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Track-09.The Black Rectangle!

 地球文化会館本部の入居する雑居ビルの二階は、ワンフロアになっていた。

 かつて、地球の各国がブースを持ち、それぞれの特産品や、宣伝が活発に行われ、ブームの時には、フロアに帝国人が溢れていたらしい。

 今では、ただ広いだけのフロアの片隅に、日本のアンテナショップのみが商品を広げていた。店の奥、雑貨に囲まれたレジの横に田端が椅子に座り、目の前のディスプレイに見入る。レジの横では、太った帝国人が、Tシャツを手に持ちながら、フロア中央を眺めていた。


「田端さん、あれ何してるの」


 帝国人が、Tシャツをレジ台に置きながら、尋ねる。


「お遊戯のレッスン」



 レジを打ちながら、田端はディスプレイから視線をフロア中央に移す。


「ふーん。じゃあ、田端さんが言ってた計画、始まったんだね」


 レジスタの読み取り部分に手を翳す帝国人は、分厚い眼鏡をずり上げた。


「まあな。お前、ホントにこれ着るのか」


 田端は、帝国人がレジ台に置いたTシャツを広げる。


「平視化されていないTシャツ自体珍しいし、この月って漢字が好きなんです」


 帝国人は二重顎の顔面を綻ばせて笑う。


「まあ、あんたにお似合いの動物だわ」


 頷く田端は、紙袋に入れた、【(ブヒッ)】と大々的にプリントされたTシャツを帝国人に渡した。


「田端さん、今度、魔法少女もののカード頼みましたよ」


 帝国人は、手を振ると、紙袋を提げ、足早にフロアを出ていった。


 頭を下げた田端は、椅子に座り、ディスプレイを開く。そこには、背中に【TKU5】と刺繍された、お揃いの小豆色のジャージを着る少女達と、彼女達に取り囲まれる、スーツ姿の秋山が映し出されていた。



     *



 フロアの中央には、藁束が転がり、瓦が積み上げられ、射的の的を持った秋山が、五人の少女達から放たれる非難の視線に晒されていた。


「本気だったんですね」


 祐子が冷たい視線を秋山に投げかける。


「当たり前です。幸い、田端君の店で全部揃いましたし」


 射的の的を床に置いた秋山は、紙袋を漁り、中から、長い柄の先にゴム製のボトルが付いたこん棒を取り出す。新体操で使うクラブだった。二本のクラブを握る秋山の姿に、綾香が天井を仰ぐ。


