Track-05.メインストリートで行こう!(Galaxy Burger tie-upsong)
避けることの出来ない強い眠気。夢を見ることもない深い眠り。
瞼に差し込む明るい光に、杏子は思わず目を開けた。
どれくらい眠ったのだろうか。ポケットからスマートホンを取り出し、電源を入れる。が、全く反応しない。電池が切れてしまったのだろうか。
旅行に行くため、充電は満タンにしていたのに。
ため息を付き、スマートホンをなおす杏子をまた強烈な光が襲う。
暗い車内が明るくなる。
窓の外を眺めた杏子は息を飲んだ。
杏子達の乗るバスのすぐ横を、巨大な細長い光の塊が、並走していた。
よく見ると、光は無数に開けられた窓から漏れている事が分かる。船か何かだろうか。形は流線型の高速鉄道に近い。
巨大な光の塊は、速度を上げると、バスを追い抜いていく。その後部が青白く輝いていた。
更に驚いたのは、見渡す限りの空間を並走する、数え切れ無いほどの、細長い光。
「すごい。宇宙船がいっぱい」
杏子は声の方を見る。後部席で、ベルトを外した早紀が、窓に顔を付けていた。
「宇宙船?」
杏子が早紀を見ながら聞く。声に気づいた早紀は、杏子に視線を移して頷く。
「やっとメインストリートに入ったみたいね」
あまりの早紀の落ち着き振りに、杏子は訝しがる表情で早紀を見る。
「メインストリートってどういうこと。篠山さんは何か知っているの?」
語気を強めた杏子の声に眠っていた皆が目を擦りながら窓の外を見て言葉を失う。
「篠山さん。答えて」
更に繰り返される杏子の言葉に、少女達は一斉に後部席に目を移す。
俯き、目を閉じていた早紀は、決心したように顔を上げ、話し始めた。
「銀河系は、上から見ると、四つの腕を持つ渦巻きの形をしているのは知ってるわね」
杏子が頷く。
「私達の地球の場所は、その腕の間に浮かぶ小島の様な所なの」
理科の授業で教わった覚えがある。銀河系の中心から伸びるぺルセウス腕と呼ばれる星の帯。太陽系は、その腕から枝分かれしたオリオン腕にあったはず。
「今、私達がいるここは、オリオン腕を貫くメインストリート。まあ、高速道路みたいなものね」
早紀の言葉に唖然と口をあける綾香。
「なんで、あんたはそんな事知ってるんや」
綾香の質問に早紀が頷く。
「私の父親は、国会議員なの。だから、世間に知られていない銀河帝国について少しは知識があるの」
静まりかえる車内。ただ、横を通り過ぎる宇宙船の光だけが車内を明るく照らす。
「私達は何処に向かってるの」
優奈が身を乗り出し、後部席を振り返る。
「オリオン腕に伸びるメインストリートは、やがて、ぺルセウス腕のメインストリートに合流するの。その先は、銀河系の中程を取り巻く環状ルートに入ると思う」
話し終えた早紀は、これ以上は分からないというふうに、窓の外を眺める。
杏子の横で、祐子が携帯電話を開き、電源を入れる。土星で圏外に気付いた時から、電源を切っていたのだろう。祐子の持つガラケーは、まだ電池が残っているようだった。
「七月十六日。私達、九日間も寝ていたのね」
祐子は、携帯の電源を切り、フリップを閉じた。
「九日間も寝ていて、どうして体なんともないんだろ」
優奈が自分の体を見下ろしながら呟く。
「ほんまや。そんだけ食事抜いたら、ちょっと位痩せてやんと」
綾香が、自分のお腹をさする。部活動を引退してから、少し柔らかくなったお腹には、全く変化が無い。
「なんか、そう言われると、お腹空いてきたかも」
優奈が言いながらお腹をさする。
「後、トイレも」
綾香が顔を赤らめて言う。切実な問題であった。オンボロのバスにはトイレが無い。窓を開けるわけにもいかない。
「あれ、駅みたい」
窓を眺めていた祐子が言う。
祐子の視線の先には、円筒形の構造物が宇宙空間に浮かんでいた。
バスの横を走り去る巨大な宇宙船が、その構造物の側では、まるで米粒の様に小さく見える。
バスは、速度を緩めながら、その構造物に頭を向けていた。
その構造物の細部が次第に明らかになる。円筒形の回りには、数え切れない程宇宙船が停泊し、金属の壁面に大きく開けられたガラスの向こうには、町並みの様な物が見えた。
*
円筒形の中に入ったバスが止まり、扉が開く。
「ニモツヲモッテオリテクダサイ」
運転席に座っていたチョコザウルスが、床に落ちた被り物を被り直し、バスを降りていく。
少女達は慌てて荷物を纏め、後に続いてバスの階段を走り降りる。
息を飲み空を見上げる。何処までも続く青空。おんぼろバスの回りには、様々な形の宇宙船が止まっている。例えるならば、巨大なサービスエリアと言ったところだろうか。
チョコザウルスは、宇宙船の間を縫い、尻尾を揺らしながら、軽快に歩いていく。
早紀を先頭に、キョロキョロ辺りを見回す少女達が慌ててチョコザウルスを追い掛ける。
チョコザウルスは、建物の下で立ち止まると、扉に腕を伸ばした。
見覚えのある、白地に赤色の女性のマーク。
少女達は扉に駆け込んで行った。
*
