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Track-04.Neptune Cufe!(Choco Cappuccino CMsong)

「なんかのアトラクションだよね」


 ポニーテールの少女が呟く。

 魔法の言葉だった。

 常識が足元から崩れ、平常心を保つ事が出来ないような不安。

 その中で、聞き慣れた、しかも、楽しい思い出を想起させるその言葉。

 少女達はかろうじて、現実感を取り戻す事が出来た。

 

 深呼吸をしながら、通路に戻った杏子は、窓に張り付く彼女達の姿に、思わず口に手を当てて笑った。


「よくできてるわね。窓は開かないみたいだけど」


 眼鏡の少女が、窓から、車内に視線を移す。


「3Dなんとかって奴やな」


 お団子頭の少女も、貼付けていた顔を窓ガラスから離し、車内を振り返る。

 よっぽど強く押し付けていたのか、彼女の額には、クッキリとガラスの跡が残っていた。

 車内の少女達の間に笑いが広がる。


「そういえば自己紹介がまだだったわね」


 最後部に座る栗毛の少女が、座席に体を戻して言う。


「私は、篠山早紀。光ヶ丘高校三年。よろしくね」


 優雅に栗毛を揺らす早紀が頭を下げる。


「広川祐子。山上高校三年」


 縁無しの眼鏡をずり上げ、祐子が頭を下げる。


「中野優奈です。奥山高校三年です。弓道やってました」


 優奈が手を上げて大声で言う。

 続いて、お団子頭の少女が立ち上がる。


「松田綾香いいます。東葛高校三年。最近引っ越してきたばかりやけど」


 皆が、杏子に注目する。

 おどおどと立ち上がる杏子。


「剣崎杏子です。新浜高校三年です。よろしくお願いします」


 皆が「こちらこそ」と声を合わせて答えてくれた。


 示し合わせたように、荷物を持ち、五人は中央の座席付近に集まる。


「みんなあれなん? チョコバーの当たり送ったん?」


 綾香の言葉に皆が頷く。


「うちは、弟が捨てた当たりくじを送ってん」


 綾香が皆に弟の写真を見せようと、スマートホンを取り出す。


「ほら、これうちの弟」


 突き出された画面には、こちらに手を伸ばし、必死に何やら叫んでいるらしい、丸坊主の少年が写っていた。画面をよく見ると、チョコバーの空き袋を握り、少年の頭を抑え付ける手も写っている。


 奪いとったんだ。


 綾香以外の皆が情景を思い浮かべて、笑い合う。


「圏外なんだね」


 笑い終え、画面を見る祐子が言う。

 確かに、綾香のスマートホンの画面には、電波圏外のマークが点滅している。 言われた綾香が、画面を操作する。


「ほんまや。あ、今十五時二十分。五時間も寝てたんやな」


 言われて皆が、それぞれのスマートホンを取り出す。

 パカッ、懐かしい音が響く。見ると、祐子が二つ折り携帯を開いていた。


「広川さん、ガラケー使ってるんだ」


 優奈が、横に座る祐子の携帯電話を覗き込む。


「こっちの方が実用的だからね。あ、やっぱり圏外」


 祐子が驚く様な早さで携帯のキーを親指で叩く。


「GPSも測位してないみたいね」


 早紀が、画面をタップしながら呟く。


「すごい。篠山さんのそれ、Iラインの最新モデルでしょ」


 優奈が通路越しに、早紀のスマートホンを見ていた。


「建物の中なのかな」


 杏子はスマートホンをポケットに入れる。


「でも、みんな高校三年生て凄いよね。女の子ばかりだし。偶然なのかな」


 杏子の言葉に、スマートホンの画面から顔を上げた早紀が答える。


「偶然にしては、出来過ぎよね。何か意味がありそう」


 腕を組み、黙り込む早紀。沈黙が車内に広がる。


「剣崎さんは、何か部活とかやってたの?」


 沈黙を恐れるように、優奈が杏子に顔を向ける。


「ずっと剣道してたよ。中野さんは弓道だよね。松田さんは?」


 スマートホンを触っていた綾香が顔を上げる。


「私は新体操やで。剣崎さんはいかにも剣道って感じやな。広川さんは?」


 綾香の言葉に、祐子は携帯を折り畳む。


「私は、合気道」


 いかにも、文学少女という面影に反した答えに皆が驚く。


「合気道って、護身術みたいなやつやな。篠山さんは?」


 俯き、考え込む早紀が綾香の質問に顔を上げる。


「空手」


 窓の外を眺める早紀が答えた。



     *



 彼女達は、なんとか話題を繋げていく。地元の話。学校の話。よく見るテレビの話。部活動の話。

 驚いたことに、皆が部活動で優秀な成績を納めていたことだった。

 特に早紀は空手で日本一に、杏子は全国大会準優勝、優奈は弓道団体全国三位に、祐子は全国学生大会三位、綾香は、全国大会準優勝。


 皆の華々しい経歴に、早紀の言葉がのしかかる。偶然にしては、出来過ぎている。

 押し黙る少女達。


「あれ」


 優奈がバスの窓を指差し、皆が一斉に窓の外に視線を移す。


 真っ青な丸い天体がバスに迫っていた。

 これも理科の教科書で見たことがある。

 

