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Track-08.Stay at Home Stay!

 車の窓から身を乗り出して手を振る秋山に背を向けた杏子は、ホームステイ先となる豪邸を見上げた。

 秋山の話では、各ホームステイ先は、地球での生活レベルに合わせた選択をしているらしい。

 お世辞にも裕福とは言えない剣崎家。年に一回の国内旅行。贅沢さえしなければ、杏子が欲しがる物は大抵の与えてくれた。

 日本においては、普通レベルの家庭だと思い込んでいたが、銀河帝国では、これで普通の家庭なのだろうか。


 短く刈り取られた、芝生の中を、白塗りの壁に向かって歩き、小さなベルのスイッチを押した。


 かわいらしいベルが鳴り響く。壁の内側には、様々な種類の植物が鬱蒼と植えられ、その向こうには、レンガ作りの家が見える。

 辺りを見てみると、同じような作りの家が永遠と立ち並び、広い通りには、緑の葉を繁らせた街路樹が立ち並んでいる。


「剣崎杏子さんね。いらっしゃい」


 女性の声に振り返ると、木目の門扉越しに、銀髪の女性が、長い髪を揺らせて微笑んでいた。


「グレイズ・マーサです。疲れたでしょ。どうぞ」


 マーサは、門扉を押し開け、杏子を招き入れた。

 マーサと並ぶと、杏子の目線は、黄色いドレスの胸辺りであった。銀河帝国の人の平均身長は地球と比べて随分と高いようだ。


「街には慣れました?」


 キャリーバッグを引き、手入れが行き届いた庭を眺めながら歩く杏子に、マーサが話し掛けた。


「まだ、今日来たばかりで。綺麗なお庭ですね」


 杏子は、庭の一角に咲く、小さな白い花を眺める。杏子の母親も、道場裏の小さな花壇に、いつも花の種を蒔き、花が開くと、プランターに植え替え、玄関先に飾っていた。

 彼女の言葉に、マーサが上品に笑う。


「主人が、仕事の関係でね、銀河中からいろんなお花を持って帰ってくれるの」


 木目調の白いドアを開くマーサに続いて、杏子は玄関に入った。広い玄関の壁には、風景画が飾られ、靴棚の上には、色とりどりの花がいけられた花瓶が置かれている。


「お部屋は二階よ。どうぞ」


 杏子は、前を歩くマーサを追い掛けて、キャリーバッグの取っ手を掴み、両手で抱き抱え、二階への階段を登る。


 案内された部屋は、二階の端、窓からの光の中、板床に、ベッドと小さな机が置かれていた。


「荷物を置いたら、下に来てね」


 マーサは部屋を見渡す杏子に言うと、階段を降りていった。

 キャリーバッグを床に置き、ベッドに腰かけた、杏子は、両手を伸ばして、伸びをする。

 初めて接する帝国の人が異星人である杏子達をどう思っているのか心配していたが、どうやら無駄な心配だったようだ。

 ベッドから立ち上がり、窓からの景色を眺める。

 緑に覆われた高級住宅街。将来住むならば、こんなとかろに住んでみたい。高校の友達と語り合った理想の生活がここにあった。


   

