『バク 』
唐突だが、
とある久保田くんを紹介しよう。
彼は不器用だ。
学生の頃は勉強にうちこんできたが、
その不器用さから思ったようにも成績がとれず。
運動は並より下
それなのにドッチボールでは最後まで残ったりもする。(これも不器用の現れだと思う)
恋愛にいたってはからっきし
彼女はいたことがない。
不器用な久保田くん。
この紹介の仕方だと
まるでなんの取り柄もないような書き方だが、
それは違う。
勉強の成績は本人の目指すところには届かなかったものの決して落第などすることはなかった。
地頭が悪いわけではないのだ。
運動も並より下と書いたが、不思議と俊敏性はあった。
決して身体能力が低いわけではない。
そして恋愛。
実は久保田くんの事が好きな女子がいた。
女子はあの手この手で、久保田くんにアプローチをかけたが、久保田くんは結局気付く事はなかった。
久保田くんは不器用なだけなのだ。
そんな久保田くん
彼は地元でコンビニ店長をしている。
いらっしゃいませー!
とある田舎のコンビニ店。
ハキハキとした様子で、お客を迎える。
久保田くんである。
ありがとうございましたー!
業務を淡々とこなす久保田
客足の少ない時間になると、レジをバイトに任せ奥の控え室に入ってゆき
デスクに腰をかける。
店長ー
そろそろ面接の時間ですね
久保田に話しかけるバイト。
そうだね
深夜帯希望だと嬉しいんだけど、
どうかな…
曽根さん面接やってみますか?
自分にはまだ早いです
愛想笑いを浮かべ軽く流すバイト。
そろそろかな、
来たら奥へ通しておいてね
は〜い
バイトは控え室を出て
レジへと戻る。
そして面接の時間。
バイトが控え室のドアを開き、
きました
と顔を出し小声で軽いジェスチャーを交えて知らせる。
久保田は面接相手を招き入れた。
相手は
制服を着た女子高生だった。
すらっとした体躯に、短めのポニーテール。
髪の毛は黒だ。
どうぞかけてください
久保田は手を交えてパイプイスに誘導する。
女子高生はそれに従い腰を落とす。
久保田は女子高生から履歴書を受け取り
内容を確認した。
早川…サキ…
女子高生の名前は早川サキ
名前を確認し、久保田は面接を始めた。
サキさんは、今回どうしてウチを応募してくれたのかな?
家が近いからです
ありきりたりな理由である。
特に問題はない。
え〜と
学生みたいだから、
週末かな出れそうなのは?
いえ
いつでも大丈夫です
久保田は少し戸惑った。
え?
学生さんでしょ?
いつでもは厳しいと思うんだけど、、
大丈夫です
サキの言い方は妙に淡々としており、
久保田は少し困った。
サキの持つ雰囲気にも少し押され気味だ。
そっかあ…
う〜ん…そっかあ
久保田さん
夢ってありますか?
考えあぐねる久保田に
サキが問いかけた。
それも突拍子もない夢などという言葉を使い
それでいて始めて声に生気が宿っているようで。
夢?
いやあ特にないけど、、
少し口元を歪ませながら
久保田は答え、
サキはそうですかと相槌をし
ほどなくして面接は終わった。
結局サキはというと
その日の三日後に、バイトが決まった。
そして初出勤の日。
サキは支給の制服を纏い
レジに立つ。
久保田はサキに業務の手順を、あらかた教え
同じレジでサキを見守りながら、いつものように淡々と作業をする。
サキはというと、言われた事を忠実に守り、
滞りなくテキパキと作業をする。
この様子に久保田は安心した。
そして一週間が経った。
久保田は奥のデスクで
在庫を確認していた。
そして顔を歪める。
どうみても売り上げの分と在庫が一致していなかった。
原因は察するに及ばず
万引きだと久保田は判断した。
それからまた一週間後
客足の少ない時間。
久保田はバイトと軽い談笑していた。
会話の内容はサキの事だ
バイトが話を切り出す。
新しく入ったサキちゃん
凄くいい子ですね!
そうだねぇ…
仕事の覚えも良くて…
最初はちょっと取っ付きづらかったんすけど
サキちゃん見た目綺麗だから、
あの雰囲気もありになってきました!
