り注ぐ。


ロケット弾による攻撃を後ろに受けたジープは、爆風で後部が持ち上がる。そして、そのまま前のめりに転倒する。ネデーロと通信兵はその衝撃で車外へと弾き飛ばされる。


地面に叩きつけられたネデーロは、一瞬気を失いそうになる。しかし、連続する銃声に叩き起こされ、意識を取り戻した。


「じょ、状況!」


ジープの陰に身を隠しながら、生き残りに対して状況確認を行う。しかし、誰からも返事は返ってこない。


「た、助けてくれ……」


声のする方を見ると、伍長が転倒したジープの下敷きになっていた。ジープから漏れ出すガソリンが、辺りに嫌な臭いを漂わす。


「来い!助けるぞ!」


ネデーロは通信兵を連れて、伍長を車体の下から引きずり出そうとする。しかし、間もなくして通信兵は敵の銃弾に倒れる。倒れた通信兵を揺さぶって起こそうとするが、頭部を撃ち抜かれているため、身動き一つ取らなかった。


「くそったれ!」


次の瞬間、漏れ出したガソリンに引火したのか、ジープが勢いよく爆発する。爆風で吹き飛ばされたネデーロは、数メートル離れた場所に転がってしまう。


目の前のパイプラインが爆発する。それは何とも美しいものだった。それが、少尉の見た最期の記憶だった。

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