     *



 一階に降り、リビングらしい部屋に続く扉を開ける。

 突然、杏子の耳に幾つもの炸裂音が響く。

 驚き、目を開けると、暖炉のあるリビング内に、折り紙の飾りが施され、中央のソファーセットのテーブル上には、大きなホールケーキが見えた。


「ようこそ、銀河帝国へ」


 クラッカーを握る、銀髪の男性が、片方の手で顎髭をさすりながら杏子に笑いかける。


「黒い髪の毛かっこいい!」


 銀髪の小さな男の子が杏子を見上げていた。


「旦那のヴェルと、次男のエコよ」


 マーサがクラッカーから飛び散ったリボンや紙切れを拾いながら言う。


「さあ、こっちに座って」


 ヴェルに案内されるまま、杏子はソファーに腰掛ける。

 杏子の前に座ったヴェルは、ボトルからグラスにオレンジ色の飲み物を注いだ。


「えーと、出身は地球だったね。どんなところか教えてくれ」


 グラスを杏子の前に置いたヴェルは、興味深そうな目で彼女を見つめる。


「ねえ、スターバースト見れた?」


 杏子の膝にしがみついたエコが、金色のつぶらな瞳で彼女を見上げていた。



     *



 恐る恐る食べたケーキは、チーズケーキの様な食感だったが、なにかの果物が練り込まれているらしく、甘酸っぱさが、爽やかに口の中に広がった。ジュースは、想像通り、オレンジの味だが、これにも、様々な果物がミックスされているのだろう。飲む度に味が微妙に変化した。地球で、サクラ達と、有名なスイーツの店を巡ったが、それらとは、比べものにならない。秋山が言った「グルメだけをウン万年追求した文明もある」の言葉を思い出す。


「ねえ、剣道って、ソードインベクターに出てくる、イオンソードみたいな物なのかなぁ」


 剣道の話しになり、竹刀を使った試合の様子を説明していた杏子の膝にエコが抱き着く。

 聞き慣れない言葉に、マーサを見ると、笑顔で答えた。


「ゲームの中に出てくるのよ。今、小さい子供達の間ではやってるみたいね」


「イオンソードは、相手の属性によって、性質を変えるんだ。その中に、木のソードがあるんだ」


 マーサの言葉を遮り、エコがまくし立てる。


「最初に支給されたのが、確か、木で出来た剣だったよ」


 得意げに、キラキラと目を輝かすエコ。首を傾げる杏子の目の前に、ディスプレイが現れる。


【ソードインベクター。レイコムシステムから販売された、完全体感型バーチャルRPGゲーム。参加者は、様々な種類の武器を手に、ゲーム内世界アリスタンドランドの制覇を目指す。帝国内で、五百万人以上がログインしている。イオンソードは作中、プレイヤーが手にする武器の一つ。木製の片刃剣だが、物語りが進み、特定のボスを倒すことで、材質が変化し、最終的には最強の武器になると言われている。ちなみに、初期の木製イオンソードのまま、ボスクラスの敵を倒す猛者も確認されている。(通称、木製プレイヤー又は、モクプレ)】

 

 便利な物である。ネットにアクセスするように、頭の中で疑問に思ったことが勝手に表示されたのだろう。さらに、参考プレイ動画のスイッチパネルが映しだされるが、今は見たくないと思うと、直ぐにディスプレイ事消えた。

 

 地球での生活について、聞かれるままに話し、帝国首都惑星の素晴らしさを聞かされながら、ケーキを食べていた杏子は、外から聞こえる車の音に気付き、玄関の方に視線を移した。

