序曲
それは5年前のこと、その日は朝から何一つ変わらない日常だった。
2020年、1月1日の大晦日。日本は宇宙から降り注いだ謎のホールへと飲み込まれた。日本列島はもちろんのこと、沖縄や北海道、果ては小笠原諸島すら飲み込み、消滅させた。
これが、過去に語り継がれる日本消滅事件である。
果たして日本はどこに行ったのか、日本があった世界では各国が様々な調査を行うが、何一つ分からなかった。
それは、日本人しか分からなかった。
2025年の春。
異世界へ国家ごと転移した日本は、転移時の混乱を乗り越え、今では世界に名だたる国際連合の常任理事国の一国として栄えていた。
日本は転移してきた世界に、前世界と似たような国際組織を作ることを決めた。それが、国際連合(United Nations)である。
国連は、主に五つの常任理事国と、2年ごとに選出される五つの非常任理事国の計十カ国によって構成されている。もちろん、創設国の一つである日本は、常任理事国の中でもトップの位置に立つ。
しかし、日本が転移してきた世界は一筋縄のものではなかった。どこに行っても戦争、内戦、虐殺など血で血を洗う戦いばかりが起こっていた。まともな国といえば、片手で数えるだけでしかない。
そもそも、この世界には国際連合などという世界が一つになる組織が存在しなかった。そのため、誰が何をしても、誰も言うことができないという無法地帯が広がっていた。
そんな激動の中、日本は国連を設立。各国に対して集団的自衛権という新たな概念を植え付け、どこかの国が好き勝手に争いを起こさせないようにした。
もちろん、これに反対する者たちがいた。西の大陸を支配する軍事国家フィラレルデア帝国、そして各地の過激派武装集団だった。彼らは日本や日本に付き従う国々に対し、あらゆる妨害を行ってきた。
2・25。この日を境に、世界情勢は混乱へと陥った。日本で起きた同時多発テロである。
これに激怒した日本は報復を行い、過激派や帝国の支援する組織に対して対テロ戦争を開始した。以来、日本や東の商業国家ルーデア共和国を始めとする東側諸国は、フィラレルデアの植民地に隣接するエルヴァ、ガリアルへと自衛隊を送り、武装集団などの過激派を撲滅しようとした。
しかし、この日本や東側諸国の行動はフィラレルデアが植民地に置ける大規模な支援の口実を作ることになった。
フィラレルデアの支援を受けた過激派は、西側世界の民主化を求める民衆の動きや内戦を巧みに利用しながら、アルフェリア、チュランタ、レビーア、ジェーニル、プロスト、セルジア、エルエラ、ニエメン、グルファジアなどに勢力を拡げ、東側諸国へのテロ活動を活発化させていた。
一方で、フィラレルデアの虎の子である西方統一武装戦線、東部解放戦線よりもさらに過激なスーパー過激派を生む結果となる。それが、エルヴァやガリアル領内に、さらには南大陸に蜃気楼のように忽然と出現した過激派、スタルク武装騎士団である。
海外派遣を行った日本は、この超過激派組織スタルク武装騎士団を撲滅するために大規模な部隊を派遣することにした。最初は、同盟国の東側諸国と共に空母の艦載機や地上から飛び立った戦闘機による空爆が主だったが、今回の敵は少し違った。現地の地下組織として活動しており、誰が誰なのか、簡単に言えば誰が武装勢力なのか判断できなかった。
空爆の成果が実らず、次第に長引いてくる戦いに、日本はついに地上部隊の投入を決断した。こうして、日本の陸上自衛隊を含めた東側諸国の多国籍連合軍が、エルヴァとガリアルに派遣された。
これまで、異世界の戦争には宗教的にも縁がなく、中立的だった日本がついに軍事介入をした初の戦争だった。
そもそも、2016年、日本政府は平和安全法制を閣議決定し、国会で承認しており、日本を戦争ができる国に改変させたことが大きかった。
憲法9条という歯止めをなくした日本は、国連平和維持軍の名の下に、ルーデア共和国やエルラリア公国など東側諸国の求めに応じて、次々に自衛隊の海外派兵を行い、自ら異世界の戦争へと身を投じて行ったのだった。
それが、これから世界を巻き込む戦争の始まりとは知らず。