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Track-07."Cream Doughnut"に騙されるな!

 秋山の運転するバンは、車の流れから外れ、降下をはじめた。

 超高層ビル街を抜け、中層の雑居ビルが立ち並ぶ猥雑な町並みの一角に車が止まる。

 バンを降りた少女達は、お互いの無事に安堵しながら、歩道で辺りを見渡した。


 通りを走る車。両脇の歩道を、帝国人がひっきりやなしに歩いている。

 立ち並ぶ雑居ビルには、様々な看板がホログラムで浮かび上がっていた。

 【帝国家電】のホログラム看板の下には、人だかりの向こうに、テレビらしき物が歩道まで陳列されている。その横では、ホログラムに映し出された女性歌手が歌を歌っている。レコードショップだろうか。


「電気街みたいやね。なんか懐かしいわ」


 トランクに身をつっこむ秋山から、取り出した荷物を受け取る少女達は、綾香のつぶやく言葉に頷く。


「さあ、行きますよ」


 車の施錠を確認した秋山が、すぐ横の雑居ビルに向かって歩き出す。

 秋山が向かう雑居ビルの一階は、安売りの雑貨屋。 歩道まで溢れ出す商品棚の横を抜け、脇の階段を上っていく。

 杏子は、階段の入口に貼付けられたボロボロの表札を見つけた。


【辺境外交部 地球文化会館本部】


 ホログラムではなく、プラスチックの板に書かれた手書きの文字に、彼女は一抹の不安を感じざるをえなかった。



     *



 雑居ビルの三階の扉を開けると、小部屋が並ぶ通路に出た。

 秋山は、通路に入ってすぐの部屋の鍵を開ける。

 部屋の扉には【日本事務所】の文字が見えた。

 他の部屋にも、地球の各国の名前が書かれている。が、人が出入りしている様子はなく、板が打ち付けられてた扉があったり、ガラスが割られ、ガムテープで補修している扉もある。


 扉を開けた秋山は、ドアストッパーを扉に挟むと、五人に部屋に入るよう手招きをしている。

 部屋の中には、黒革のソファーセットが中央に置かれ、奥の窓の下には、事務机があった。そして、狭い部屋中に、ところせましと積み上げられたチラシの山。チラシはもちろん、秋山が五人に見せたTKUの物。

 チラシの間を歩き、ソファーに腰掛けた五人は、補修だらけの背もたれにもたれかかる。

 事務机に荷物を置いた秋山が、窓のブラインドをあげていく。

 部屋に光が差し込むが、窓ガラスの向こうに迫るビルの壁に圧迫され開放感は全くない。

 奥の部屋で、ガチャガチャと何やら準備した秋山が、大きなお盆を持って部屋に戻る。


「ご苦労様でした。ここが日本外交省銀河帝国事務所です」


 言いながら、秋山は五人の前のテーブルに、白いホイップクリームがかけられたドーナツと、コーヒーを並べていく。

 お盆を片付け、事務机の椅子に座った秋山が、ソファーに座り、不安気に辺りを見回す五人に話し掛ける。


「こう見えても、昔は地球各国から外交官が派遣されて、活気に溢れていたんだがなぁ」


 ソファーセットのテーブルに、秋山から貰ったチラシを載せた早紀が、秋山の方に体を向ける。


「他の国はどうして誰もいなくなってしまったのですか」


 少女達は早紀の言葉に頷きながら、秋山を見上げる。窓からの光を背負った秋山の表情は読み取ることが出来ない。


「銀河帝国は、あまりにも大きい」


 秋山は、腕を組み、椅子にもたれかかる。


「高度に発達した文明だけでも二千世界。地球レベルの文明も入れれば、一万世界を超えると言われている」


 秋山の話では、地球が銀河帝国に認知されたのは、辺境地域専門の探索番組の中で紹介されたのが最初だったらしい。

 銀河系の中でも、ぺルセウス腕には、主要文化圏が多数存在し、帝国内でも主要な地位についているらしいが、オリオン腕には、最近まで探索の手が伸ばされておらず、未知の宙域として、天文マニアにのみ知られる存在であった。


