Track-25.SUPERNOVA!(魔法少女戦士アテナ5 転生編 主題歌)
「宇宙を駆ける船のみなさん。こんばんは。ミッドナイトギャラクシーのお時間です。今夜も広大な宇宙空間のメインストリートを行く貴方に素敵な音楽を。それでは早速、今夜の一曲目。今話題のご当地アイドルコス☆モスによる『メインストリートで行こう!』をお送りします」
「コス☆モスといえば、あの動画で話題になった五人組アイドルグループですね」
「はい。えー、こちら、リクエストのお便り頂いております。ギャラクシーネーム、かに座の男さん。こんばんは」
「こんばんは。お便りありがと」
「今、スターバースト宙域からネオメトロンを積んでサジタリウスストリートを飛んでいます。いつもお二人の放送、楽しみに聞いています。コス☆モスについては、私達運送業界の集まりで知り、早速データをメインフレームに落としました。辺境惑星出身者が多いこの業界では、みなコス☆モスの歌を聞いて、故郷を思い出しています。彼女達の歌を聞いて、辺境惑星出身ということに、いつの間にか引け目を感じて生きて来たことに気付かされました。辺境惑星から来た彼女達が一生懸命歌う姿を見ていると、故郷の惑星を思い出し、仲間達と故郷談義に花が咲きました。みんな、心の底では、やっぱり故郷の星の事をずっと考えていたんだなと思います。私の故郷の星はもう無くなってしまいましたが、大切な思い出を蘇らせてくれた、彼女達を応援していきたいです」
「首都惑星でも、彼女達のメジャーデビューから、故郷自慢の番組が随分増えましたね」
「私の友人も、つい最近、辺境惑星出身をカミングアウトしましたよ。それが、面白いの。彼女の故郷なんだけど」
「恒例の脱線が始まってしまいましたね」
「止めてくれてありがとうございます。でもこの脱線がいいという……」
「では、コス☆モスで『メインストリートで行こう!』どうぞ」
*
ディスプレイの中、中央に座る男性が、手元のフリップのシールを剥がすと、【ご当地自慢】の文字が現れた。
「今、若者達の間で流行っているみたいだけど、知ってます?」
男性が、横に座る初老の男性に尋ねる。初老の男性は腕を組み、首をひねる。
「うーん。なんですかね。食べ物の原産地とかですか?」
中央に座る男性が唸る初老の男性の言葉に頷き、フリップのシールを更にめくる。【辺境惑星出身者が自分の出身惑星をカミングアウトすること】。現れた文字に、二人の男性が更に首を傾げる。
ディスプレイが、二人の横に立つ女性を映す。
「帝国準化措置を受けた人が、回りに出身惑星をカミングアウトする事が流行しているみたいですよ」
中央の男性が、声を上げながら、両手を叩く。
「帝国ベクターズの選手が、辺境惑星出身って話題になってたね」
女性は頷くと、新たに現れたディスプレイを指差す。
「ヤクト事件の動画で話題になった、辺境出身のアイドルグループ、コス☆モスの歌がきっかけと言われています」
ディスプレイ映る初老の男性が首を前後に倒す。
「帝国の強硬政策が表沙汰になった事件ですな。銀河帝国の圧倒的な軍事力に抑圧されていた辺境惑星が、動画一つ、アイドルの歌一つによりその抑圧から解放されるとは、実に興味深い。彼女達の中でも、祐子ちゃんがいい味出してるんですよ。清楚で知的な外見からは想像できないくらいの芯の強さ。担当しているベースの通り、グループのベースとなる強さを感じます。特に『fight!』の……」
「随分詳しいじゃない」
回りからの呆れた視線に気付いた初老の男性は、顔を真っ赤にして俯く。
映像は、モジモジとテーブルの下で指を動かす男性から、女性に変わる。
「今、まさにブレイク寸前のコス☆モスなのですが」
引きの映像になり、身を乗り出す初老の男性が映る。
「実は今から中継による生ライブを行います。地球文化会館のライブ会場と中継が繋がっています。現場のキャッサさん?」
画面が切り替わり、人が溢れる商店内の映像が流れた。カメラが移動し、人垣の中から、顔だけを出し茶色い着ぐるみを来た男性がマイクを持ち現れる。
「モグー、現場のキャッサです。いやー、凄い人ですよ」
「キャッサは今どこにいるの」
男性の顔がディスプレイ下の小窓に映る。
「実は、地球文化会館一階の雑貨屋さんにお邪魔しています。あ、こちら、雑貨屋の店長さんです」
キャッサの横に、小肥りの中年女性が立っていた。
「この雑貨屋では、コス☆モスのグッズを売っているそうですが」
小肥りの女性は、満面の笑顔でマイクを奪い取る。
「私はね、あの子達がここに来たときから、絶対に売れるって思ってたのよ」
顔に着いた肉を揺らして大笑いする女性から、キャッサがマイクを奪い返した。
「この後、二階のステージから生中継します。お楽しみに」
*
頭上には、漆黒のベールに張り付いたような星の海。その中に宇宙船が発する無数の小さな光が点滅している。
ガラスドームの端に並ぶベンチには、思い思いに人が座り、肩を寄せ合い、又は一人肩を落として、それぞれの思い人が駆ける宇宙を眺めていた。
世間の喧騒から離れ、悠久の時が流れる空間。