「私の場合はどうするのですか」


 うなだれる少女達の中から、祐子がつかつかと、秋山に歩み寄る。


「広川君には、大切な役割があります」


 祐子が目をしかめる。そんな祐子に構うことなく、秋山が続ける。


「客席いじりですよ」


 床にしゃがみ、紙袋の中をまさぐっている秋山は、腰に手を当てる祐子を見上げて笑顔を作る。


「客席から、お客様を舞台に上げて、投げ飛ばす」


 秋山の言葉に、祐子は深いため息をついた。


「最低」


 冷たく言い放った祐子はきびすを返し、四人の方に戻る。深い同情に満ちた八つの視線が、祐子に注がれた。


 いったい何処までが本気なのか。笑顔の秋山を見つめていた杏子の前に、秋山が立つ。手には、鞘に入った刀が握られていた。


「レプリカしかなかったんで、見よう見真似で私が磨ぎました」


 刀を受け取った杏子は、柄を握り、鞘から刀身を抜き出す。

 刀身に浮き上がる美しい波紋。一朝一夕にできる物では無い。鞘に刀身を差し込んだ杏子は、頭を下げて、両手で刀を握り締めた。

 秋山から弓を受け取る綾香も、受け取った弓の弦を何度も触り、秋山に頭を下げ、胸に抱いていた。小道具へのこだわりから、秋山の本気が伝わった。

 二人の様子を見ていた早紀達にもその気持ちが伝わる。



     *



 フロアに張り詰めた空気が広がる。

 優奈が唾を飲み込む。

 フロアの中央には、鞘に納められた刀を腰に当てて、重心を落とす杏子。目の前には、秋山が用意した藁をロープで巻き付けて筒状にしたもの。

 呼吸を整えた杏子が、柄に手をかける。

 一閃。煌めく刀身。

 杏子は背筋を伸ばし、鞘に刀を納める。柄と鞘口がカチンと音を立てると同時に、斜めに切れ目を入れられた藁が、二つに分かれて床の上に転がる。


「す、すごーい」


 優奈が手を叩きながら、杏子に抱きつく。

 床にしゃがみ、二つに分かれた藁を眺めていた早紀も唸る。


「ホントにすごいわね」


 藁は、崩れることなく、綺麗に真っ二つになっていた。


「いやー、素晴らしい!」


 秋山が、手を叩きながら、杏子に歩み寄る。

 杏子は、照れ臭そうに、笑いながら、鞘に手をかける。


「この刀が凄いんです。これって」


 言った杏子が秋山の方を見ると、すでに、丸柱形の的を持って、フロアの奥に走り出していた。


「さあさあ、次は、中川さんですよ。距離はこのくらいですね」


 杏子に抱きついていた優奈は、頷くと、杏子から離れ、手に持っていた弓を構えた。彼女は、背中の矢入れの筒から、矢を一本取り出す。背筋を伸ばし、弓を構える優奈。真剣な瞳が秋山が置いた的に向けられている。思わず、固唾を飲み込む少女達。


 ヒュン。矢が空気を切り裂く。

 的を見ると、三重円の中心に突き刺さった矢が揺れていた。


 拍手の中、優奈も、秋山から貰った弓を眺めている。


「この弓、凄く使いやすい」


 優奈は杏子に耳打ちをする。


「素晴らしい。予想以上です」


 シャツの袖を捲り上げた秋山は、段取りよく、コンクリートブロックを並べると、ブロックを跨ぐように、瓦を三枚重ねて置いた。


「さあ、篠山君どうぞ」


 ため息をつく早紀が、瓦の上に拳を置き、集中力を高めていく。

 思わず目を背ける少女達。

 大きな音を立てて、瓦が全て割れて、床に散らばっていく。残身の姿勢の早紀が顔を上げる。


「いやー、すごい。ホントに出来るんですねぇ」


 腕を組み、感心しきりの秋山は、「はい」と綾香にクラブを手渡す。


「こんな天井低いとこで出来やんけど、まあ、こんな感じやな」


 二本のクラブの柄を握った綾香は、クラブを勢いよく回転させ、天井ぎりぎりまでほうり投げる。百八十度開脚し、床に腰を付け、体の前後でクラブを受け止めた。


「すごい。体柔らかい」


 優奈が感嘆の声をもらす。


「さて、広川君ですが、相手が必要ですね」


 ふて腐れて腕を組む祐子の前に立つ秋山は、アンテナショップの中、怪しげな物品に埋もれるように座る田端を見ていた。


 痴漢役として、祐子に手を出そうとした田端は、手首を掴まれ、一瞬で空を舞った。気がついた時には、彼は、床の上で仰向けに寝かされていた。


「いやー、想像以上の出来ですよ」


 興奮さめやらない状態の秋山が、五人と、床に寝ている田端を眺める。


「ほんとに素晴らしい。人気間違いなしです」


 床に散らかった小道具を紙袋に詰め込みながら、秋山は何度も一人で頷く。


「さて」


 床にしゃがみ、散らばる藁の切れ端と、瓦の破片を集めていた五人に、秋山が言う。


「昼からは、歌とダンスのレッスンです」



     *



 チラシだらけの暗い事務所では、ランチという気分にならなかったので、秋山が手配した弁当を持った五人は、ビルの屋上に上がった。


「みんなすごいんやなあ」


 給水塔の影に、円になって座った五人は、それぞれ、膝の上に弁当を広げた。

 パフォーマンスに感心した綾香が言いながら、弁当の蓋を開けて固まる。


「のり弁……」


 銀河系を支配する大帝国。さぞかし、びっくりするような弁当だと思っていたのだが。

 弁当の中身は、一面のご飯の上にのりが一枚。脇にこじんまりと揚げ物がひっついている。


「まあ、デビュー前の私達にはこれでも贅沢。いいもん食べたければ売れなきゃね」


 祐子が言いながら、付属のタルタルソースを揚げ物にかける。


「おひしい。部活を思い出すね」


 ご飯を口に入れた杏子が顔をほころばす。醤油のかけぐあい、のりの味付け。単純に見えて奥が深い。遠征の度に様々な場所でのり弁を食べてきたが、これはその中でもかなり上のレベルに達している。