 乱暴に扉を開き、入って来たのは、長めの銀髪の少年だった。

 彼は、リビングの様子を眺めると、


「なんだ、新しいお手伝いかと思ったら、研究生か」


ぶっきらぼうに言葉を吐き出し、階段を上がっていく。


「こら、客人に失礼な事を言うな」


 ヴェルが大声を出す。少年は階段で立ち止まった。


「下級惑星人のくせに客人とは、笑わせるよ」


 少年の言葉に、マーサが、立ち上がり、階段に走り寄る。


「言いすぎよ。リューク。謝りなさい」


 リュークはそのまま階段を上がっていった。ため息をついたマーサが杏子に頭を下げる。


「長男のリューク。難しい年頃なの。ごめんなさい」


 マーサは深々と頭を下げた。



     *



 リュークを抜いた四人で夕食を食べ、シャワーを浴びた杏子は、持ってきたピンクのキャミソールと短パンに着替え、髪をタオルで乾かしながら、部屋のベッドに座った。


「剣崎さん、どうだった?」


 どこからか、声が聞こえた。杏子の目の前に、小さなディスプレイが現れ、優奈の顔の一部がアップで映し出されていた。 


「な、中川さんだよね」


 杏子はディスプレイに映し出された鼻の穴に向かって話す。


「ぷー、中川さん、ええセンスしてるわ」


 優奈の鼻の穴の横に、新しいディスプレイが現れ、お団子を解いた綾香が笑い転げてた。


「中川さん、ディスプレイの意識を、少し顔から離して」


 また新しいディスプレイが現れる。今度は、祐子の呆れたような顔が浮かび上がる。


「んー、こうね、なんかおかしかった?」


 杏子とディスプレイの中の優奈以外が慌てて首を振る。

 新しいディスプレイが現れる。が、他のディスプレイと違い、ディスプレイの回りが宝石の様な飾りで彩られていた。


「ホームステイって、なかなか気を使うものね」


 宝石の中、早紀が髪にブローを当てていた。そして、顔面パック。


「篠山さんだよね」


 優奈が恐る恐る言う。パックに気づいた早紀が、頷きながら、目の辺りのパックを外してみせた。


「なんで、篠山さんだけ、画面デコられてんねん」


 綾香が、頬を膨らませる。


「みんなと違うのかしら」


 早紀の言葉に全員が頷く。


「で、みんな、どんな感じだった?」


 身を乗りだした顔面パックの早紀が画面一杯に広がる。


 早紀は、銀河帝国の中でも、かなり大きな政治的力を持つ家庭に入ったらしい。秋山の言ったとおり、地球での生活レベルが反映されているのだろう。

 優奈は、マンション住まいの若い夫婦の家庭に、綾香は、夫婦に六人の子供の大家族に入ったらしい。そう言えば、さっきから、綾香のディスプレイの向こうに、小さな子供の姿がチラチラと見えている。

 祐子は、年老いた女性の一人住まいだったらしい。祐子の事を孫と勘違いして困っていると話した。


「提案なんだけどさ」


 一通り、近況紹介が終わると、早紀が画面に顔を近づける。


「私たち、これから、一緒にやっていくんだから、名前で呼び合おうよ」


 全員が、一斉に頷く。


「ていうか、秋山のおっちゃんて何者なんだろうね」


 優奈の顔が画面に近づき、また鼻の穴が映し出されている。


「外交省って言ってましたけど、外交官って感じではなかったですね」


 優奈の鼻を完全に無視し、祐子が顎に手をやりながら言う。


「外交省の秋山って名前、聞いた事があるような気がするんだけど」


 早紀が、顔面パックの顔を宙に向ける。

 杏子は、地球での早紀の家が政治家だった事を聞いていた。そういう世界に詳しいのだろう。


「明日からレッスンなんだよね」


 優奈のディスプレイにため息が吹き付けられて、不快な音を立てた。


「優奈、お願いだから、今、笑わせないで」


 顔面パック中の早紀が、諭す様に言う。またドアップになっている事に気付いた優奈が恥ずかし紛れに言う。


「私、歌とか、ダンスとか全然自信無い。やっていけるのかな」


「私も」


 杏子も、手を挙げてつぶやく。


「まあ、明日次第ね。綾香は新体操してたなら、ダンス出来るんじゃない」


 急に早紀に話題を振られた綾香が顔の前で両手を振る。


「クラシックバレーやから。アイドルってどんな踊りなんやろ」


 黙り込む五人。沈黙を破ったのは、優奈だった。


「明日、またあの車に乗るのかあ」


 突然吹き出し、笑い出す声が響く。早紀だった。笑いの壷に入ったらしく、せっかくの顔パックがぐちゃぐちゃになっていた。

 ポカンと見つめる四人。


「だ、だって、鼻が、鼻があんなこと言って……」

 

 お腹を抱えて笑い転げる早紀は涙を流しながら、苦しそうにディスプレイを指差している。つられて優奈のディスプレイを見ると、やっぱり、優奈の鼻の穴が拡大されていた。


「何、どうしたの?」


 揺れる鼻の穴が出す言葉に、皆の笑い声が止まらなかった。

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