ヘラヘラと笑うバイト
久保田は多少諌めながら、
談笑を楽しんだ。
そして夕方
バイトと入れ替わる形で、サキが出勤してくる。
久保田はサキと二人でレジに立ち
いつも通り作業をこなしてゆく。
店長
サキが久保田に話しかけてきた。
どーしたの?と久保田は答えた。
あの中学生
いまバッグの中に、商品を入れたように見えたんですが
サキが棚の方にいる中学生を控えめに指差し久保田にこっそりと伝え、久保田にその方向へ目を向けさせる。
わかった…
サキさんはレジ打ってて
久保田はサキにレジを任せると
棚の奥にいる中学生に声をかけた。
声をかけられた中学生は、少し俯くと
商品をとった事を認めた。
久保田は中学生を控え室につれてゆき
話を聞いた。
中学生は必死に謝りながら、
この事は、学校に言わないでほしい。
許して下さいと何度も訴える。
久保田はこの時、この瞬間が
凄く苦手であった。
十数年コンビニで勤めてきた久保田も
この時ばかりは慣れないものだった。
結局久保田は、中学生にこの事は学校に伝えなくてはならないと言い中学生を帰した。
中学生はひどく落ち込んだ様子で、
意気消沈としながら、コンビニを後にしていった。
久保田は少しやるせない気持ちになりつつも
レジに戻った。
そのメンタルの流れでか、隣にいるサキに言葉を漏らした。
僕ね
夢はヒーローになることだったんだ。
サキは黙っていた。
久保田は話を続けた。
子供の頃からヒーローに憧れててね
テレビで活躍するヒーローをいつも夢見てた
でも、自分は昔から不器用でさ
なにやってもうまく行かなかったよ
いじめられてる友達を見ても知らんぷり
困ってる人を見かけても、他の誰かがなんとかしてくれる
そんな奴がヒーローになれるわけないって
自分に失望してったんだ
久保田はつい言葉を漏らしてしまった。
その後間が空いてしまいバツの悪そうな顔を久保田はしていたが、
黙っていたサキが口を開いた。
いまからでもなれますよ
ヒーロー
店長ならきっと
久保田は驚いた。
サキがそんな事を言うとは
言葉の内容はとても浅はかで、その場を濁した発言のようにも思えたが、久保田は嬉しかった。
ありがとう
その日の夜
久保田は家で久しぶりにヒーロー番組を見た。
小さい頃いつも楽しみに見ていた。
ヒーロー番組を見ていた。
そこには弱きを助け、悪に立ち向かっていく
ヒーロー達の姿があった。
男は目頭が熱くなった。
ヒーロー…
今からでも遅くないか…
久保田の中で少し何か変わった。
一週間後。
久保田はバイトと二人で夜勤に当たっていた。
レジをバイトに任せ、久保田はモニターで業務をする。
久保田がいつも通り淡々と作業に打ち込んでいると、監視カメラに異常が映されていた。
なんとバイトのレジにマスクをかぶった男が、ナイフを突きつけているではないか。
久保田は仰天した。
しかし久保田はそこから動けなかった。
無理もない。十数年勤めている久保田だが、
コンビニ強盗に出くわすなど初めてだった。
久保田は固まったままモニターを凝視
モニターに映るバイトは強盗の指示に従い、レジ袋に、現金を詰めていた。
が、この時バイトは強盗の死角から警報ボタンを押そうとした。
しかしその動きが強盗の目に触れてしまう。
次の瞬間ナイフで顔を切られおびただしい出血をし悲鳴をあげながら後ろに仰け反る。
久保田はそれを確かに見つめていた。
だが動かなかった。
体を震わせ、モニターから目をそらし、早く嵐が過ぎるのを懇願した。
今からでもなれますよ
ヒーロー
店長ならきっと
瞬間
何故かサキの言葉が久保田の脳裏に走った。
なにを…してるんだ…
おれは…!
久保田は飛び出した
体を震わせながら飛び出していった。
うおおおおおっ!!
奥から飛び出してきた男に
さすがの強盗も、たじろいだ。
久保田の勢いに押されその場から急いでドアから走り去ろうとする。
久保田は後を追った。
逃げる強盗をとにかく追いかける。
久保田はしゃにむに走った。
必死に、必死に、
久保田は元々足は遅くない
運動神経がからっきしダメなわけではないのだ。
久保田は強盗の背中に飛びつき二人は倒れ久保田が強盗に馬乗りになって強盗を抑えようとする。
やめて!許して!
ごめんなさい!
そうはいくか!!
久保田はマスクをなんとか剥がしてやろうと、強盗の顔に手を伸ばす。あと少しで剥がせる。
そしてマスクを掴み取り強盗の顔を晒してやった。
が、
次の瞬間
久保田の腹部に冷たい感触が当たる。
久保田は自分の腹部に目をやると、
ナイフが深く刺さっているのが、わかった。
うわあああぁー!!!
叫んだのは強盗だった。
そして久保田は強盗の顔をはっきり捉えた。
先日万引きに入った中学生の顔であった。
強盗はその場から走り去り、
そこにバイトが駆けつけてきた。
バイトは久保田の様子を見るなり顔が青冷め
急いで、コンビニに戻り救急車を呼びに行く。
久保田は呆然自失としていた。
自分の腹部からドクドクと流れる血を止められず、激しい痛みを感じる事もなく絶望していた。
そこへ
店長
ヒーローにはなれましたか?
息も絶え絶えの久保田の元に
どこからともなくサキが歩み寄る。
サキ…ちゃ…
店長の夢は叶いましたか?
久保田は朦朧とする意識の中
サキの言葉が脳裏に入りこんで来るのを感じた。
するとサキの顔が赤く変色していき、
口元が大きく裂け、久保田の頭をかじり出した。
久保田の頭はバキバキと音を立て、久保田は抵抗する間も無く息絶える。
ご馳走様でした。