杏子は、コスモスの花束を持って、淡い照明に照らされたドームを歩いていく。
あの時、彼が旅立った方向が地球の方向。
空いていたベンチに腰掛けた杏子は、ガラスの外に広がる、闇に目を向ける。
見つめる彼方に、今も地球がある。彼女達が旅立ち、数百年が経過した地球。
地球、今、どんな姿をしているのだろうか。
コスモスの花束に顔を寄せて、その香りを胸一杯に吸い込む。
甘酸っぱく、みずみずしい香り。
視線を上げた杏子は、ガラスに薄く反射する自分の顔に問い掛ける。
何の為に歌いつづけているのか。何の為に自分はここにいるのか。
ガラスに反射する彼女の瞳は、まっすぐ彼女を見つめ返していた。
この星に降り立ってから随分時が流れた。その慌ただしい生活の中、幾度も襲った、言い知れぬ虚無感。そして焦燥感。
でも、貴方の瞳はいつもの真っすぐ、ただ真っすぐだけを見つづけてきた。
ガラスに映る顔が、秋山になり、メンバーになり、家族になり、地球の友人になり。
そして、肩に載せた竹刀袋に道具袋を引っかけ吊り下げて笑う洋平の顔になる。
全国大会の帰り道。夕日に照らされた坂道。
誰とも話さず、ただ俯いて歩いていた杏子の前に洋平が立ちはだかった。
「最後の差し面、惜しかったな」
顔を上げた杏子は、小さく頷く。今も、打ち付けられた右手首に痛みが残る。
「技の出、体のキレ、完璧な差し面だったな」
しかし、技の出頭を見切られて、出小手を決められた。
「お前、あの時、なんか考えてただろ」
洋平が杏子の顔を覗き込む。杏子の顔が夕日を受けて真っ赤になっていた。
「図星だろ」
ニヤリと笑った洋平は、打って変わり、真剣な表情で杏子を見る。
「ああいう、舞台ではな、考え出したら負けなんだぜ」
立ち止まる杏子を置いて、背を向けた洋平が歩き始めた。
彼の背中で揺れる道具袋を見ていた杏子は、目を閉じて、溢れた涙を拭いた。
あの時、繰り返された延長戦の末、彼女が面の中から見ていたのは、同じように竹刀を構える相手ではなく……。
喜んでくれる洋平の顔だった。
ガラスには、いつもの杏子の顔が映っていた。
たとえ、何万光年離れていても、たとえ、もう二度と会うことが出来ないとしても。
彼女の側には、いつまでもみんながいて、悩んだり、迷ったりした時には、こうして話し掛け、相談する事が出来る。
肌と肌が触れ合う物理的な接触では無く、イメージであるそれは、時空をも簡単に超越する事が出来る。物理法則に縛られる遺伝子の繋がりでは無く、全ての物理法則から解放された、イメージ、伝えられた思いは、今も彼女を変化させ続けている。
それは、地球でも同じ。剣崎杏子という人間が存在していた事は、誰かの心の中にイメージとして残り、脈々と受け継がれている。
ガラスの向こうを、巨大な宇宙船がゆっくりと進んでいる。
立ち上がった杏子は、ガラスの縁に近寄り、献花用の台の上にコスモスの花束を供えた。
「私達、明日、憧れの舞台に立ちます」
巨大な宇宙船が向きを変えて、青白く発行する後部を見せていた。
頭を下げた杏子は、勢いよく前を見つめる。
踵を返し、ガラスのドームを歩く彼女に、星々から集められた淡い光が降り注いでいた。
*
地下鉄に揺られること、数十分。疎らな車内で、身を寄せ合う様に座る五人は、だれもが黙り、俯いていた。
田端は手すりを持ち、暗い窓の外を眺めている。
列車が止まり、ドアが開いた。
小さな子供達が車内になだれ込み、五人の前の座席に座る。
座席に膝を載せて、窓を見る男の子が、付き添いの男性に叫ぶ。
「何にも見えない!」
同じ様に窓を眺める子供達が不平の声を出す。
「ち、地下鉄だからね」
困り果てた男性が頭をかきながら子供達をなだめている。
綾香が、思わず吹き出した。
「うちも、親に言った事あるわ」
五人は頷きあい、笑う。
「どこでも、小さい子供は一緒だね」
杏子の言葉に、横に座る祐子が長いため息をつく。
「実は、昨日、ほとんど寝れなかったんだ」
「私も」
優奈が手を上げて笑う。
「早紀は?」
手を上げていない早紀に気付いた綾香が言う。
「無茶苦茶眠れた」
早紀は、完璧にセットされた栗毛をかき上げる。
「やっぱり」
四人が同時に言い、声を上げて笑う。
ふと気づくと、前に座る子供達が、五人を不思議そうに眺めていた。
「つ、つ、着いた。お、降りるぞ」
列車が止まり、ドアが開く。
右手と右足を同時に出す田端を先頭に、五人はコンコースに降り立つ。
改札に手をかざし、地下の通路を少し歩いていくと、地上からの光を漏らしている階段があった。
ゆっくり階段を上がる五人。知らず知らずの内に、一段飛ばし、二段飛ばしに階段を駆け上がっていた。
「そんなに急いでこけたりしたら」
階段の上で立ち並ぶ五人に追いついた田端は、彼女達が見上げる先を見る。
太陽の光を反射し雲を貫く軌道エレベーターの尖塔。そのふもと、まるで巨大な貝殻を伏せたような、ドームが、七色の光を放っていた。
レブリアリア・ウィリアリア・アルブレスト四十世記念劇場大ホール。
銀河帝国で生まれ育った、そして、はるか銀河中から銀河帝国にやって来たアーティストの誰もが、一度は立ってみたいという憧れの地。