「これは、何? 別におかずとかないわけ?」


 ご飯をぐりぐりと掻き混ぜながら、早紀が言う。


「もしかして、早紀って」


 優奈が箸を止めて尋ねるる。


「のり弁食べたことないんか?」


 綾香の言葉に早紀がこくりと頷く。

 ほんとにお嬢様だったんだ。四人は、不思議そうにご飯とのりを分離している早紀を慈しむ目で見ていた。



     *



 二階のフロアに集まった五人は、床に三角座りをしていた。

 彼女達の前に立つ秋山が話しだす。


「君達に歌ってもらう曲なんだけどね」


 いわゆるデビュー曲である。五人はまんじりともせず、秋山の言葉を待つ。


「日本で作曲、作詞、振り付けまでしてもらって、ここにあります」


 秋山は、皆に見えるようにコンパクトディスクを掲げた。


「田端君」


 四角い箱を抱えた田端が、秋山の横に箱を置き、ディスクを受け取る。

 箱からトレイが出てき、田端はその上に、そうっとディスクを置いた。


「俺の専用クラウドからみんなにデータを送るよ」


 五人それぞれの目の前にディスプレイが浮かび上がる。


【魔法少女戦士 アテナ!】


 ピンク色の際どいコスチュームを着た少女が画面一杯に広がる。キャッチーな音楽が流れ、様々なコスチュームを着た少女達が次々と現れる。


「これが、デビュー曲?」


 早紀の冷たい言葉に田端が彼女のディスプレイを覗き込む。

 顔を真っ赤にした田端が慌てて箱を操作し、ディスプレイを消した。


「オタク」


 祐子がつぶやく。

 再びディスプレイが現れる。

 【外部入力切替】の文字が映し出された。


【chocolate attack!】


 文字が消えると、見たことのある五人の少女が画面に写る。


「これ、シルバリオンじゃない!」


 優奈が叫び声を出す。確かに、服装こそ、トレーニングウェア姿だが、隠しきれないスタイルの良さ、見とれてしまうような美貌。まさに、今、日本を席巻しているアイドルグループのシルバリオンのメンバーに間違いない。


 音楽が流れ、彼女達が踊り出す。が、曲、ダンスともに、いたって静か。いつもの攻めるような曲でもなく、激しいアクロバットなダンスもない。

 静かなメロディーに乗る歌詞は、地球での杏子達の事を綴っていた。

 単純に、それでいて美しいメロディー。腕の動きのみの派手さが無い振り付け。それらが、歌詞を際立たせていた。

 歌詞の言葉一つ一つが、杏子達の心に響いていく。


 杏子は思わず拳を握り、胸に押し付けた。

 この歌はまさしく、私達の為に作られた歌なのだろう。


 ディスプレイが暗転しても、五人は静かに黒い画面を見つめ続けていた。


「なんかしんみりしちゃってるけど、これが君達のデビュー曲。いい歌でしょ」


 頷く五人はみな、涙を拭く。


「で、練習の前に、決めなくてはいけない事があるんだけど」


 五人の回りを歩いていた秋山は、早紀の前で立ち止まる。


「グループとして活動していく以上、リーダーを決めなくてはいけない」


 優奈が手を挙げる。


「早紀がいいと思います」


 他の少女達も皆異議なしと頷く。


「よし、篠山君もいいかな」


 秋山の言葉に、少し緊張気味の早紀が頷いた。


「では、決定。三日後にデビューライブあるから、練習始めようか」


 立ち上がる五人は、さらっと流された言葉に気付いた。


「三日後? デビュー?」


 矢次早に繰り出される早紀の質問に、秋山が当然という顔で頷く。


「うん。ご当地物産展特設ステージ」


「えーーーー」


 少女達の悲痛な叫び声がフロアに響き渡った。

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