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鏡の識別

真人の憩い。

作者: Linoxly

溺れるなら、空がいい。

いつしか、ここにいたんだ。もう忘れた、遠い過去に思いを馳せる。思い出せない、覚えていないのだ。ここにいる。ここに自分はいる。しかしいつ上の方から自分が作られたのか、さっぱり分からない。




だれも理解してくれはしなかった。この作り物に感情が籠っているなんて。だれも思いなんてしなかった。でも、あるのだ。実際、自分には感情があるのだ。自分が作られたのは知っている、上の方からの命令で、彼女が作ったのだ。そんなことは最初から知っているのだ。自分はある意味奴隷として生きているのも知っていた。所詮は彼女の掌の上。これはつまり、上の方の掌の上。そんな、名ばかりの--天使。




人間たちは、自分のことを天使と呼ぶ。しかし、実際は天の奴隷なのだ。生まれる時も、消える時も、天の使いであることを強要される。つまりはそういうことなのだ。羽根なんてない、翼なんてない、ただその辺に浮いているような存在。空を飛ぶものには翼があると、勝手に決めつけた人間の間違いなのだ。ただただ、言われたことに頷き、それをこなすだけの存在なのだ。なにも憧れられる様なことなどない。作られた存在として偏見さえ持たれ、生きて行くのが人間の望みなのか? 違うだろうな。人間はなんだかんだで自由を一番に求めるのだ。自分は精神構造は皮肉なことにまるっきり人間なのか。ああもう、どうすればいいのか自分には全くもって分からない。




そしてまた、新しい司令が下される。




それは余りにも驚くべき事件であり、自分からしたら永遠に来ることのないはずだった司令。

「本当ですか? 本当に、僕が、地球で仕事をするんですか?」

「司令は絶対。それが好しかろうが、そうではなかろうが、全うしろ」

いつ聞いても冷ややかな声が、より硬く聞こえたのは気のせいか。



僕は、名もない上からの使いは、地球で、遥か昔に見た地球で、仕事--と言う名の強制労働をすることになった。



「憩い」という名の僕の空間。そこから、数少ない厚い本を取り出し、荷物に入れる。題名は「鏡の識別」「地球の生物」それから「日記」。そして一つの絵を持ち出す。青い花が描かれた絵。あの時、アリスが持ち出してくれたたった一つの絵だった。準備はできた。これくらいしか、今の僕にはすることがないから。







「準備は整ったな。お前にこれから肉体と印象変換の能力を授けよう」

「……分かりました。お願いします」

偉そうに言った老賢人は、何やら長い呪文を詠唱し始めた。僕の周りに光が満ちる。銀色の……光が。余りにも眩しすぎて、目を瞑ってしまった。










目を開ければ、そこは暗闇。自分とその真下だけが白く光っている。その瞬間、僕は倒れた。激痛が走る。気が遠くなりそうなくらいだった。


「……うぅ……うっ……」

辛い、非常に辛い。重いのだ、自分の体? が。言うことを聞かない体を忌々しく思いながら、姿勢を戻そうとする。上手くいかない。仰向けに倒れたまま、なかなか起きれない。そう言えば呂律も回っていない気がする。母音しか出せていない気がする。怖くなってきた。




必死に体をうつ伏せ状態にして這いながら前へ進んでみるものの、進まない。全く馬鹿げている、まるで赤子じゃないか。腕を立ててみる、しかしバランスを崩し、すぐに倒れる。非常に痛い。もう一回……もう一回と、やっていくうちに、やっとしゃがんだ状態になれる。体が重い。それから立ち上がろうとするも大袈裟なくらいに尻餅をつき、涙目になる。なぜこんなに痛いのだろう。また何回も立ち上がろうとしたが、暗闇の中の壁に手をついて立つのがやっと。歩き出そうとすれば案の定派手に転び、今までにない程の痛みが襲う。辛い。一体どれくらいの時間が経ったろう、やっと壁に沿いながら慎重に歩くことが出来たのは。




少しでも気を抜いたら倒れる、そんな状況だった。真っ直ぐに、真っ直ぐに進む。道は緩くカーブしているが、壁沿いに歩いているので気にならない。




ただ、こう壁にへばっている訳にもいかない。自分の足で立たなくては。立たなくては……。片手を壁から離す。ふらついて膝をつきそうになるが、慌てて立て直す。そのまま一歩、一歩と進む……。バランスをとるのに本当に苦労する。思い切って手を離してみた。一歩、一歩、また一歩。なんてフラフラした病人みたいな歩き方なんだろう。恥ずかしいね。全く。




余りにも遅い動きで進めば、段々と明るくなっていく。この感覚は好きかもしれない。僕は今までに白い光しか見たことがなかったから。夜なんてものがどんなものか知らなかったから。空が青いことがどういうことかも、知らなかったから。



そこはある旅館の一室で、時間は真夜中。月は見えないけれど雲ひとつない星の輝く夜空だった。なぜそれが星だと分かるかはよくわからない。真夜中を見たこともなかったのになぜ分かったのだろう。でもそんなことはどうでも良かったのだ。僕は地球にきた。ただそれだけ、それだけだったけれど、僕には素晴らしいことのように思えたんだよ。




そんなことを思っていたところだった。女の子がこちらを目を見開いてみている。

「でたーーーーーーー! 幽霊だあああああああああ!」

その声の主こそが、僕の被守護者--夕時雨夜琴だった。





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