「最初こそ、物珍しさから、いろんなメディアに紹介されてな。そりゃ、えらい活気だった」 


 秋山は思い出に浸るように目を閉じた。


 だが、そんな状況も長くは続かなかった。次々に発見される新しい文明。そして、一番影響が大きかったのは、銀河帝国政府による外交政策の変更だった。

 銀河系をほぼ手中に納めた帝国は、局部銀河集団に手を伸ばしはじめた。

 保守的だった前執政庁の政治家が汚職で失脚し、積極外交政策を取る現執政庁へ移行されたのが原因との噂である。遠征に向けて、現在、大マゼラン星雲への遠征艦隊が建造されているらしい。おかげで、帝国内の景気は良くなったが、地球は、一万世界を数える辺境の低文化惑星の一つとして人々の記憶から消えていった。

 

「観光やグルメ、みんな頑張ってたんだけどね」


 秋山は言いながらハンカチを取り出し目頭を押さえた。


「宇宙には、落差ウン万メートルの滝なんてざらだしね、密林だけに覆われた惑星もある。グルメだけを何万年も追求した文明もある」


 要するに、地球は、観光政策に失敗したということだろう。科学技術でも遥かに及ばない。では、どうして、日本だけ。


「どうして日本だけ残っているのですか」


 早紀が皆の疑問を代表して尋ねる。


「よくわかんないんだけど、なんか反対運動があったみたいだね」


 秋山は、両手を伸ばして肩を竦めた。


「で、私たちはこれからどうすればいいのですか」


 これ以上の質問は意味がないと思ったのか、早紀が秋山を睨みつけて言う。

 秋山は頷くと、机の上のファイルを広げた。


「現在、帝国内で、密かにご当地アイドルってのが話題になっているらしい」


 手元のファイルのページをめくる。


「というわけで、君達には、地球のご当地アイドルとして、地球の宣伝をしてほしい」


 ファイルから視線をあげた秋山は、あんぐりと口をあける五人を見渡す。


「それぞれが得意分野のパフォーマンスをして、ちょこっと歌も歌ったりして」


 優奈が手を上げる。


「私、歌を歌ったこともないし、パフォーマンスなんてしたこともありません」


 優奈の言葉に頷く少女達。秋山はファイルをめくる。


「中川優奈君は、弓道をしていたんだよね」


 頷く優奈。少女達の脳裏に嫌な予感が広がる。


「舞台の上で、こう、弓をシュパッと」


 事務机の向こう、弓を射る真似をする秋山を、五人が睨みつける。

 

