Track-06.King Of Freeway!(for Mr.S.A)
いままでとは比べ物にならない位、巨大な宇宙船が宇宙空間を埋め尽くす。
それらすべての船が一つの場所に向かっていた。
青く三日月に輝く惑星。その軌道上に浮かぶ人工惑星。
相変わらず、他の乗客がいない客室内で、少女達は、小さな窓に顔を張り付け、その人工惑星を眺めていた。
*
荷物を持ち、船を降りた彼女達は、まず、プラットホームを歩く人の多さに驚愕し、思わず立ち止まった。日本人と比べてかなり身長が高く、髪は皆銀髪である。
「ここが銀河帝国?」
優奈がつぶやくが、誰もが答えることができない。 固まって立ち止まる少女達を、回りの人々が、不快な目をして、何か小声でつぶやき、避けていく。
「とりあえず、行こうか」
早紀の言葉に頷いた四人は、はぐれないよう、身を寄せながら、プラットホームを人の流れに乗り、歩いていった。
しばらく歩くと、先頭の早紀が通路の先を指差した。
「ほら、あれ」
早紀が指差す先には、人垣の隙間から、
【株式会社コスモス食品 懸賞旅行御一行様】
と日本語で書かれた紙が見えた。
少女達は顔を見合わすと、笑顔で走り出した。
紙を持っていたのは、はげ上がった頭に僅かに残る髪の毛を張り付け、スーツに身を包む老人だった。
「日本政府外交省の秋山と申します」
久しぶりに聞く流暢な日本語に、少女達は安堵の笑みをこぼす。
「秋山さん、ここは銀河帝国ですか?」
荷物を地面に置いた早紀が尋ねる。
「ええ。銀河帝国の首都惑星です。はるばるよく来られたました」
紙を鞄に直した秋山は、頷きながら、少女達を見回した。
「ちょっと! これどういうことなん!」
綾香が秋山に顔を近づける。
「ちゃんと説明してよ!」
続いて優奈も秋山に詰め寄る。
秋山は、ズボンのポケットから取り出したハンカチで汗を拭きとり、両手を振る。
「まあ、詳しいことは、おいおい。とりあえず長旅で疲れているでしょうし、行きましょうか」
早口でまくし立てた秋山は、もう一度、少女達を見回し、頷くと、「さあ、こちらです」と言い、通路を歩き出した。
五人は、不満に頬を膨らませながら、荷物を手にとり、人ゴミに埋もれそうな、秋山の小さな背中を追い掛けた。
*
「騙してしまった形になってしまった事は謝ります」
ドーム状の空間に入った秋山は、改めて頭を下げた。
人の流れが止まり、皆が、荷物を床に置いている。巨大エレベーターらしく、しばらくすると、周囲のガラス越しに、さっき見た青い惑星が見えた。惑星の表面が少しづつ近づいている。
「で、これから私達はどうなるのですか」
長身の祐子が、秋山の頭を眺めながら尋ねる。
頷いた秋山は、裕子を見上げるように顔を上げて笑顔を作る。
「あなた方には、地球の親善大使として、一ヶ月間活動して頂きます」
秋山は言いながら、鞄の中から、チラシを取り出すと、それぞれに一枚ずつ手渡した。
【地球親善大使 パフォーマンスアイドル TKU5!】
大見出しの下には、いつの間に撮ったのか五人の顔写真が印刷されていた。それぞれの顔写真の下には、名前や年齢、部活動等の簡単なプロフィールが書かれている。
「これ、全国大会の時の写真だ」
杏子は僅かに見える剣道の白い胴着と、背後に写る観客席に見覚えがあった。他の四人も、それぞれ部活動の大会の写真が貼られているらしい。
「いやー、ホントに来てくれるとはねぇ。政府はまだ私たちを見捨ててなかったんだなぁ」
秋山は、ズボンからハンカチを取り出すと、しわだらけの目頭を押さえた。
「ねえ、このTKUって」
早紀が、チラシを握り締めながら秋山を睨み付ける。
「もちろん。“ThiKyU“の略です。今、そんな名前、流行ってるんですよね」
秋山の涙で潤んだ瞳を見ながら、五人は一斉にため息をついた。
*
エレベーターのドームを出た秋山は、人の流れから外れ、通路をしばらく歩くと、扉の前で立ち止まった。
「簡単な身体検査を受けて頂きます。ほら、へんな病気とかかかっていたら大変でしょ」
秋山が開いた扉の先には、五つのリクライニングシートが並べられていた。
シートの横には、白衣を着た背の高い銀髪の男性が立っている。
「銀河帝国のお医者さん。じゃあ、私は外で待ってますから」
二言三言、男性と言葉を交わした秋山は、手を振りながら部屋から出て行った。
残された五人は仕方なく、それぞれ荷物を置き、シートに座る。