建物の2階に上り、止められた宇宙船や、次々に滑り込む、大型宇宙船を見ながら、ひたすらハンバーガーを口に運ぶ。
カウンターのテーブル上には、見慣れたファーストフードのトレイが並でいる。
「せっかく銀河帝国まで来たのに」
優奈がブツブツ言いながらも、銀河バーガーにかぶりついている。
「こんなとこにまで出店してたんだね」
言いながら、ジュースのストローを口にくわえた杏子が、店内を振り返る。
店を見つけた時は、見覚えのあるファーストフード店に歓声を上げた彼女達だったが、店員は配置されておらず、チョコザウルスが手をかざすと、排出口からハンバーガーが転がり出て、ジュースとフライドポテトがトレイに載せられ、隙間から送り出されてきた。全く人のいない客席にも気持ちが沈む。
*
人気のない、だだっ広い通路を無言で歩く。
チョコザウルスが壁に設置されていた券売機で、小さなチケットを五つ取り出し、五人それぞれに手渡し、通路の奥を指差した。 チケットには見たこともない記号のような物が印刷されている。
ここからは付いて行かないと言うことだろう。不安げに顔を上げる少女達の前で、牙を出したチョコザウルスが満面の笑みで手を振っている。
五人が通路を進むと、エスカレーターが現れた。
重い荷物を置き、何処までも続くエスカレーターを上っていく。
辿り着いた場所は、ガラスに覆われた、うす暗い巨大なドームの中だった。
ガラスの向こうには、星空が広がり、宇宙船が飛んでいる姿が見えた。
ドーム内は、コンコースの様になっていて、横付けされるように巨大な宇宙船が浮かんでいる。
イルカを限りなく巨大にしたような宇宙船。その側には、紺色のスーツ姿の人影が見えた。
が、近づいて見ると、顔面に巨大なレンズが取り付けられたロボットであることが分かった。
手を差し出すロボット、五人は慌ててチケットを取り出して見せる。
「サントウキャクシツヘドウゾ」
ロボットは、聞き取れないような低い声を発すると、宇宙船の入口を指差した。
宇宙船の通路を進むと、上に登るエスカレーターと、下に降りる階段が現れた。
荷物を置きたい一心で、エスカレーターを上っていく。
宇宙船の最上階だろうか、ガラスで覆われた客室内には、鉢植えの植物の間に、リクライニングシートがまばらに置かれている。
すぐに、円筒形のロボットが少女達に近づく。
「ココハイットウキャクシツデス。チケットヲミセテクダサイ」
*
階段を降りていくと、薄暗い客室に出た。
通路の左右に並ぶ座席。これは間違いなく三等客室だろう。
「椅子、回転しないんだね」
座席の網棚に荷物を載せる優奈が呟く。
誰もいない客室。五人はその中程に固まるように座る。
「あれ、やっぱりファーストクラスなんだろうね」
窓際に座る杏子が、並んで座る祐子に話し掛ける。
「ここは、エコノミーって感じね」
答えながら、祐子は、固いシートをさする。
「チョコザウルスも、ケチケチせんと、ファーストクラスとってくれたらよかってん」
綾香が腕を組み、頬を膨らませる。
「でも、こうして、乗り継ぎとかするとさ、なんか、旅してるって感じがするよね」
優奈が、スナック菓子を口に放り込みながら言う。
「ファーストクラスなんか見んかったらよかったわ」
優奈の手元からスナック菓子を一つ取り、綾香が口に入れる。
銀河帝国へのメインストリート。早紀から聞いた話しを思い出し、杏子は、シートの背もたれ越しに、優奈のスナック菓子をつまみながら、一人座る早紀を見る。
小さな窓の縁に肘をかけた早紀は、栗毛をかきあげながら、物憂げな目で外を眺めていた。
*
円筒形の構造物を出た宇宙船は、他の宇宙船に紛れながら、徐々に速度を上げていく。
「あれ、ほら、教科書で見たことある!」
綾香が窓を見ながら大声を出す。
窓の外には、行き交う宇宙船の遥か向こう、まるで真っ赤なマントが翻るような星雲が見えていた。
「オリオン大星雲」
眼鏡をかけ直した祐子が、窓を見ながら言う。
地上から見上げたオリオン大星雲は、ぼんやりした、小さな点にしか見えない星の一つ。地球からの距離は千六百光年。
中央に輝く四つの明るい恒星。そこから、鳥が翼を広げる様に広がる赤いガスの雲。
幾重にも重なった、星間物質の織り成す、美しい光景。
まるで、通りすがりに見る観光名所のようにくっきりと見える。
彼女達は、故郷からの距離を現実として受け入れざるを得なかった。
オリオン大星雲を右手に見ながら速度を上げる宇宙船は、巨大なリング状の輪の中を通り過ぎる。
回りの宇宙船も、全てこのリングをくぐっている。
窓からリングの縁を眺めていた杏子を突然、衝撃が襲う。
リングをくぐった途端、宇宙船は速度を上げていた。巨大なリングがみるみる後方に見えなくなった。
更に、前方に迫るリングをくぐる。
衝撃とともに、リングは一瞬で姿が見えなくなった。
想像を絶する加速に、恐怖を感じた杏子は、窓から視線を戻し、衝撃に耐える。
加速の為の仕組みなのだろうか、しばらくすると、窓の外には、リングの内側のみが、虹色に輝くトンネルの壁の様に連続して見えていた。