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Track-27.curtain call!

 

 

 発車を知らせるランプの明かりに、慌てて電車に乗り込む。

 息を切らす杏子の背中でドアが閉まった。


 手摺りに掴まり、乱れた息を整える。


 小さな揺れの後、電車がゆっくりと動き出し、窓の外のプラットホームが流れるように去っていく。

 顔を上げて車内を見ると、疎らに乗客が座っている。


 背負っていたリュックを空いた椅子に載せ、やけにフカフカした座席に座る。

 彼女の前の席には、セーラー服を着た女子高校生のグループが雑誌をめくりながら笑い合っていた。

 その横では、上着をはだけた老人が扇子を仰ぐ。

 天井には、ぎこちない動きで首を回す扇風機。


 いつもと変わらない風景。

 そして、いとも簡単に崩れてしまう、脆く、危うい風景。


 あの時と比べて、少し伸びた黒髪をかきあげた杏子は、光溢れる車窓の景色に目を移す。


 窓の外を流れる田園風景。


 思い出の中の風景は、たとえ果てしなく長い時間が経っても、変わることは無い。その人が忘れないかぎりは。


 電車がトンネルに入った。

 両耳からイヤホンを外し、スマートホンの画面を操作する。


【コス☆モス全楽曲集 Track-27.curtain call!】


 演奏停止の表示を確認して、スマートホンをリュックに入れた。


 長いトンネルを走る電車。暗闇の壁面に、電車の照明がユラユラと映し込まれている。


 前に座る少女達が立ち上がった。

 杏子も、立ち上がり、リュックを肩に掛ける。

 車内放送が流れた。



「間もなく、宇宙港コスモス。宇宙港コスモス」



 電車の窓から、まばゆい光が差し込む。


 トンネルを抜けた先は、青い地球の軌道上に浮かぶ巨大宇宙ステーション。

 電車は、飛び交う宇宙船の間をすり抜け、宇宙ステーションに滑りこんでいく。



     *



 改札を抜け、通路を歩いていくと、壁に背をもたれ、祐子が手を振っていた。


「いつも早いね」


 杏子は言いながら祐子に駆け寄る。


「十分前行動が染み付いてるから」


 眼鏡のフレームを指で押さえた祐子は、杏子と並んで通路を歩き出す。


「よかった。やっと見つけた」


 声に振り返った杏子に、優奈が抱き着いた。


「広すぎて迷っちゃった」


 優奈は、半泣きの顔で笑う。


「ありがとう。ここでいいわ」


 三人の視線の前で、広い空港内の移動用車のドアが開いた。

 開いたドアから身を乗り出した早紀は、運転手にチップを渡す。


「有名なカフェがあるって聞いたから見てきたけど、ここ広すぎるわね」


 運転手から荷物を受け取った早紀が三人に合流する。


 ほとんど人通りの無い通路から、中央にコスモスが咲く広間に出た。


「よう。こっち、こっち」


 コスモスの花壇に、田端が腰掛けて手を振っていた。


「故郷はどうだった?」


 田端の質問に、四人は顔を合わせて笑いあう。


「思い出のままだったよ」


 代表して杏子が答える。

 銀河帝国内に興った辺境惑星への意識改革。コス☆モスの活躍あってこそ、との評価もあるが、もともと、帝国内に気運が高まっていたのが実情であり、コス☆モスはその流れに乗ったに過ぎない。

 とはいうものの、地球は、功労者の彼女達に二つのプレゼントを用意した。


 一つは、完成した宇宙港に彼女達の名前を付けたこと。


 もう一つは…… 


 彼女達の故郷を地球の中でも最高級住宅地に設定したこと。



 腕時計を見た田端が立ち上がる。


「そろそろ行こうか」


 頷いた四人が歩き出す。


「ちょ、ちょっと、そんなボケ洒落にならんわ」


 声を無視して歩き続ける早紀に、綾香が抱き着く。


「ちょっと寄り道してただけやん。許してな」


 荷物を床に置いて頭を下げて両手を合わせる綾香。 

 たまらず早紀が吹き出して笑い出す。つられるように、みなが笑い出した。


「これ、買って来たから許してな」


 その場にしゃがみ込んだ綾香は、床に置いた鞄から、茶色い、小さな袋をいくつか取り出す。


 受け取った皆が、大事そうにそれを両手で包み込む。

 袋にはチョコバーをかじるチョコザウルスの絵。


「たまたま、売店に売っててん」


 綾香は、言いながら、袋を破り、チョコバーにかじりつく。


 四人も、袋を破り、チョコを口に入れる。甘いチョコレートの味が口に中いっぱいに広がる。そして、少しだけ苦さも。


「もしさあ」


 チョコを食べ終えた杏子が、皆を見渡して言う。


「当たり、出たらどうしよう」


 ビニール袋を握り締めた五人は、通路を歩き始める。


「そんなん、決まってるやん」


 皆の後ろを慌てて追い掛ける綾香が言う。


「ちゃんと切り取って」


 優奈がポニーテールを揺らして笑う。


「今度こそは」


 目の前の扉の取っ手に手をかけた祐子が振り返る。


「宇宙旅行を楽しまなきゃ」


 早紀が言いながら、扉を押し開けた。



 目が眩むような、光が五人を襲う。

 広大な空間には、一直線に赤い絨毯が引かれ、通路の壁のように詰めかけた報道人が一斉にストロボをたいていた。

 空間の上部には、小型宇宙船が行き交い、広場には、銀髪の帝国人に混じり、様々な人種の人々が行き交う。尻尾を生やした者、全身茶色い毛むくじゃらの者。様々な身長の者。様々な肌の色。

 皆が、絨毯の上を歩く五人に、祝福の拍手を送る。



「ねえ、田端さん」


 杏子が、申し訳なさそうに絨毯を歩く田端に話し掛ける。


「次はどこでライブするの?」


 頷いた田端が答える。


「同じオリオン腕の更に果てにある星だよ」


     *



 巨大なエイの様な形の宇宙船が、ゆっくりと宇宙港を離れる。

 

 白銀に輝くその船体には、色とりどりのコスモスの花が無数に描かれていた。


 銀河中を回るライブツアーは始まったばかり。



              ―FIN―

 

 

 お題は


『SF→Sound Fiction(物語が音楽を紡ぎ、音楽が物語を奏でる)』


でした。



 最後まで目を通していただき、本当にありがとうございました。


 お読み頂いた方が、星空を見上げる機会が少しでも増えたなら、作者冥利に尽きます。



 参考曲:【合唱曲】COSMOS

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