「か、海王星だよね」


 祐子が、恐る恐る言う。

 またたき一つない、星空の中に、余りにも巨大な惑星。煌めく細い輪の中、渦巻く青い大気は、彼女達にただ恐怖を与えた。

 これは、現実。どういうわけか、今いる場所は海王星。手が振るえ、呼吸が早くなる。

 

「ねえ、ちょうどいいし、お茶にしない」


 今にも感情が弾けそうな雰囲気の中、早紀が鞄から水筒を取り出していた。


 皆が無言で見つめる中、早紀は、水筒のコップに、茶色い液体を注いでいく。チョコレートの甘い香りが車内に漂う。


「ぺルシアンのチョコカプチーノよ」


 大手コーヒーメーカーの名前を言いながら、早紀はコップを優奈に渡した。

 優奈は頭を下げ、両手で受け取り、口をつける。


「おいしい!」


 差し出したコップを綾香が奪い取り、口をつけた。


「なんやこれ! こんなおいしい物飲んだことあらへん」


 杏子が差し出されたコップを受け取る。

 湯気を立てるカプチーノを口に入れる。

 信じられいくらいに濃厚なチョコの甘さ。そして心地好いカプチーノの苦み。確かに、こんな美味しいカプチーノは飲んだ事が無い。

 隣でじっと見つめる祐子に気付き、コップを渡す杏子は、早紀が高級外車でバス停に現れた事を思い出した。しかも、扉を開けたのは、漫画でしか見たことがない執事だろう。 

 ぺルシアンは高級嗜好品の通販会社である。あのチョコカプチーノは、杏子達庶民からしたら、一生手が出ない代物かもしれない。


 車内がチョコレートの香りに包まれる中、皆が鞄をまさぐり、それぞれが持ってきたお菓子を座席の上にぶちまけていった。


 窓の外には、不気味な真っ青の球体。皆が、様々なお菓子をかじりながら、たわいも無い話をして、窓を眺める。


「私達、ほんとに海王星まできちゃったんだね」


 優奈が、杏子の持ってきたチョコビスケットをかじりながら呟く。

 杏子は、現代社会の授業を思い出していた。


「銀河帝国の話、本当だったんだね」


 杏子の独り言に皆が頷く。


 軽い衝撃が車内を襲う。少女達は、それぞれ、座っていた座席にしがみつく。散りばめられたお菓子が衝撃に車内の床にこぼれ落ちた。

 ふと窓の外に目をやる杏子は、急激に小さくなっていく海王星を見た。

 バスが急激に速度を上げたのだろう。


「もう、私達、帰れないのかな」


 座席にしがみつく優奈が、シートに顔を押し付けて涙声で言う。

 その声に誘われるように、少女達のすすり泣く声が車内に広がる。


 一人、腕を組んでいた早紀が立ち上がる。

 揺れる車内の中、座席に手を付き、バランスを取りながら、運転席に向かって歩き出した。


「ちょっと、これ、どういうことなの」


 運転席に座り、ハンドルに手を置くチョコザウルスに声をかける。

 早紀は振り向きすらしないチョコザウルスのトサカを引っ張る。

 被り物をとってやろうとした行動。はたして、首から上のチョコザウルスの被り物が取れ、床に落ちた。

 現れたのは、中の人ではなかった。

 金属で出来た、精密機械の塊。思わず後ずさる早紀。


「マモナク、セキリョクガサイダイニナリマス。セキニツイテベルトヲシメテクダサイ」


 チョコザウルスの機械音が流れる。

 うなだれて最後部の席に戻った早紀は、力無くシートに越しかけ、備え付けられたベルトを締めた。


 杏子達も、涙を拭きながら、それぞれ、二人づつ、固まって座り、ベルトを締める。

 横の座席に座る祐子が、杏子の右手を強く握った。



 急激に加速するバス。少女達は、座席に押さえ付けられ、うめき声を上げた。

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