「篠山早紀君は空手だね。じゃあ、やっぱり瓦割り」


 ファイルを持ち、立ち上がった秋山は、手剣で、机を叩く。


「剣崎杏子君は実家が居合道場だから、俵切りなんかいいかも」


 腰に手を当てた秋山の手剣が空を切る。


「広川祐子くんは、護身術で、巨体をこうひっくり返すとか」


 手首を返し、「やー」と声を出す秋山。


「松田綾香君は、ほら、なんかボトルみたいなの上に放り投げてキャッチとか」


 呆れて黙り込む五人。これ以上、秋山の演技を見る事が出来なくなり、目を伏せた。

 突然、優奈が、目を擦りながら、声を上げて泣き出した。


「そんな事の為に、私たち、こんな所まで来たのですか?」


「あんまりや」


 横に座る綾香も両目に涙を溜めている。

 秋山は、所在無く、泣き出した五人を眺めている。


「そりゃ、説明の仕方が悪い」


 若い男性の声が聞こえた。顔を上げ、声の方を見ると、部屋の入口に、男性が立っていた。


「田端君、しかし」


 男性に言い寄る秋山を制した田端は、黒縁の眼鏡を触り、涙顔で彼を見上げる五人を見渡す。


「おっちゃんの話にあった大マゼラン星雲への遠征艦隊なんだがな」


 ジーンズポケットに手を入れた田端は、ゆっくりと、部屋の中を歩く。


「長い遠征には、惑星その物を宇宙船に改造する事があるらしい」


 五人を見渡す田端は、短く刈り上げられた黒髪の頭をかきむしる。


「惑星船というらしい。その候補の一つに地球が挙がっている」


 田端の側に秋山が駆け寄る。


「田端君、そんな事言ったら」


 言い寄る秋山を制し、田端は続ける。


「君達の活躍いかんに地球の未来がかかっている」


 田端は唖然と見上げる五人を見回すと、そのまま、部屋を出ていった。


「あれ、誰?」


 早紀が部屋の田端が消えていった扉を見ながら言う。


「田端君。二階のアンテナショップの店員さん」


 気を取り直した秋山は、ため息をつきながら、事務机の椅子に座る。


「秋山さん、田端さんが言ってた事って」


 杏子が言いながら立ち上がる。


「公式に発表は無いけど、そういう噂はあるみたいだね。あくまでも噂だよ。さっき言った通り、地球みたいな惑星は数え切れない程あるからね」


 今にも地球が無くなってしまうかと思った杏子は安堵に胸を撫で下ろして、ソファーに座った。


「これからの私達の予定はどうなっているのですか」


 祐子の質問に、秋山が頷く。


「しばらくは、歌のレッスンと、パフォーマンスの練習だね。それから、君達の住む場所なんだけど」


 秋山がファイルをめくっていく。


「入国条件の関係で、それぞれ、銀河帝国の家庭にホームステイしてもらうよ」


 五人が一斉に非難の声を上げる。


「しかたないんだよ。君達は、文化研究生として帝国に来ているからね」


 早紀が思いつめた顔で立ち上がる。


「私達、地球に帰れるのですか」


 皆が一番気にしていた質問である。答えが怖くて言い出せなかった彼女達は、秋山を見つめる早紀を見上げる。


「ああ、帰ることは出来る」


 秋山は、まっすぐ早紀の目を見ながら答えた。ひっかかる言い方だったが、その言葉に、少女達は安堵のため息を漏らす。


「せや、これ、充電でけへんの?」


 綾香がポケットからスマートホンを取り出し、秋山に見せた。


「ああ、携帯電話ですか? そんな物より」


 目を閉じる秋山の前の空中にディスプレイが浮かび上がる。


「なんすか、秋山さん?」


 ふてぶてしい顔の田端が映し出される。


「こうやって、話したい相手を思い浮かべれば、何時でも連絡がとれるよ」


 無視されて何か叫ぶ田端のディスプレイが消える。


「この惑星全体がネットワークの中みたいな物だからね」


 得意げに五人を見下ろす秋山は、それぞれにディスプレイを開き、映し出されたお互いの顔に歓声を上げる少女達の姿に驚く。

 秋山はこのシステムに慣れるまで随分時間がかかったのだが。


「若さとは、素晴らしきかな」


 つぶやく秋山は手元のファイルを閉じた。


【全国世論誘導実験結果に立脚する軌道惑星資源化阻止計画書(内閣内務省案)】


 秋山はファイルの表紙の文字をなぞる。

1st.Album『TKU5』

 インディーズレーベル『日本レコード』から配給。


 TKU5時代初期の楽曲八曲を収録。篠山早紀をメインボーカルとする、デビュー曲『chocolate attack!』はファンの間では幻の名曲と言われている。後に、スキヤキブームを作るきっかけの曲として名高い。


 アルバム前半には、地球でのメンバーの思い出を歌い上げた曲が多く、再収録にあたっては、スローテンポでエモーショナルに編曲されている。

 後半には、帝国に降り立った驚きと戸惑いが、ロック調の楽曲に込めらている。

 全編を通して、故郷を思う少女達の素直な気持ちが心を打つ。


 

『商業的には成功とは言いがたいが、遥か遠い地球から来た彼女達にとっては、常に心の支えとなっていた楽曲』(Burn Galaxy誌特集号)


 現在は廃盤。ストリートミュージッククラウド(SMC)においてのみデータ取得可能となっている。



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