目の前には、嵌め殺しのガラス窓が設置され、高層ビルがひしめき合っている様子が見えた。小さな物が、ビルの回りを飛び交っている。自動車の様なものだろうか。
何となく景色を見ていた杏子に、また強い眠気が襲ってきた。なんとか抗おうとして首を振る。
杏子の横のシートでは、気持ち良さそうに寝息を立てる早紀。
そして、早紀の横に立った白衣の男性が、金属製のヘルメットを彼女に被せる。
何かおかしい。
体を動かそうとするが、シートのひじ掛けの上の指は全く動かない。
杏子の横に立つ男性。手には、金属のヘルメット。
意識が遠退いていく。
*
「はい! お疲れ様でした」
手を叩く音に目を覚ます。目を開いていくと、ガラスの前に、白衣の男性が笑顔で立ち、五人を見ていた。
「検査終了です。特に異常はなし。どうぞ素晴らしい帝国生活をお送り下さい」
まだ重たさの残る頭を振りながら、彼女達はシートから降り、荷物を持ち上げた。
ぼんやりする頭を下げて、扉を開ける。
部屋の外では、ベンチの上で、秋山が居眠りをしていた。
「秋山さん!」
優奈が、秋山の肩を揺する。目を覚ました秋山は、スーツの袖でよだれを拭きながら、少女達を慈しむ様に見上げる。
その目に、さっきまでの輝きは無かった。
「じゃ、行きましょうか」
秋山は、膝に手を置き立ち上がり、通路を歩き出した。
「あれ、なんやこれ?」
綾香が立ち止まる。彼女の見つめる先を見ると、通路の壁に、
【 ← 出口 】
の文字が浮かんでいた。
「日本語だ。さっきまで無かったよね」
優奈の言葉に皆が頷く。
「そういえば、お医者さんも日本語を話してた」
祐子が言う。
立ち止まった秋山が、笑みを浮かべて、五人を振りかえっていた。
「長い旅だったからねぇ。疲れていたんでしょう」
秋山は五人とは目線を合わせず、また通路を歩き出す。
ただの身体検査では無かったのだろう。
杏子は、医者が手に持っていたヘルメットを思い出していた。
「もしかして……」
言いかけた杏子は口をつぐんだ。自分の想像のあまりの恐ろしさに、口に出す事が出来なかった。
「旅で疲れていたんだよね」
杏子が言いかけた言葉は、優奈の明るい声に掻き消されていた。
五人は、頷き合い、秋山の背中を追い掛けて走り出した。
通路を歩く秋山は、大きな扉の前で足を止めた。
「銀河帝国へようこそ! TKU5!」
秋山が扉を押し開ける。五人は先を争う様に扉から駆け出た。
眩しい光に一瞬目を細める。
真っ青な空に向かって伸びる超高層ビル。その間を飛び交う飛行物体。目の前には、通りを埋め尽くす人の海。通りの両脇には、ホログラムの看板が点灯している。
かつて、だれもが思い描いていた、未来の街の姿。
「ほら、早く乗って」
口を開けて、辺りを見回す五人に秋山が声を掛ける。
秋山は、通りの隅に置かれていた車の様な物の後部トランクを開けていた。
荷物を持って走り寄る彼女達は、その車にタイヤが無いことに気付いた。
トランクの前の秋山に荷物を渡す。トランクに荷物が放り込まれる度に、車の車体が揺れていた。
「この車、浮いてる」
優奈がしゃがみ込み、車の下を覗く。
「さあ、早く乗っておくれ」
秋山に促され、五人は、車の後部ドアを開け、車内に乗り込んだ。
車内は三列シートになり、綾香と優奈が二列目に、残りの三人が三列目に腰を降ろした。
「さあ、行きますぞ。ベルトをちゃんとしておいて下さい」
ドライビング手袋を嵌めた秋山が運転席から、振り返る。
ベルトを締め、固唾を呑み込む五人。
浮かび上がった車は、高度を上げ、空を流れる車の列に加わった。
鳴り響くクラクション。勢い良く追い越していく車。
明らかに、車の流れに乗れていない。中には、あからさまに幅寄せをする車もいる。
「おっちゃん」
たまらず綾香が運転席に身を乗りだし、必死にハンドルを握る秋山に声を掛ける。
「なんじゃ。運転中に話しかけんでくれ」
クラクションが鳴り響き、秋山の運転する車の前に、スポーツカーが割り込む。
「もうちょっとスピード出やんか」
後部から幅寄せする車を見ながら、頷く杏子達。
「これが精一杯じゃ!」
秋山の叫び声に、綾香がシートに体を戻した。
耐え切れ無い様子で優奈が吹き出し笑い出す。釣られるように、車内に笑い声が広がった。
「高齢者マーク付けとるから大丈夫、なはず」
鳴り響くクラクションの中、秋山の声が弱々しく聞こえた。